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薬院法律事務所

刑事弁護

自己所有の家屋を出て別居中の配偶者が、相手方に無断で帰宅することは住居侵入罪になるか


2024年08月26日読書メモ

こういった裁判例が存在します。具体的事案によっては住居侵入罪が成立するようです。各種文献をみると、別居期間の長短が重要になるのかなと考えています。

 

住居侵入被告事件
東京高判昭和58年1月20日判例時報1088号147頁〔27917072〕

■27917072
主文
本件控訴を棄却する。

理由
本件控訴の趣意は、弁護人飯島正典提出の控訴趣意書にこれに対する答弁は、検察官提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、(1)被告人が立ち入った本件家屋は被告人所有のものであって、その保存登記も被告人名義でなされており、かつ本件当時は玄関に被告人の作成した表札が掲げられており、その出入口の合鍵も被告人が所持していて、被告人はこれを使用して右家屋に立ち入ったものであるし、また被告人と右家屋の居住者であるA子とは事実上別居し離婚訴訟中ではあるが、離婚成立まではともかく互いに法律上夫婦としての権利義務を有するものであるし、さらに、被告人は右妻の不貞行為の事実の現認とその証拠保全の目的で本件家屋に立ち入ったものであるが、妻との別居後も同女との愛情の交換関係は少なくとも二回あり、また前記訴訟中も二人だけで話し合いがなされていたことは証拠上明らかであって、正常な夫婦関係に戻ることが絶対に不可能であるとは認められない状況にあったのであるから、被告人において妻の不貞行為を現認しようとして本件家屋に立ち入ることは社会通念上非難されるべき行為とはいえず、立ち入りの目的も不法なものではなかったのであり、以上の諸事情を総合考慮すると、被告人の本件所為は、正当な事由に基づく住居への立ち入り行為というべきであり、刑法一三〇条前段にいう「故ナク人ノ住居……ニ侵入」する行為というべきではなく、(2)仮りに被告人の本件所為が形式的に刑法一三〇条前段の住居侵入罪の構成要件に該当するものであるとしても、それは妻の不貞行為の事実の現認とその証拠保全という前記目的を達成するための唯一の方法であり、一般人としてはやむをえない所為として是認されるべきものであるから期待可能性がなく、(3)また前記(1)の諸事情のもとでの所為であることからすると、被告人の所為は可罰的違法性を欠くものであるのに、被告人が原判示A子方玄関入口の施錠を開け、同所から同人方へ故なく侵入した旨認定し、これに刑法一三〇条前段を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがある、というのである。
しかしながら、原判示罪となるべき事実は、原判決が掲げる各証拠によって十分に認定することができ、所論にかんがみ原審記録並びに証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を合わせ検討しても、原判決には所論のような事実の誤認も法令適用の誤りも認められない。さらに付言すると、所論(1)については、確かに、関係証拠によると、本件家屋の所有関係、所論表札の使用、合鍵の所持、被告人と右家屋の居住者であるA子とが法律上の夫婦であること、別居後あるいは離婚訴訟中における両名の交渉関係、さらには被告人が本件家屋に立ち入った目的などについて、所論のとおりの事実関係が認められるが、原判決が「本件の経緯」及び「刑事訴訟法三三五条二項についての判断」の各項において詳細に説示しているとおり、その説示のような経過を辿って離婚の訴を提起したA子に対し被告人からの離婚の反訴が提起された昭和五五年初め頃には、両名共に離婚の意思は決定的となり、婚姻関係は破綻し、将来再び同居する可能性のない状態に立ち至っていたのであり、しかして、その後もその破綻の度を深めつつ推移して被告人ら夫婦が別居を始めてから約二年六ヵ月、同居の可能性が潰えてから約一年五ヵ月をそれぞれ経過後の本件当夜に至り、被告人において原判示の目的をもってたまたま持ち合わせていた合鍵を使用しA子方玄関入口の施錠を開け、同女の意思に反してその住居内に立ち入ったものであって、被告人の所為が社会的相当性を欠くものであることは極めて明らかであるというべきである。被告人において所論のような民事上の権利を有するからといって、被告人の本件所為が刑法的評価の面において適法視される理由はなく、また、所論のように離婚訴訟中に被告人ら夫婦が二人だけで話し合いを持ったのは、その双方に和合の希望、意図があったからではなく、離婚を前提としたうえ財産分与の問題を早急に解決しようとする意図があったからであること、右両名の所論の性交渉も未だ互いに未練を残していた別居直後の時期におけるものであること、A子において被告人に所論の合鍵を所持させたままにしておいたのは、被告人に同女方への立ち入りを容認していたからではなく、同女においてよもや被告人がこれを使用して同女方に立ち入ることはあるまいと思い、同居の可能性がなくなった後においても、被告人から敢えて右合鍵を回収することなくそのままにしておいたからであることはいずれも証拠上動かしがたいところであり、るる説示するまでもなく、被告人の本件所為が刑法一三〇条前段にいう「故ナク人ノ住居……ニ侵入」する行為にあたるものであることは明らかであって、所論は採用することができない。また所論(2)については、右に説示したような事実経過からして明らかなように、被告人の本件所為は、所論の目的を達成するための唯一の方法であるかどうかにかかわらず、やむをえない行為とは認められないから、期待可能性がないものとはいえず、所論は失当というべきであり、所論(3)についても、前示事実経過からして被告人の所為が可罰的違法性を欠くものとは到底認められず、所論は失当というほかはない。
以上のとおりで、原判決には所論のような事実の誤認も法令適用の誤りも認めることはできないから、論旨はすべて理由がない。
よって刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市川郁雄 裁判官 千葉裕 小田部米彦)】

