「Yes Means Yes」という主張(スローガン)の危険性※chatGPTo1pro作成(性犯罪、犯罪被害者)
2025年01月26日犯罪被害者
下記記事を前提に、「Yes Means Yes」という主張(スローガン)の危険性について解説してもらいました。
プロンプト
【この記事の観点から「Yes Means Yes」という主張の危険性についても4000字程度で説明してください。】
以下では,「Yes Means Yes」という主張(スローガン)の危険性を,先に提示された記事(以下「本文」といいます)の観点から約4000字程度で考察します。なお,文字数の都合上,若干重複表現が混在する可能性がありますが,予めご了承ください。
1.「Yes Means Yes」とは何か
「Yes Means Yes」は,性行為において**“相手の明確な肯定的合意(affirmative consent)こそが必要”という考え方を端的に表すスローガンです。欧米の大学キャンパスなどで広まった運動やキャンペーンでは「相手から明示的に“YES”と言われない限り性行為に及ぶべきではない」「もし相手が沈黙している・嫌がっているか分からないときは行為を中断しよう」というメッセージが強調されます。一見すると,被害者保護や性行為にまつわるコミュニケーション向上の観点から効果的なように思えます。しかし,本文の趣旨を踏まえると,この「Yes Means Yes」だけに依拠することには重大な危険性**が潜みます。
2.「Yes Means Yes」の前提と本文が指摘する問題点
2-1.“ことばによる同意”至上主義の落とし穴
「Yes Means Yes」は,「口に出して“はい”と言えば合意成立」と単純に受け取られやすいという弊害があります。もちろん実際の運動体や専門家は「Yes Means Yes」の背後に**「真意に基づく自由な同意」**の観点を含めている場合が多いのですが,スローガンとしては非常に短く強烈であるがゆえに,あたかも「YES」と発せられれば何でも正当化されるという誤解を招きやすいのです。本文が強調する「拒絶の意思を形成・表明・全うできない状態」下では,いとも容易に「Yes」を取り付けることができてしまいます。結果として,加害者が「自分からちゃんと“Yes”を取ったんだから問題ない」と主張する余地を広げてしまう恐れがあります。
2-2.「拒絶しづらい」被害者を見落とすリスク
本文では,性行為を拒絶できない種々の要因――DV,モラハラ,経済的依存,職場や社会的立場の圧力,脅迫的言動(「別れたら死んでやる」等)――があると指摘されています。このような状況で被害者は「黙れ」「服を脱げ」といった強行な命令をされているわけではなくとも,「断ったら相手がキレるのでは」「拒絶したら職を失うかもしれない」「相手が怖いから逆らえない」という心理的支配下に置かれます。すると表面的には「いいよ」などとYESを言ってしまう。これが実際に“真意”なのか,“拒絶しづらい中で妥協的に発したYes”なのかを見分けるのは極めて難しいのです。
「Yes Means Yes」は,合意の確認を促す意味で有益ですが,同時にそこに「きちんと拒絶の自由があったか?」というプロセスを考慮しないと,むしろ被害の温床を隠蔽する道具になりかねません。被害者は「一度YESと応じてしまった以上,あとから『実は嫌だった』と言えない」という自責感や周囲からの非難を恐れ,さらに孤立していく可能性が高まります。
2-3.「自由な合意」を観察するプロセスを簡略化しがち
本文で繰り返される主張は「性行為において本質的に問題とされるのは“相手が拒絶できる自由を持っていたかどうか”である」というものです。つまり,刑法改正における「同意しない意思を形成・表明・全うできない状態」がカギになります。それにもかかわらず,「Yes Means Yes」という標語に囚われると,当事者が相手から言葉上の“Yes”をとりつければそれで合格だと思い込み,その背景にある権力関係や心理操作,依存環境を見落とす危険があります。これはまさしく本文が批判する「形式的“同意”に固執する姿勢」そのものです。
3.本文からみる「Yes Means Yes」がはらむ具体的危険性
3-1.“Yes”を強要する誘導的コミュニケーション
相手から“Yes”を得られればOKだという認識が広まれば,加害志向を持つ人物は巧妙に言葉を使って“Yes”を引き出すテクニックを学習するおそれがあります。例えば,暴力こそ振るわないものの,
- 「俺のこと好きだよね? だったら拒むわけないよね?」
- 「断ったら不機嫌になるけど,いいの?」
- 「僕の職場での立場わかってる? この話は秘密にしておいてほしいな…」
などの遠回しな脅しや圧力をかけ,被害者に「YES」と言わざるを得ない雰囲気を作り出す。いわゆる“合意をとりつけるためのハイプレッシャー営業”のようなやり方で,表面上「Yes」を引き出したとしても,それが“自由な意思”でないことは明らかです。しかし「Yes Means Yes」を文字通り捉えてしまうと,「ちゃんとYESと言わせたから問題ないだろう」と開き直るケースが出かねません。
