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薬院法律事務所

刑事弁護

刑事事件における口外禁止条項と、違反の場合の効力(刑事弁護、犯罪被害者)


2025年02月03日刑事弁護

1.はじめに
刑事事件の示談書(和解契約)に「口外禁止条項(秘密保持条項)」を盛り込むことは珍しくありません。被害者・加害者双方が事件の内容や示談金の額などを第三者に開示しないようにするための約束です。しかし、口外禁止条項に違反した場合、その示談契約自体が無効になってしまうのか、あるいはどのような法的効果が生じるのかという点は、慎重に検討する必要があります。

以下では、まず口外禁止条項の効力や限界を概観し、そのうえで違反があった場合の効果—とりわけ示談契約の無効・取り消しや損害賠償責任との関係—を付随的債務の不履行という観点から解説します。


2.口外禁止条項の効力

(1) 契約上の有効性

① 原則として有効
示談は民法上の和解契約の一種と考えられます。そのため、当事者間の合意に基づいて示談書に口外禁止条項を盛り込むこと自体は、原則として有効とされます。すなわち、口外禁止に関する合意は、契約自由の原則(民法521条など)の範囲内で有効に成立し得ます。

② 公序良俗(民法90条)との関係
一方で、口外禁止条項の内容が極端に広範であったり、被害者に刑事告訴や捜査機関への協力を一切させないといった趣旨を含む場合には、公序良俗に反すると判断される可能性があります。日本の刑事司法制度上、捜査機関への協力や真実の供述を抑圧するような合意は違法・無効とみなされるおそれがあります。したがって、条項の内容が「当事者間の秘密にとどめる」程度であれば有効性が認められる余地はありますが、「警察に通報させない」「検察や裁判所に証言させない」という内容であれば、無効とされる可能性が高いと言えます。

(2) 刑事手続との関係

日本の刑事事件においては、被害者が告訴を取り下げたり被害届を提出しなかったとしても、検察官が独自に起訴できる場合があります。したがって、示談の中で「刑事事件を進めない」よう合意していても、当事者間でのみ拘束力を有するにすぎず、刑事手続そのものを止める法的効果はありません。また、口外禁止条項があっても、証人尋問などで法廷において証言を求められた場合には、裁判所に対して真実を述べる義務を負うため、秘密保持契約といえどもこれを理由に証言を拒むことはできません。


3.口外禁止条項違反と示談契約の効力

(1) 付随的債務の不履行という位置づけ

示談契約(和解契約)における本質的な義務は、通常「示談金(和解金)の支払い」や「不法行為に関する損害賠償の金額確定」等です。これに対して「口外しないこと」は、これら主たる義務(主債務)を円滑に遂行するため、あるいは当事者のプライバシーや名誉を保護するための付随的義務と位置づけられます。

  • 主債務: 金銭の支払い、請求権の放棄、刑事告訴の取下げ 等
  • 付随的債務: 口外禁止、秘密保持、誹謗中傷の禁止 等

(2) 付随的債務不履行があった場合の民法上の処理

民法上、付随的債務の不履行があった場合に、直ちに契約全体を解除・無効とすることは原則として認められません。これは、付随的債務はあくまで主たる債務の履行を補助する立場にあり、その不履行だけで契約目的が根本的に達成不可能になるわけではないからです。

1) 損害賠償責任

口外禁止条項に違反し、相手方に損害(名誉毀損やプライバシー侵害など)を与えた場合、債務不履行(または不法行為)に基づく損害賠償責任が生じる可能性があります。示談書に違反時の違約金の定めがあれば、違約金条項による支払義務が発生することもあります。

2) 契約の解除(履行拒絶)

民法541条以下が定める債務不履行解除(契約解除)に関しては、

  • 解除の要件:債務の不履行が「契約の目的を達成できない程度に重大」であることが必要と解されます(判例・通説)。
  • 付随的債務の不履行の場合:通常、付随的債務の不履行は「契約の目的の根幹を破壊するほどの重大性」はないと解されるのが一般です。そのため、付随的債務違反を理由とする契約解除は認められないのが原則です。

ただし、口外禁止条項が当事者にとって非常に重要かつ主たる合意事項と同程度に重視されている場合、あるいは「一度情報が広く拡散されてしまうと、もはや示談の目的(秘密裏に円満解決すること)が根本的に損なわれる」というような特段の事情があれば、解除が認められる余地は理論上はあります。しかし、それでも主債務の履行との関係で「付随的義務違反のみで示談全体を無効・解除とする」というのはハードルが高いと考えられます。

3) 契約の無効

契約が「無効」となるためには、民法上は

  • 公序良俗違反(民法90条)
  • 詐欺・強迫など意思表示の欠缺
  • 契約内容自体が不確定・不能
    など、厳格な要件が必要です。口外禁止条項違反は「契約締結時点での無効原因」を生じさせるわけではないので、違反があったこと自体で示談契約全体が当然に無効となることは通常ありません