 

伊藤渉ほか『アクチュアル刑法各論』(弘文堂,2007年4月)99-100頁

【(1) 人の住居
「人」とは,行為者以外の者をいうのであって, 自己が当該住居の共同生活者でないことを意味し.所有権の有無は無関係である。したがって. 自分が所有する住居であっても他人に賃貸している場合には.他人の住居となる。また.かつて居住していたが家出したり.事実上離婚して住居を離脱した者が立ち入る場合も本罪にあたる4) 。

4) 例えば.家出中の息子が共犯者と共に強盗目的で自宅に侵入した事例(最判昭23・11・25刑集2 • 12 • 1649). 別居中の妻が居住する自己所有の家屋に夫が侵入した事例(東京高判昭58 •1 • 20 判時1088 • 147) について本罪の成立が認められている。】(齊藤彰子)

西田典之ほか編『注釈刑法 第2巻 各論(1) §§77~198』(有斐閣,2016年12月)295頁

【住居を長期間,離れることによって,住居権それ自体を失うということはありうる。住居権とは,住居を事実上,管理・支配することから生ずる権能だからである。判例のなかには,家出していた被告人が実父方に,共犯者とともに強盗目的で立ち入った事案において,必ずしも理由は明らかではないものの,本罪の成立を肯定したものがある(最判昭23 • 11 • 25 刑集2巻12 号1649 頁。他方,別居中の妻が居住する自宅に夫が立ち入った場合について,本罪の成立を肯定した東京高判昭58・1・20 判時1088 号147頁がある)。】(小林憲太郎)

沼野輝彦・設楽裕文編『Next教科書シリーズ 刑法各論』(弘文堂,2017年4月)52頁

【(1)主体
現にそこに居住している者や、邸宅、建造物、艦船を看守する者以外の者である。自己所有の家屋であったとしても別居中の妻が居住している住宅に同女の意思に反して立ち入る場合には住居侵入罪が成立する(東京高判昭和58・1・20判時1088-147)。】(杉山和之)

西田典之著・橋爪隆補訂『刑法各論[第7版]』(弘文堂,2018年3月)111頁

【「人」の住居とは.居住者以外の者の住居をいう。したがって.現に居住する者は本罪の主体たりえない。ただし.居住を離脱した者はこのかぎ3)りでない。

3) 家出中の息子が自宅へ共犯者とともに強盗目的で侵入した事例として.最判昭和23 •11 • 25 刑集2巻12 号1649 頁〔117 〕,別居中の妻が居住する自宅に夫が侵入した事例として,東京高判昭和58・1・20判時1088 号147 頁〔118〕。】

津田隆好『警察官のための刑法講義【第二版補訂二版】』(東京法令出版,2022年7月)162頁

【なお,別居中の妻が居住している自已所有の家屋に侵入する行為は住居侵入罪となる(東京高判昭58 .1. 20 )】