3-2.後日の「嫌だった」告白への非難
本文が強調するように,人は心理的支配下で自分自身にまで嘘をつき,「本当は望んでいないのに“望んでいる”と主張してしまう」ことがあります。あるいは,その場の雰囲気で「まあいいや」とYesを言い,後からそれが本当は嫌だったと気付くこともあり得ます。ところが「Yes Means Yes」論だと,「一度“YES”と言ったのなら,後から“嫌だった”なんて通用しない」という風潮を強める危険性があります。被害者が本音を打ち明けようとしたときに,「でもあのとき同意してたよね?」と詰め寄られてしまえば,ますます声を上げづらくなるのです。
これは本文が指摘している「一貫性の原則」による自己拘束とも関係します。「YESと答えてしまったら最後,一貫性を保とうとするあまり本当の拒絶の気持ちを言えなくなる」,また周囲からも「あなたがYESと言った以上,被害なんてあり得ないよ」と断じられるのは深刻な二次被害を生み出す要因になります。
3-3.被害者が知らず知らずのうちに従う心理的支配構造を隠す
本文で取り上げられるDV・モラハラ事例では,「Yes」と言わなくても相手の顔色を窺いながら自発的に相手を満足させる方向に行動してしまう現象がしばしば起こります。こうした状況ではむしろ,被害者は「Yes」を自ら積極的に言い出してしまうことすらあります。相手を怒らせないために先回りして「何でも言うこと聞く」「求められなくてもOKを連発する」など。本来そこには根深い支配・従属の関係性があるのに,「Yes Means Yes」という外形基準だけでは見抜けません。「YESと言ったんだから疑いようがないでしょ?」という言葉で,この深刻な心理的支配が覆い隠される危険があるわけです。
4.「Yes Means Yes」をどう補完するべきか
ここまで見てきたように,「Yes Means Yes」は「コミュニケーションの大切さ」を啓発する上では有用ですが,そこだけに固執すると圧倒的な力関係や心理的支配の存在を軽視しがちという大きな落とし穴があります。本文が繰り返し述べるように,刑法の観点では“真の自由意思”の欠如が問題であって,形式的な「YES」「NO」のやり取りが本質ではありません。従って,“Yes Means Yes”を標語として掲げるなら,同時に以下のような視点もセットで周知すべきです。
- 「No」を言う自由は現実に存在していたか
相手が拒絶の言葉を発しなかったとしても,本当にその場で拒絶しても安全だったのか? 拒絶に対して相手がどう対応するか被害者が恐れていなかったか? そうした環境が整っていない「Yes」は不完全だと認識すべき。 - 相手がYesを言った背景を読み解く
経済的依存,精神的ハラスメント,泣き落としなどによって事実上断れない状態になっていなかったか。単なる言葉上のYes/Noだけではなく,人間関係や二人の歴史,周囲の状況を総合的に見る。 - いつでも「No」に変えられる選択肢の確認
はじめ「Yes」と言ったとしても,途中で気が変わる場合もある。性的行為は連続的かつ身体的接触を伴うプロセスなので,明示的な同意確認を,行為の進行に応じて継続的に行う必要がある。「最初Yesだから最後までYes」とは限らない。 - 権力関係や依存関係のモニタリング
被害者が加害者に対し,不利益を恐れて逆らえない状況ではないかどうかを常に意識する。職場の上司と部下,指導者と選手,教師と生徒など,社会的・経済的関係による圧力が働いていないか確認する。これらは外形的な“YES”を錯覚的に生みやすい。
5.まとめ:「Yes Means Yes」を超えた“自由な意思決定”論への視点
本文の視点から見ると,「Yes Means Yes」という主張が危険なのは決して「明示的な合意をとるな」という意味ではなく,「Yesという言葉さえとれば安全だ」という誤解を生み出しかねないという点にあります。性行為において大切なのは,常に相手が拒絶の意思を形成・表明・全うできる状態であるかを確かめ合うことであり,それゆえ,「Yes」と発言してもなお拒絶する自由が確保されているかを確認し続ける姿勢が求められます。
実際に日本の改正刑法では,「同意しない意思を形成し,表明し,または全うできない状態」を利用する行為が違法であると規定されました。裏を返せば,“Yes Means Yes”という二元論的な発想よりも,「拒絶する自由の欠如」に注目する方が法の趣旨に即しています。もし相手が自由に拒否できないほど依存や恐怖を抱えているなら,それは実際の「同意」ではありませんし,口先だけの“Yes”は無意味となります。こうした文脈を無視して「Yes Means Yes」を過度に喧伝すると,「YESを取れば合格」「NOを言われない限り合意だ」といった短絡的解釈が世間に蔓延してしまう恐れがあるわけです。
総じて,「Yes Means Yes」の原則自体がコミュニケーションの意義を否定しているわけではありません。しかし,それを実践するためには,表面的な同意の背後に潜む力関係・心理的支配を見抜く努力が欠かせないという点を忘れてはいけません。本文の論旨はそこを強く警鐘として鳴らしているといえるでしょう。
