軽犯罪法違反事件の弁護要領・第4回 軽犯罪法1条3号(軽犯罪法、刑事弁護)
2024年12月20日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は会社員です。赤外線カメラで下着が盗撮できるというインターネットの記事を見て、チャンスがあればしてみたいと思って隠し持っていたところ、警察官に職務質問をして取り上げられました。軽犯罪法1条3号違反だといわれたのですが、犯罪になるのでしょうか。まだ実際には盗撮はしていません。
A、具体的な前例はありませんが、ペンライトについて軽犯罪法1条3号違反としたものがあります。実際に侵入目的で携帯していなかったとしても、携帯することに正当な理由はありませんので、警察官の言うとおり犯罪が成立すると考えます。ただ、逮捕に伴う捜索差押でなければ強制的に没収することはできませんので、逮捕されておらず、任意提出もしていないのであれば、返還を求めたらカメラの返還は受けられると思います(後日、家宅捜索などがなされて押収される可能性はあります)。
【解説】
本日は、軽犯罪法第1条第3号「正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」について解説します。
この条文は、正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯する行為を禁止しています。
その趣旨は、【本号に規定する行為は、いわば住居侵入の予備的段階のものであつて、これを放置すれば、住居侵入及びこれに伴う窃盗、強盗などの犯罪を誘発する危険があるので、侵入用の器具を携帯すること自体な処罰の対象とし、実害の発生を未然に防止せんとしたものである。】(野木新一・中野次雄・植松正『註釈軽犯罪法』(良書普及会,1949年2月)35頁)とされているところです。「特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律」違反が成立する場合は、本号の罪は成立しません。また、本号の携帯者が侵入具を使用して屋内に侵人した上、金品を強奪する意思を有するときは強盗予備罪(刑法237 条)が成立し、本号の罪は吸収されます(須賀正行『擬律判断・軽犯罪法【第二版】』(東京法令出版,2022年11月)45頁)。この「侵入具」にあたるかは微妙な事例もあり、警察実務研究会「青年警察官のための失敗事例に学ぶ初動措置要領(第19回)軽犯罪法(侵入具携帯)違反の誤認逮捕」警察公論2012年10月号40-43頁では、ニッパーはあたらないけれども、ラジオペンチはあたるとされています。
相談の事例についていえば、「その他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具」といえるかが問題になります。後掲参考文献のとおり、ペンライトについて認めた裁判例が存在することから、赤外線カメラについても該当すると考えて良いでしょう。侵入目的がなくても、「侵入するのに使用されるような器具」を「正当な理由がなくて」所持すれば成立するからです。なお、撮影した場合には当然ながら性的姿態等撮影罪が成立します。
軽犯罪法
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000039/
第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
三 正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000065
性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律
https://laws.e-gov.go.jp/law/505AC0000000067
【参考文献】
伊藤榮樹原著・勝丸允啓改訂『軽犯罪法 新装第2版』(立花書房,2013年9月)61頁
【「使用されるような器具」の意義は,第2号の解説2(3)で述べたとおりであり.「侵入するのに使用されるような器具」とは,客観的に侵入の用途に用い得る性質を備えたものであれば足り,これを携帯する者が.これを侵人のために使用する意図を有することは必要でない(同旨浦和地決昭56.5.25刑裁月報13巻4=5号414頁)。そのような器具としては.合い鍵,のみ.ガラス切りのほか, ドライバー(注I) (前掲浦和地決昭56.5.25), ペンチ,やすり,縄ばしご,懐中電灯などといったものが考えられる(注2)】
【(注2) 0 そのほか裁判例において「器具」として認められているものとして,ハンマー(八王子簡略式命令平4.10.20), ラチェットレンチ(大阪簡略式命令平2. 2. 8), タイヤレンチ(大阪簡略式命令平2.9.10), クリッパー(東大阪簡判平3. 7.16), ボックスレンチ(大阪簡判平3.6.14), プライヤー(大阪簡略式命令平3.12.11), 金挽鋸刃(東京簡略式命令平4.5.12), カジャ(東京地判昭61.1.13判時1196号166頁),金槌(大阪高判昭61.9. 5高刑集39巻4号347頁),ニッパー(江戸川簡略式命令平4.7.21), スパナ(同),ボルトカッター(新宿簡略式命令平4.6.19),ペンライト(前掲東京地判昭61.1.13) 等がある(簡裁事件についてはいずれも公刊物未登載, 101問61頁参照)。】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3110
橋爪隆「性犯罪に対する処罰規定の改正等について(3・完)」警察学論集77巻11号(2024年11月号)102-135頁
107頁
【「人の性的な部位」とは、「性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臂部又は胸部」である。下着が別途、「性的姿態等」として規定されていることから明らかなように、本号における「性的な部位」は、下着などの衣類によって覆われていない部位であることが前提となる。もっとも、着衣等の上から撮影する場合であっても、たとえば赤外線カメラなどを利用して着衣を透視して「性的な部位」を撮影した場合は、性的姿態等の撮影行為として、処罰対象となる11)】
浅沼雄介ほか「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律について(1)」法曹時報76巻2号(2024年2月号)23-122頁
51頁
【(イ) 本項第1号イの「性的な部位」は、衣服で覆われていないものを前提とする。
もっとも、着衣の上から撮影する行為であっても、例えば、透視機能のある撮影機器を用いて着衣を透過させて「性的な部位」を撮影した場合には、衣服で覆われていない「性的な部位」を撮影するものであるから、その態様・方法として、「ひそかに」撮影するなどといった本項各号所定の要件を満たすときは、処罰対象となり得る。】