文献紹介 野尻千晶「実務刑事判例評釈[Case342]東京高判令和5.3.15準強制性交等罪(令和5年法律第66号による改正前の刑法178条1項)の「人の心神喪失…に乗じ」という要件該当性につき判断を示した事例」警察公論2024年3月号84頁(高検速報(東京)3876号)
2024年04月14日刑事弁護
紹介されている裁判例は、障害者支援施設の代表者が、同施設の入所者である被害者(当時20歳)が知的障害のために心神喪失状態にあることに乗じ、性交したという準強制性交等罪の事案です。
弁護人からは、被害者が、被告人と性交渉をするために自ら被告人の部屋に入ってきて、被告人が寝ている布団の中に潜り込み、性交を持ち掛けたという事実関係が主張されましたが、裁判所は、「準強制性交等罪における、「人の心神喪失に乗じ」とは、「相手方の心神喪失の状況を利用した」との意味であり、被告人が相手方を誘った(被告人が能動的で被害者が受動的な)場合のみならず、相手方から誘われた(被害者が能動的で被告人が受動的な)場合であっても、心神喪失の状況を利用したといえるのであれば、同罪の成立を否定すべき理由はない。」と判示したものです。これまでの裁判例の解釈の延長線上にあるものですが、次に引用する解説にあるとおり、表面的には「積極的に性的行為を持ちかけられた」場合でも、不同意わいせつ・不同意性交罪が成立し得るということで、弁護人、被害者代理人の双方にとって重要な裁判例になると思います。なお、この論点は、一方では、知的障害、発達障害がある方の「性行為をする権利」を制約するという側面もあるので、今後議論が進められていくのではないかと考えています。
【本判決は、事例判断ではあるが、旧法下の準強制性交等罪のうち、被害者が知的障害等のために心神喪失であった事例における「乗じ」ての解釈につき、被告人が被害者の心神喪失の状況を利用したといえるのであれば、被害者から被告人を誘った場合も同罪の成立は否定されないとの解釈を示したものであるところ、こうした論旨からすれば、改正後刑法176条1項各号のいずれかの事由によって、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」にあり、被疑者等が、被害者がかかる状態にあることを認識した上で、その状態を利用して性交等を行ったのであれば、たとえ、被害者側から能動的に性的行為を持ち掛けた場合であっても、そのこと自体によって「乗じて」という構成要件自体が否定されることにはならない場合も十分考え得る。】
警察公論2024年3月号(第79巻第3号)
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