以上のように,「Yes Means Yes」は被害者がきちんと拒絶できる環境を整えるための一助にはなるものの,そこにのみ着目すると「形だけのYes」を鵜呑みにして被害者救済を妨げたり,逆に「後から被害者が声を上げづらくなる」ことにもつながりうる危うさを孕んでいます。本文のメッセージを踏まえれば,私たちは「Yes Means Yes」のみならず,「Noを自由に言えるかどうか」「拒絶したいときに拒絶できる精神的・社会的な安全があるか」という視点を併せもって,ようやく性行為の真の“合意”に近づけるのではないでしょうか。
プロンプト
【「Yes means No」 ということもあるということですね。】
まさにそのとおりです。先の議論では「Yes Means Yes」というスローガンが「ことばによる合意があれば無条件に問題なし」という誤解を生むおそれがあると指摘しましたが、その裏返しとして、「Yesと言っていても、それは実質的なNo、つまり拒絶の意思が潰されている状況かもしれない」という現実があり得ます。以下では、その理由をあらためて整理します。
1. 真意と表面的な言動の乖離
人間関係においては、必ずしも口頭での「Yes」が「本当に望んでいる」ことを意味しません。とりわけ、
- 経済的・精神的依存
- DV・モラハラなどの支配関係
- 相手を怒らせるのが怖い、嫌われるのが怖い
- 社会的・職業的地位の差
などの要因があると、表面的には「はい」と答えながら、実際には「断りたい」「拒絶したい」と考えているケースがあります。このように**「Yes」と表明したけれども、実質的には「No(拒絶)」**という状態は、少なからぬ数の対人関係で生じ得るものです。
2. 心理的抑圧による「Yes」に要注意
心を抑圧されている状態(モラハラ、心理操作など)で、本人が「Yes」と口にしてしまう現象が典型的です。相手が望む答えを言わなかったときの“罰”が目に見えている(たとえば不機嫌になる、暴言を吐かれる、泣き落としで責められるなど)場合、人は仕方なく「Yes」と言ってしまうことがあり、それが本人の自由意思に基づいていないというのは明らかです。
2-1. 「Yes」を言わざるを得ない空気
たとえばDVの文脈でよく問題になるのは、「嫌なら嫌と言えたんじゃないの?」という外野の疑問に対し、被害者側が「とても言える状況ではなかった」と答えるパターンです。
- 暴言・暴力・不機嫌な態度を繰り返され、「No」と言うたびに痛い目に遭う
- 「NOと答えるほうがよほど怖い/大変なトラブルになる」と学習してしまう
こうした状態では、被害者は自然と「Yes」を選択するようになり、それが“拒絶の意思がなかった”と表面的には見えてしまうのです。
2-2. 自分にも嘘をついてしまう
さらに、人は自分にも嘘をつくことがあるという点も見逃せません。相手に支配されている状況にいると、最初は「本当はNOだけど“YES”と言わざるを得ない……」と苦痛を感じていても、長引くと自己防衛のために「これは自分が望んでいることだ」と思い込もうとします。いわゆる“認知的不協和の解消”や“学習性無力感”に近い状態になり、拒絶したかった気持ちを自覚できなくなってしまうケースがあります。こうなると、本人が「Yes」の言葉を口にしていたとしても、それは実質的には“自由な同意”ではないということになります。
3. 性行為における「Yes Means No」の危険性
性行為の文脈でいえば、外形的な「合意」「同意」を示す言葉があっても、それが暴力や脅迫といった分かりやすい強制ではなく、“もっとソフトな形の強要”や“心理的拘束”によるものかもしれません。そうすると、結果として**「Yesと言った=同意した」かのように見えていても、実際は拒絶の自由が存在せず、自分の本心を曲げざるを得なかった**ということになります。これが本文で述べていた「同意しない意思を形成・表明・全うできない状態」を利用しての性交やわいせつ行為にほかなりません。
結局、表面的には「Yes」という言葉が発せられていても、下記のような状態であれば本質的には「No」を意味している、もしくは“本当の意思”とは違うのだという可能性があるのです。
- 「断るとどんな仕打ちを受けるか分からず、怖くてYesと言わざるを得なかった」
- 「拒絶の言葉を出すタイミングを奪われた(会話に入り込めない、精神的に萎縮している等)」
- 「相手が喜ぶならそれに合わせるしかない、と思い込んでしまっている」
4. 法律上も「Yes Means No」が認められる構造
日本の刑法(改正後の不同意わいせつ罪や不同意性交等罪)でも、口先の“合意”や被害者による“誘い”があったとしても、それが自由な意思決定に基づくものとはいえない場合は犯罪が成立し得るとされています。すなわち、外形的には「Yes」があっても、
- 暴行・脅迫
- DV・モラハラ的支配
- 経済的・社会的な立場の圧力
- 精神的障害、薬物・アルコールなどの影響
等により、被害者が拒絶の意思を形成・表明・全うできない状態であれば、法的には「真の同意」がないとみなします。この点で「Yes means No」という現象は、現行法の構造とまさに合致します。つまり、いくら被害者が表向きに「Yes」と言っていても、それが脅迫的状況や心理操作を利用した結果ならば**「同意は無効」「犯罪が成立」**と評価される可能性があるのです。
