業務上横領・背任事件の弁護要領(企業犯罪、刑事弁護)
2025年01月30日刑事弁護
プロンプト
【業務上横領事件・背任事件について、40歳の経理を担当していた社員が、上司に言われて、上司の私的な遊興費を「経費」として処理していたのを数年間続けて1000万円程度の金額になってしまったが、そのことが発覚して上司ともども責任を問われているものの、上司は自己破産してしまい、その社員を共犯者として刑事告訴すると言われている事案で、刑事弁護人としてどう対応するか詳細に検討してください。その社員は100万円しかないという前提ですので、一括弁済はできず、月々5万円の返済が精一杯です。】
刑法
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
(背任)
第二百四十七条 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(業務上横領)
第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。
以下では、**「上司に指示されて会社資金を私的遊興費として処理し続け、総額1000万円になってしまった経理担当社員(40歳)」を想定し、「上司から共犯者として告訴すると言われている」**という事案について、刑事弁護人としてどのように対応を検討するかを解説します。
前提として、「本人には現在100万円しかなく、一括弁済は不可能」「月5万円ずつ返済するのが限度」という状況を踏まえます。
1.問題となる罪名と論点
(1) 罪名の可能性
- 業務上横領罪(刑法253条)
- 業務上自己の占有する他人(会社)の物を横領した場合。
- 経理担当として会社資金を経理処理する立場にあり、会社の金銭を「正規の経費」と見せかけて私的流用(上司の遊興費)を支出したとされると、業務上横領罪が問われる可能性が高い。
- 10年以下の懲役と法定刑が重い。
- 背任罪(刑法247条)
- 他人のために事務を処理する者が、その任務に背いて財産上の損害を生じさせた場合。
- 経理担当である以上、会社資金を適切に管理する「事務処理上の任務」がある。上司の私的な費用を支出することで会社に損害を与えた、という構成になる。
- 5年以下の懲役または50万円以下の罰金。
どちらになるかは、実際の資金の流れ・占有形態等によります。
- 会社から見て、経理担当社員が上司の指示のもとでも**資金を“横領”した(=自分や上司の支配下に移した)**と評価できるのであれば「業務上横領」に該当する可能性が高い。
- 一方、「業務上横領」の要件を満たさず、会社に損害を与えた行為」の場合には「背任」に問われる可能性があります。
- いずれにせよ、「数年間にわたって私的流用の経費処理を繰り返した」という事実関係が大きな争点となります。
(2) 争点・弁護方針上のポイント
- 故意・共犯の程度
- 本人がどの程度「違法性を認識し、積極的に加担したか」。
- 上司からの強い指示や圧力があり、逆らえなかった事情はないか。
- 自ら利益を得た度合いはどの程度か。上司に比べて取分が非常に少ない、あるいは無いのではないか。
- 責任の度合い(量刑上の考慮要素)
- 上司が主犯格で、社員が従属的立場にある。
- 被害弁償や示談の見込み(本件では一括弁済は不可能だが、毎月少額でも返済を継続する意思がある)。
- 再犯可能性の低さ(今後、経理業務から外れる、または監査体制整備が見込まれる等)。
- 告訴・被害届を取り下げてもらう可能性
- 会社やその代表(または清算人・管財人)との交渉で、弁済計画を提示して告訴・被害届の取下げを目指す場合が多い。
- 背任・横領は「親告罪」ではありませんが、告訴を取り下げてもらえれば、検察の起訴判断に影響する可能性は大いにあります(示談の成立や告訴取下げは起訴猶予や執行猶予獲得につながりやすい)。
2.弁護活動の流れと具体的対応