4.実務上のポイント

  1. 条項の明確化
    • 口外禁止の範囲をどこまでとするか、誰に対する口外を禁止するか(家族・弁護士・税理士などの専門家への開示は認めるのか)、違約金の定めや損害賠償の範囲をどのようにするかなど、できるだけ具体的に定めておく必要があります。
  2. 「公序良俗違反」に注意
    • 捜査機関への協力を一切禁止するような条項は無効の可能性が高いです。また、刑事裁判の証人尋問など法的手続きにおける供述を制限する趣旨を含むときは、実質的に履行不能かつ公序良俗違反として排斥される可能性があります。
  3. 違反時の救済方法
    • 実務上は「口外禁止条項に違反した場合には○○円を支払う」など違約金を設定することで、口外禁止の実効性を高める方法がとられることが多いです。もっとも、その金額が過大であれば裁判所により減額される可能性もあります(民法420条2項・裁判所の職権による減額)。
  4. 示談契約の目的との関係
    • 示談金の支払いが主たる目的であり、口外禁止は付随義務である場合、口外禁止違反のみで示談契約全体を解除または無効とするのは難しいのが通常です。示談を“やり直す”ことが現実的に困難な場合も多く、違反に対しては損害賠償または違約金請求を検討する形が一般的です。
  5. 刑事事件の特殊性
    • 被害者が公に事件を語ることで加害者の社会的評価や名誉が著しく損なわれる可能性がありますが、同時に刑事手続には被害者が真実を述べる権利・義務もある点に留意する必要があります。示談書で「告訴を取り下げる」旨を定めたとしても、検察官の起訴独立権や警察捜査を完全に排除する効果はありません。

5.結論

  1. 口外禁止条項自体の有効性
    • 原則として当事者間で有効に成立し得るが、刑事捜査機関や裁判所に対する協力を全面的に禁止するような内容は公序良俗違反となる可能性がある。
  2. 違反した場合の法的効果
    • 付随的債務の不履行として、損害賠償責任や違約金の支払義務が生じる。
    • 口外禁止条項違反のみを理由として、示談契約全体が直ちに無効・解除になることは原則として考えにくい。示談の主要目的(損害賠償の完了など)が果たされている限り、付随的債務違反だけで契約の効力自体が否定されることは通常ない。
  3. 実務的対応
    • 契約締結時に、口外禁止条項の範囲・違約金などを具体的かつ適正に定めることが重要。
    • 口外禁止条項違反があった場合には、まずは損害賠償請求違約金請求が主要な救済手段となる。示談契約の解除や無効主張は、付随義務違反だけではハードルが高い。

まとめ

刑事事件の示談書における口外禁止条項は、当事者のプライバシー保護や社会的評価を考慮するうえで有益な場合が多いですが、その内容が公序良俗に反しない限りでのみ有効です。違反が生じた場合には、付随的債務不履行として損害賠償問題が生じるのが基本であり、示談契約自体が無効となることは原則としてありません。示談の主要目的(損害賠償)に比べれば、口外禁止はあくまで「付随的」な位置づけであるため、違反によって示談の効果が一挙に失われると考えるのは難しいというのが一般的な見解です。もっとも、各当事者にとって口外禁止がどの程度重要か、条項に違約金が設定されているかなど具体的事情によっては、契約関係に影響が出る場合がありますので、慎重な検討と明確な条文作成が必要になります。

 

【参考文献】

 

佐藤陽一『実践講座 民事控訴審-元高裁判事による実務のマイルストーン』(日本加除出版,2023年4月)215頁

【(4)口外禁止条項
また、最近の和解においては、しばしば口外禁止条項を求められる場面が見受けられます。当事者間での合意がある限り問題は少ないように思いますが、無条件の口外禁止条項といえども、全面的な禁止をすることはできず、証人の証言拒絶事由に当然に該当することにはならないでしょうから、当事者に過剰な期待や委縮の効果をもたらすようなことにならないよう席上での注意確認をしておきたいものです。同様に、その不履行の場合のペナルティを定めることもあります。この点も上記と同様に当事者間の合意の問題でしょうが、立証責任の負担や賠償額の定め方によっては公序良俗違反の疑いを抱かれるような極端な条項となることのないように、裁判所としては後見的立場でチェックをする必要があるでしょう。】

https://www.kajo.co.jp/c/book/06/0605/40942000001

 

東京弁護士会労働法特別委員会編著『新 労働事件実務マニュアル 第6版』(ぎょうせい,2024年2月)518

【6 原告と被告は、相互に、本件紛争の存在、経緯及び本和解の内容を、みだりに第三者に口外しないことを約する。

d 第6項
いわゆる口外禁止条項、守秘義務条項と呼ばれる条項である。かかる条項は、紛争の存在及び和解内容が対外的に波及するのを防ぐこと等を目的とする。具体的には、紛争自体が話合いで解決したことについて公表を禁止したり、和解金額といった和解の内容についても、公表を禁止したりすることにより、将来の紛争を予防することを目的とする。そのために、「和解の内容」だけでなく、「紛争の存在、経緯」についても、口外しない旨の条項を入れる場合がある。
「みだりに」とは、「正当な理由がないのに」という意味であり、使用者側としては、和解内容の実現のために会社の事務手続上、必要な範囲で和解内容を伝えることは当然許容されている(例えば、解決金の支払において、経理の担当者等に伝えること)。また、労働者側も、家族や公的機関への報告等の場合には、正当な理由が認められると思われる。】

https://shop.gyosei.jp/products/detail/11862

 

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