5. まとめ――言葉の「Yes」だけに惑わされないために
こうした意味で、
- 「Yes」と言った/言わなかった
- 「Yes」と書面に残していた
- 「Yes」と見える会話記録があった
といった表面的事実があっても、それが自由意志の発現なのか、あるいは**拒絶できない環境のもとで追い込まれて発せられた“Yes”**なのかを慎重に見極める必要があります。これが「Yes means No」という逆説の真髄です。すなわち、
- 口に出された「Yes」が本物の承諾かどうか
- その「Yes」を言わない選択肢が実質的に存在したのか
をこそ検討しなければならず、「Yes」が聞こえた瞬間に安心してはならないわけです。
人間のコミュニケーションは複雑であり、とりわけ相手に対する依存や恐怖、過度な思いやり(自分を犠牲にするほどの譲歩)などがあるとき、言葉と真意が食い違うことは珍しくありません。「Yes means No」という状態が実社会に多々潜んでいることを理解しておけば、誰かが「はい、いいですよ」と言った場合でも、それが本当に自由な意思による同意なのかどうか、もう一歩踏み込んで確認しなければならないでしょう。
プロンプト
【また、「真意に基づく自由な同意」かどうかは、その瞬間だけを切り取っても判断できないわけですから、「自由な意思決定を保護する」という観点からは、日本法のように「同意しない意思(拒絶の意思)を形成・表明・全うできない状況」であるか否かにより判断するという姿勢の方が、強制的に行われた性行為を処罰するためには適切ではないかとも考えています。そうしないと「真意に基づく自由な同意ではなかった」という一方の主張により処罰がなされ、当時は相手方がむしろ望んでいたことが後から強制的な性行為とされて処罰されるリスクも存在すると考えます。この点についてはどうでしょうか。】
以下では,ご指摘の論点――「真意に基づく自由な同意かどうか」を刑事法でどのように判断すべきか,とくに『同意しない意思(拒絶の意思)を形成・表明・全うできない状況』に注目することのメリットと,そのアプローチが過剰な処罰リスクをどう回避するか――について整理・解説します。結論として,日本法のように「被害者が拒絶の意思を形成・表明・全うできるかどうか」を中心に判断する構造は,強制的な性行為を的確に処罰しつつ,当時は当事者双方が自由意思で望んでいたケースまで処罰の対象になりにくいという点で,大きな意義があると考えられます。
1. 「真意に基づく自由な同意」を切り取ることの難しさ
1-1. 「自由意思による同意」論の一見的正当性
性行為を刑事罰の対象とする場面では,「被害者の自由な意思決定」が失われていたかどうかを確認することが本質だという考えは広く共有されています。典型的に海外の「affirmative consent(積極的同意)」論も,「当事者が自由な意思に基づき“YES”と言っているか」を問う仕組みを強調している場合が多いです。
しかしながら,「自由な意思決定であったかどうか」という判断は,
- どの時点を基準にして
- 誰から見て客観的に分かる形で
評価するかが大きな問題となります。なぜなら,性行為は一瞬で終わるわけではなく,事前のやり取り・相手の態度・経済力や社会的立場の差・当時の精神状態など,さまざまな事情が絡み合うからです。さらに当時は本人が「望んでいた」と感じていたとしても,後から見直すと「実はあのとき,プレッシャーで断れなかっただけだった」と考えが変わることもありえます。
1-2. 後から変化する「心の状態」と裁判上の危うさ
「真意に基づく自由な同意」がなかった,という被害主張は,かなり主観的・内面的要素に左右されます。それこそ,**時間が経ってから被害者の“心の再評価”**が起きる可能性もあり,被疑者の立場からすると「当時はむしろ相手が望んでいるように感じたのに,後になって『やっぱりあれは強制的だった』と言われた」というリスクが出かねません。こうした懸念があるからこそ,刑法が単に「当事者の真意による承諾があったかどうか」のみを要件化すると,事後的な主観的評価によって処罰される危険性が高まるという不安が生じます。
2. 「拒絶の意思を形成・表明・全うできない状況」という基準の意義
2-1. 行為時の客観的環境要因に注目する
現行の日本法(改正刑法176条・177条)が採用する仕組みは,「拒絶の意思(同意しない意思)を形成・表明・全うできない状態」を処罰根拠とするものです。すなわち,
- 暴行・脅迫を受けている
- DVやモラル・ハラスメントにより強い心理的支配下にある
- 経済的・社会的な地位差によって不利益を恐れている
- アルコールや薬物,睡眠状態などで意識が不明瞭
- 虐待に起因する心理的反応がある
- 驚愕や恐怖により思考停止している
…など