(1) 事実関係の調査・証拠収集
- どのように資金が支出されていたか
- 遊興費処理の具体的手口(領収書の内容・科目偽装・各月の計上方法など)。
- 社内稟議・承認フローがあったか、承認権者は誰か。上司の決裁印はあったのか。
- 会社の監査・チェックはどの程度働いていたか。
- 本人が得た利益の有無
- 実際に本人がその金銭を使用したわけではなく、上司がほぼ全額を使ったのか。
- 「上司に逆らえなかった」証拠(メール・チャット・ボイスレコーダー等)は残っているか。
- 期間や金額、返済履歴の確認
- 不正処理が始まった時期と終了時期。
- 総額1000万円とされるが、どのように積み上がったか。
- 一部でも返金していた実績があるか、または社内で問題化してから返金した事実はあるか。
これらを踏まえて、上司が指示したという証拠、本人が従属的立場だった証拠をできるだけ収集します。
(2) 会社との示談交渉・弁済計画
- 示談・弁済の優先度
- 背任・横領の事件では、被害弁償や示談が非常に重要な情状考慮要素。
- とはいえ、現金一括で1000万円を返済する資力がない以上、長期の分割弁済計画を提示せざるを得ない。
- 月5万円ずつの返済プランだと、完全に返済するには十数年かかる可能性もあり、会社側が応じるかは未知数。
- 弁済プラン例
- 着手金的に保有する100万円をまず即金で支払い、残額900万円を月5万円で返済(15年近くかかる)。
- それだけの長期間だと会社も困ることが多いので、少額でも誠意を示しながら、3〜5年以内にまとまった金額を別途用立てる可能性を探る。親族への借入れ、退職金担保など。
- 会社が納得すれば、「告訴しない」「告訴を取り下げる」といった示談条項を結べる可能性がある。
- 会社が破綻や清算手続に入っている場合
- 会社の倒産などで管財人がついているなら、管財人と交渉する必要がある。管財人は債権回収重視のため、長期分割に応じないケースもある。
- 上司が自己破産してしまったことで「実質的に回収できるのは経理担当者しかいない」となれば、請求が厳しくなる可能性もある。
(3) 捜査機関(警察・検察)への対応
- 本人の供述方針の確立
- 「上司の厳しい指示があり、拒否できなかった」「経理担当として上司決裁があれば従うしかないと思い込んでいた」などの事情を具体的に説明。
- ただし、「やむを得なかった」だけでは違法性が否定されにくい点に注意。やむを得ない・従属的立場は量刑・処分判断での情状に大きく影響しますが、行為の違法性が消えるわけではありません。
- 検察との協議(在宅事件か身柄事件か)
- 大きな金額ではあるものの、組織的な犯罪というより上司に従ったという構図であれば、在宅捜査・在宅起訴となる可能性が高い。
- 示談がうまくいき、会社が告訴取り下げなどをしていれば、不起訴または起訴猶予を期待できる場合もある(ただし金額が大きいので難度は高い)。
- 起訴された場合でも、最終的に執行猶予判決を狙うという形が一般的。
- 取り調べ対応
- 取調べで余計な言い訳や偽証をしないよう、「正直に経緯を話し、上司の指示があったこと・自分が従わざるを得なかったこと・個人的利益を得ていないか少ないこと」を粘り強く説明。
- 弁護士としては、取り調べの前に綿密な打ち合わせをし、事実をどこまで認めるか・上司の関与状況・自分の反省の意をどう示すか方針を固めます。
(4) 最終的な処分・量刑をにらんだ活動
- 起訴猶予の獲得
- 金額が大きいので難しい部分はあるが、**なるべく示談などをまとめて「被害弁償が進んでいる」「本人が深く反省している」**ことを検察にアピールする。
- 起訴後の執行猶予判決獲得
- 実刑回避を目指すうえで重要なのは、やはり**「示談成立の有無」「会社の処罰感情の程度」「被告人の反省・再犯可能性の低さ」**。
- 会社が「分割でも返済してくれるなら処罰を望まない」という態度であれば、裁判所も情状をくんで執行猶予付判決を出しやすくなる。