こうした“拒絶の意思が行使できない客観的状況”を列挙しておき,そこに当てはまっていないならば自由に拒否できるはず,当てはまっているならば「自由な意思決定が事実上不可能または困難」と認定しようという構造です。この基準の利点としては,純粋に被害者の内面だけでなく,**外形的事実(相手の言動や物理的環境,経済的依存度など)**を踏まえた総合判断が可能になることが挙げられます。
2-2. より客観化された要件で過剰処罰リスクを低減
「拒絶できない状態」という判断には,被害者の供述だけでなく,メッセージ履歴や周囲の証言,身体的・精神的ダメージ等の客観的証拠が伴うことが多いです。とりわけ「モラハラによる支配」が争点になる場合でも,加害者がどんな言葉を使っていたか,経済力や社会的立場をどう利用していたかなど具体的な資料を基に検討されます。これによって,
- 単なる後出しで「嫌だった」と言われただけ
- あくまで当時は対等で,自由意思で性行為に及んだ
というような事案を区別しやすくなるというメリットがあります。たとえば
「行為当時,ラブホテルに行く前からお互い合意しており,二人とも対等な立場であった。被疑者が特に無理やり迫ったような文脈(脅迫・DV)は見当たらない」
といった事案では捜査機関も「自由意思で性交している」と認定する可能性が高いです。結果,後から被害者が「実は嫌だった」と言っても,外形上“拒絶を示そうと思えばできた状況”と判断されれば,立件や有罪には至りにくいでしょう。
3. 強制的性行為を処罰するための的確性
3-1. 応報原理と再犯防止の観点
刑法が性犯罪を処罰する理由には,被害者の性的自由を守る応報的観点や,社会的に強制性交を抑止して再犯を防止する社会的観点があります。このとき,「自由な意思決定が奪われた状況で強行される性行為」は,まさに保護法益を踏みにじる最も重大な事態です。逆に,自発的・相互的な行為であれば刑法が介入すべきではない。こうした線引きには,「拒絶の意思を形成・表明・全うできるか」という観点が特に合致します。
- 拒絶する余地が現にあった場合:刑法の介入を必要とするほどの強制力(暴行・脅迫や支配)とは言えない → 処罰なし
- 拒絶する余地が奪われていた場合:実質的に被害者は性行為を拒めない状態 → 処罰対象となりうる
3-2. 「真意の同意」がない場合に処罰される仕組みにも適合
日本法のアプローチは,直接「被害者が同意していたか否か」を問うより,「被害者が同意しない意思を表明できない(あるいは表明しても無視される)ほど追い詰められていなかったか?」を問題にします。結果として,真に自由な同意がない場合は,必ず何らかの拒絶不可能要因が働いているはずと考えられるため,結局は“同意がなかった”事案を的確に包摂できるわけです。
4. 当時は望んでいたケースが後になって処罰されるリスク
4-1. 後から「実は強制だった」と言われても
ご質問の趣旨では「当時は相手方がむしろ望んでいた性行為だったのに,後日になって『自分は強制的にやられた』と主張されればどうなるか?」という懸念があります。しかし,日本の「拒絶の意思を形成・表明・全うできない状況」という要件は,当時の状況にそれ相応の強制力・圧力がなければ成立しないため,いくら被害者が後にそう言い始めても,現実の捜査や裁判では
- 実際に暴力や脅迫があった形跡
- DV関係やモラハラ的発言,経済的支配の実態
- 他の客観証拠
などが無ければ立件・有罪認定は難しいのが実情です。したがって,「真に双方が同意の上で行った性行為」が後から無理やり“強制”とされて処罰される危険は比較的低いといえます。
4-2. 客観的支配状況なしには有罪にならない
仮に被害者が「やはり嫌だった」と後から主張しても,当時まったく対等な関係性で,拒絶できる環境もあったにもかかわらず,被疑者が相手を抑え込んだ事実もなく,脅迫・マインドコントロール的手法も見当たらないのであれば,「拒絶の意思を全うできない状態にあった」とは評価しづらいでしょう。結果として,加害行為(不同意わいせつ・不同意性交等罪)の成立は否定されるケースが大半です。
5. まとめ――「拒絶ができない環境」の分析が持つ優位性
以上のように,
- 性行為の自由な同意・不同意を瞬間的に切り取るのは困難
- 後から「やっぱり嫌だった」と言われるリスクがある
- 刑法としてどこまで処罰するかの線引きが難しい
といった課題に対して,日本法の現行制度(令和5年改正刑法)が掲げる**「同意しない意思の形成・表明・全うが困難な状態」を重視する**というアプローチは,次のようなメリットをもたらします。
- 主観的な「合意」「真意」を直接判断するのではなく,客観的要件(暴行,脅迫,DV支配,地位濫用など)を通じて「拒絶できるかどうか」を検討できる
- 当事者の一方が後日「当時は強制だった」と言い張っても,その場にそういう強制力・心理的圧力が存在しなかったことが客観的に明らかなら,処罰されるおそれは低い
- 逆に,たとえ「口頭でYesと言っていた」等の外形があっても,実際には拒絶できない関係性・状況があれば処罰を逃れられない(被害者保護にも資する)
こうした仕組みのおかげで,真に当事者双方が望んでいた性行為は処罰対象にはならない一方,一方的な暴力・支配・モラルハラスメントにより実質的にNOが言えない関係下での行為を的確に捉えることが期待されます。これがまさに,日本法の「拒絶の意思の形成・表明・全う困難状態」要件を採用する最大の意義だといえます。
結論
「真意に基づく自由な同意」を瞬間的・主観的に判断するのは非常に難しく,後から変化する認識や事後的な対立に左右されやすいという問題があります。そこで,日本法のように**「被害者が拒絶の意思を形成し,表明し,または全うできない状況」か否か**によって犯罪の成否を判断する方式は,以下の点で妥当と考えられます。
- 客観的事実に基づいて強制力・支配力を認定しやすい(過剰な処罰を避けつつ,被害者保護に資する)。
- 当時は望んでいた場合には強制要素が見当たらないはずなので,後から一方的主張がなされても有罪になりにくい(いわゆる“合意の上の性行為”まで処罰対象にならない)。
- 相手に拒絶の自由を奪うような関係性や行為があれば,形式上“同意あり”に見えても処罰対象となる(被害者が“拒絶できなかった”のを利用する行為こそ問題性が高いという犯罪論の観点と一致)。
結果として,「強制的に行われた性行為」を処罰するのに十分かつ必要最小限の要件を明示化し,適切な線引きを設けていると評価できるでしょう。したがってご指摘のように,「日本法のような“拒絶の意思を形成・表明・全うできない状態”を基礎づけるアプローチ」は,真に強制的な性行為(被害者の自由な意思を奪う行為)を的確に捕捉し,同時に自由な合意に基づく性行為までは処罰しないという意味で,現実的かつ適切な方向性といえます。
プロンプト
【この文章を前提に、「yes means yes」というスローガンの危険性について検証してください。このスローガンは、アプローチする側が明確な同意をとることなどと説明されていますが、心理操作に長けた人は、男女問わず、相手を「アプローチする側」に追い込んで「積極的な同意を取らないといけない側」にすることが可能ということ、つまり、相手を「不同意性交罪のリスクを負う側」にして束縛することすら可能であるという観点から検証してください。】
以下では、近年の性暴力防止キャンペーンなどで用いられるスローガン「yes means yes(相手から明確なイエスを得ましょう)」の危険性について、本文章を前提に、かつ相手を“アプローチする側”に追い込み、不同意性交罪のリスクを一方的に負わせることさえ可能になるという観点から検証します。特に、心理操作に長けた人であれば、どのようにして自分が「アプローチされる側」になり、相手を「同意をとる義務を負う側」に追い込み、それを利用して束縛する可能性があるのかという視点に注目します。
第1 「yes means yes」の概要と趣旨
1 「yes means yes」とは何か
- スローガンの意義
「yes means yes(相手から明確なイエスを得ることが大切)」は、従来の「no means no(ノーと言われたらやめましょう)」を発展させたものとして知られています。後者だと、「ノーと言わなければオッケー(消極的同意)」という誤解を生みやすいことから、「相手が積極的にイエスを言わなければ同意とはみなせない」というメッセージを広げる運動が提唱されました。 - アプローチする側が同意を取る責任
「yes means yes」では、性行為におけるアプローチをする側が「言質(イエス)を確実に取る」ことを推奨し、それをもって双方の自由意志で合意したと確認しよう、というコンセプトが前面に出されています。
2 ポジティブな意義
- 慎重なコミュニケーションの促進
従来、性行為の際に十分な言語的コミュニケーションが行われず、「相手が嫌がっているようには見えなかった」「NOと言わなかった」という主張がトラブルを招く例が後を絶ちません。「yes means yes」は、こうした曖昧さを排除し、「きちんとお互いに了解を得よう」と強調することで、乱暴な性行為や勘違いの防止に一定の役割を果たしています。 - 性的自由の尊重
性行為をする前に「本当にいいの?」と尋ね、相手が積極的に同意を示したうえで行うことは、相手の人格・意思を尊重する姿勢でもあります。そのため、「no means no」よりは一歩進んだ姿勢として評価されることも多いです。
第2 「yes means yes」スローガンの潜在的な危険性
上記のように、「yes means yes」は本来、性暴力防止のための有益なキャンペーンです。しかし、ここで問題になるのは、心理操作に長けた人(男女問わず)がスローガンを逆手にとって相手を束縛しうるという点です。本来は「アプローチを仕掛ける側」にあるはずの人が、自分を「アプローチされる側」に見せかけ、相手に「同意を取る義務(=失敗すると犯罪リスク)」を一方的に負わせることが可能になる危険性があるという指摘を考察します。
1 「アプローチする側」に追い込む心理操作の構図
- 立場のすり替え
一般に、「yes means yes」の枠組みでは「性行為を提案(アプローチ)する側」が「相手から明確なOKを得る」ことを求められます。ところが、心理操作に長けた人は、自分がむしろ“誘われている側”に見えるような状況を巧みに作り出すことがあります。具体的には、以下のような例が想定されます。- 相手が望んでいるように誘導する