- 共犯としての立場
- 上司と共謀していたのか、それとも上司が主導で自身は従属的だったのか。
- 「幇助犯・従犯」としての評価になれば量刑が軽くなることもある。
- ただし、背任・横領はいずれも「共同正犯」とみなされやすい場面が多いため、弁護側は実態としての従属性をどれだけアピールできるかが鍵。
3.弁護士としての具体的アドバイス・方針
- まずは会社(被害者)との交渉方針を決める
- 100万円しか手元にないのであれば、**できるだけ早期に「100万円をまとめて支払う」「残額900万円については月5万円ずつ返済」**という具体案を用意。
- 会社からすれば、かなり長期の返済になりますが、誠意を示す・告訴取消や示談書締結を目指すために不可欠なプロセス。
- 上司の指示・強要の証拠を集める
- メールやメッセージ、周囲の同僚の証言等。
- 実際には「断れない社風」「パワハラまがいの環境」などがあれば、そちらも主張する。
- 自発的に横領に加担したわけではないことを具体的に示す。
- 捜査機関への対応
- 弁護士同席が認められなくても、取調べの都度面会し、方針や供述内容を再確認。
- **「自分が受けた圧力」「金銭的利益を得ていない」**点をしっかり説明する。
- 被害者との示談が進めば、その進捗を検察官にも伝え、「民事的にも解決見込みがある」ことを強調。
- 情状立証の準備
- 家族や周囲の協力状況(連帯して返済に協力してくれるのか、反省を促しているか)。
- 職場での評価・経歴(真面目に働いていた実績、これまでの懲戒歴の有無)。
- 再就職先や今後の生活設計(同様の犯罪行為を繰り返す恐れが低いと示す)。
- 最終的に起訴・裁判になった場合の弁論方針
- 量刑上の斟酌事情として、以下を主張:
- 上司主導の犯行であり、従属的立場。
- 被害弁償に向けて最大限努力している(既に100万円を入れている、分割弁済を継続中)。
- 本人が利益をほぼ得ていない。
- 深い反省と再犯防止策(経理業務から外れる等)。
- 裁判所の執行猶予判決の獲得が目標となる。
- 量刑上の斟酌事情として、以下を主張:
4.まとめと展望
- 最大のポイントは「被害者である会社との示談・被害弁償の見通し」をどこまで作れるかです。1000万円という高額ではあるものの、月5万円ずつコツコツ返済していく誠意を示して、告訴取り下げを含む示談が成立すれば、起訴猶予や執行猶予獲得の可能性が高まります。
- 仮に会社側が強硬姿勢を崩さず、刑事告訴をされて起訴される場合でも、「上司の強い指示」「本人の従属性」「個人的利益が乏しい点」「被害弁償への努力・示談の意欲」などを積極的に情状主張することで、**実刑を回避(執行猶予)**に持ち込む余地があります。
- 一方、会社が倒産状態や管財人対応で厳しい態度だと、弁済計画の受け入れが難しく、示談がまとまらないリスクもあります。その場合でも、弁護士としては「返済の意思・努力」を継続的に示すことを検察・裁判所にアピールし、処分・量刑の軽減を図ることになります。
- 上司が自己破産しているからといって、社員の刑事責任が消滅するわけではありません。 あくまで「共犯」として追及される可能性はあるので、弁護士は本人の従属性・真摯な態度・経緯の詳細をしっかり示して、処分軽減と寛大な判決を得るための弁護活動を展開することが必要です。
【最終的な弁護戦略の要点】
- 事実関係の正確な把握と証拠化(上司の強い指示、本人の従属性)
- 被害会社との示談・弁済計画の提示(短期での一括は無理でも誠意を見せる)
- 捜査段階での適切な供述・検察への働きかけ(在宅捜査・不起訴・起訴猶予を目指す)
- 裁判になった場合は「被害弁償・示談」「従属性・反省」「経歴・生活状況」を情状立証し、執行猶予判決獲得を目標
このように弁護活動を進めることで、少しでも重い刑事責任を回避し、社会復帰の道を確保していくことが弁護士の役割となります。