相手が気に入っているもの・趣味・関心を複数回話題に出し、「あなたがこうしてくれたら嬉しいのに」と示唆し続ける。そうすると、相手の方から「じゃあ今度一緒にやろうか」「じゃあ、私の方から誘おうか」と提案(アプローチ)する流れになりやすい。 - 被害者に“ご機嫌取り”を強いる状況づくり
相手に不安・罪悪感を与える言動(「私を不安にさせるの?」「こんなに疲れてるのに、あなたは何もしてくれないの?」など)を繰り返し、相手が「それならあなたが望むことをしてあげよう」と自発的に動き出す空気を作る。
- 相手が望んでいるように誘導する
- 相手が「誘う側」になった瞬間に責任移行
このようにして本来は加害リスクを伴う積極的行為をするはずの人が、「私は誘われただけ」「あなたが『したい』って言ったから付き合った」と言える立場を獲得します。すると、**「yes means yes」キャンペーンで強調される“同意を取る責任”**は、「誘った側」=被害者側に一方的に課される可能性が出てきます。
2 「不同意性交罪(改正刑法177条)」のリスクを被せる手口
- 改正刑法の「被害者が同意しない意思を形成・表明・貫徹できない状態」
2023年の刑法改正により整備された「不同意性交罪」では、「同意しない意思を形成し、表明し、貫徹できない状態を利用して行われた性交」が処罰されます。本来これは、強制力を行使したり、心理的支配で相手の拒絶を困難にする加害行為を取り締まるための規定です。 - 被害者に加害者の立場(“不同意のリスク”)を負わせる
しかし、心理操作によって、「あなたが誘ってきたのだから、あなたが私に明確なYesをとらないと違法よ」という逆転が起こり得ます。相手は「もし私がちゃんと『Yes means yes』をとり損ねたら、後から訴えられるリスクがある」と感じ、結果的に主導権を握られる。- たとえば、相手が戸惑っている素振りをわざと見せ、「それでも強引に誘ってくるんだ?」といった態度で心理的圧力をかける。
- 本来、誘われているはずの相手が「拒否できる・拒否できない」という問題を抱えているのに、あたかも「誘いをかけた側」が「加害行為をしようとしているかも」という位置づけにすり替えられる。
3 「yes means yes」を利用した束縛のメカニズム
- 相手の“慎重さ”を逆手にとる
「yes means yes」の精神をまじめに受け止めている人ほど、相手から「大丈夫かな? 本当に私がOKって言ったって記録はある?」と詰め寄られたら、「証拠を残さなきゃ」「契約書を作らなきゃ」「録音しなきゃ」と焦ってしまう可能性があります。- 結果的に、相手に対して常に「合意」の証拠を示す立場になり、行動を監視されるような状況に追い込まれる。心理操作の上手な人物は、この不安を駆り立てることで、相手をさらに束縛しやすくなります。
- “アプローチさせる”状態を作り続ける
たとえば、デートの誘いから性的行為の提案まで、すべて“相手の方”から言い出させるよう誘導する。すると、常に相手が「私が望んで提案しているから、同意をとらないといけない側」という立場に立つことになり、加害リスクを一方的に背負わされる構図が出来上がります。- こうして相手は「自分が誘ったんだから、ちゃんとYesをとらないと後で犯罪になるかも…」と不必要に神経質になり、結果として心理的に支配されやすくなります。
第3 心理学・法学的視点から見る「スローガンの危険性」
1 心理学的視点:学習性無力感とコントロール
- 本来の弱者が操作する側になりうる?
従来、DVやモラハラといった心理操作は“力のある側”が行うイメージが強いですが、実際には、男女どちらも意図的に立場を逆転させ、「相手に罪悪感や不安を抱かせる」テクニックを使うことが可能です。 - 被害者が「誘う側」にさせられている実態
いわゆる“被害者”が「あなたが誘ったんだから、もし同意を確認しないまま私を傷つけたら犯罪だよ」と宣言することで、相手の行動を縛る。相手(本来の被害者候補)は、自分の行為が“不同意性交罪”に問われるリスクを恐れ、結果的に相手の意のままに行動するようになる。
2 法学的視点:「yes means yes」は法条文そのものではない
- 刑法上の争点は「被害者が拒絶の意思を形成・表明・貫徹できるか」
改正刑法176条・177条(不同意わいせつ・不同意性交等)では、単に「イエス・ノー」だけが争点ではなく、被害者が自由に拒絶できない状態があったかが中核的判断基準です。 - スローガンと法解釈のズレ
「yes means yes」はあくまで啓発的なメッセージであり、「言葉による明示的同意」を重視するキャンペーンです。しかし、実際の捜査・裁判では、外形的に“Yes”のやりとりがあったか否かより、どちらがどれだけ「拒否しづらい状況」を作ったか・利用したかが大きな争点になります。- 心理操作によって相手を「誘う側」に仕立て上げても、最終的には「真に拒絶できたか」あるいは「むしろ誘わざるを得なかったのか」を総合的に判断するため、スローガンがそのまま法的結論を決定するわけではありません。
3 「積極的同意」が本来は護るはずの人を逆に縛る危険
- スローガンの逆用
啓発の狙いは、「双方が対等に話し合い、自由な意思でイエスを言うこと」ですが、心理操作のプロはその「意図・建前」を利用して、自分が一切アプローチしないように見せかけ、相手に「誘わせる」構図を作る。- こうなると、相手は「私が誘ったからには、明確なYesをとる責任を負う」と自覚し、ほんの些細なコミュニケーションのズレや曖昧さを恐れて、常に相手の機嫌をうかがうようになります。
第4 対策と注意点
1 「yes means yes」スローガンの本来の意図を再確認する
- 啓発の目的:対等な関係づくり
本来、「yes means yes」は「相手の意思をきちんと尊重しましょう」というメッセージであり、「強い方・弱い方」の立場を固定したり、「アプローチする側だけが常に犯罪リスクを負う」という思想ではありません。 - スローガンの補足が必要
「yes means yes」という単純な一言だけでは、「言葉でYesを得れば安全」「誘う側だけが危険」という誤解が生まれやすい。そこに「対等なコミュニケーションの大切さ」「心理操作による逆転現象のリスク」などを補足的に伝えることが求められます。
2 実際の法的判断では多角的にみること
- 捜査・裁判の場
「相手が誘った/誘われた」という表面上の役割だけでなく、当事者同士の力関係や関係性全体を見ます。心理操作の痕跡(LINEのやりとり、周囲への相談内容など)から、「本当に誘ったのはどちらか? 誘わされたのではないか?」を捜査機関が探ることになる。 - 虚偽申告や逆手利用のリスク
心理操作で立場をすり替えたケースでは、捜査機関・裁判所も慎重に証拠を精査し、「表面的には誘ったように見えても、実質的には誘わされたのではないか?」という可能性を検討する。よって、一概に「誘った側が常にリスクを負う」わけではない。ただし、被害者側(実際には操作されている側)にとっては、そのような捜査・立証を経る前に混乱し、精神的苦痛を受ける恐れもある。
3 「逆手に取られない」ための注意
- 自分が「誘っている」と感じたら疑う
もし常に自分から誘っている状況に追い込まれ、不自然なまでに相手が「私は何もしてないけど、いいの?」と念押ししてくる場合、相手が心理操作を仕掛けている可能性を考慮する必要があります。 - 相手とのやりとりのバランスを再点検
真に健全なコミュニケーションは、どちらか一方が絶えず提案し、他方が「誘われるだけ」という形にはなりにくいはずです。どちらか一方に“誘わせ続ける”構図が固定化しているなら、その力関係を疑うことが重要です。
第5 まとめ:スローガン運用と慎重なコミュニケーションの両立
- 「yes means yes」が全く無意味というわけではない
元来、「yes means yes」のキャンペーンは性行為におけるコミュニケーション不足を補い、無意識のうちに相手の意思を踏みにじってしまうリスクを減らす目的で生まれました。その意義自体は依然として大きいものです。 - スローガンが“逆手に取られる”シナリオ
しかし、心理操作に長けた人は、むしろ「yes means yes」の思想が浸透している社会において、“誘わせる側”を演じ、相手に「同意を取る責任」「失敗すれば不同意性交罪リスク」を押し付ける手口を使う可能性があります。これにより、相手を束縛し、支配しようとする企みが成り立つ危険が指摘されます。 - 法的には「自由な意思形成の妨害」が鍵
改正刑法(不同意わいせつ罪・不同意性交罪)では、たとえ表面上の誘い方がどうであれ、「被害者が拒絶の意思を形成・表明・貫徹できる状態であったか」が最重視されます。最終的に捜査機関や裁判所は、「表面的な誘いの順番」よりも、「どちらがどのような圧力をかけ、どちらが実質的に支配されていたか」を見ることになります。 - 啓発メッセージへの付加的視点
性暴力防止キャンペーンとしての「yes means yes」は、今後さらにアップデートされ、「相手をアプローチ役に追い込むことで、同意確認義務=犯罪リスクを一方的に背負わせる」ような状況を防止する観点も取り入れる必要があるでしょう。たとえば「双方が対等にコミュニケーションしよう」「アプローチする側・される側が固定化しないよう注意しよう」という補足が求められます。
【最終結論】
「yes means yes」というスローガンは、性行為に先立つ積極的同意の確認を推奨する有用な啓発である反面、心理操作により、相手を“誘う側”に仕立てて同意確認義務と犯罪リスクを一方的に負わせるという悪用リスクを孕んでいます。こうした逆転現象は、男女問わず起こり得るものであり、表面的には「誘われただけ」の立場を装いながら、実質的には加害的なコントロールを行う人間も存在します。
とはいえ、実際の法適用においては、あくまで「被害者が自由に拒絶できる環境にあったか」が判断基準となります。スローガンの狙いを正しく理解しつつ、心理操作による立場の逆転・束縛があり得ることを社会全体で認識しておくことが重要です。何より、**真の目的は「対等で自由な意思疎通を行うこと」**であって、「言葉の同意さえ取ればOK」や「誘った側だけがリスクを負う」といった誤解を助長しないよう、さらなる周知と慎重な運用が求められます。