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薬院法律事務所

刑事弁護

【えん罪】警察から、取り調べで妻に前科をばらすといわれているという相談(刑事弁護)


2025年02月03日刑事弁護

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は30代の会社員男性です。先日、駅のエスカレーターで盗撮をしたということで警察を呼ばれました。警察からは、「下着を撮影していたんだろ」と執拗に追求されていますが、それは違うと回答しています。確かにスマートフォンは持っていましたが、盗撮はしていません。私は盗撮の前科があるので疑われるのはわかりますが、もうやめています。そうすると、警察から「あなたがそうやって違うと言い続けるのなら、家宅捜索もしないといけないし、奥さんからも話を訊かないといけない。奥さんはあなたに盗撮の前科があることを知らないんじゃないか?」と言われています。実際知りませんし、妻は潔癖なので、そのことをばらされたら離婚になると思います。なんとかならないでしょうか。

 

A、弁護士から意見書を提出して、けん制すべき事案だと思います。以下の解説をご確認ください。

 

【解説】

以下では、まずご提示の名古屋地裁平成7年11月8日判決(判例時報1576号125頁)のポイントを整理し、その裁判例の趣旨を踏まえたうえで、後段の**「妻に前科を知られたくない」という相談(架空事例)**に対して弁護人としてどのように対応するかを詳細に回答いたします。


1.名古屋地裁平成7年11月8日判決のポイント

(1) 事案の概要

  • 原告(後に不起訴処分)は、覚せい剤取締法違反被疑事件で逮捕・勾留されたが、結局嫌疑不十分で不起訴となった。
  • この原告について、「前科を警察官が周囲の人に伝えてしまった」という事実があり、原告は「逮捕が違法ではないか、さらに警察が前科を周囲に漏らしたこと(プライバシー侵害)も違法ではないか」として、国家賠償請求を行った。

(2) 裁判所の判断と結論

  1. 逮捕の違法性
    • 逮捕については、共犯者(被告乙山)の虚偽供述があったとはいえ、「被疑者を犯人と疑うに足りる相当な理由があった」として適法と判断され、警察官の過失(違法)は否定された。
  2. プライバシー侵害の違法性
    • 一方、警察官が原告の前科を職場の同僚に伝えてしまった点については、プライバシーの侵害として違法と認め、警察官の行為は国家賠償法1条1項に基づく賠償責任が生じるとした。
    • 判決理由では、「前科は極めて個人的な事項であり、みだりに第三者に公開されない法的利益がある」として、捜査上やむを得ないとは認められない場面で警察官が前科を漏らしたことは違法と判断され、損害賠償が認められた。

(3) ポイントの総括

  • 警察が捜査目的であっても安易に前科を第三者に漏らすのは、プライバシー侵害として違法になりうる
  • ただし、逮捕や身柄拘束自体が直ちに違法となるわけではなく、「逮捕時に犯罪を疑うに足りる相当な理由があった」場合には適法とされる(結果的に不起訴でも“当時の判断が妥当ならば”違法にはならない)。

2.架空事例に対する弁護人としての対応

(1) 事例の概要

  • 30代会社員男性(相談者)。駅のエスカレーターで盗撮を疑われ、警察に呼ばれる。
  • 実際には「下着撮影の意図はない、盗撮はしていない」と主張。
  • ただし、過去に盗撮の前科があり、警察から「前科があるじゃないか」と執拗に疑われている。
  • 警察からは「家宅捜索や奥さんへの事情聴取も必要になるぞ。奥さんはあなたの前科を知らないのでは?」とほのめかされている。
  • 妻に前科を知られれば離婚必至だが、警察に強く否定を続けると妻に前科をばらされるのではないかと不安。どうすればいいか、という相談。

ここで問題になるのは、(a) 捜査上の必要性を理由に家宅捜索や妻への事情聴取がなされる可能性、(b) 警察が「前科」を妻に漏らすリスク、(c) それが違法なプライバシー侵害になるか否か、という点です。

(2) 名古屋地裁判決との関係~プライバシー侵害の論点

前掲判決から分かるとおり、捜査上の“必要性”と“相当性”がない段階で前科を第三者に話す行為は、プライバシー侵害として違法となる可能性が高いと言えます。

  • ただし、捜査の範囲で妻に事情を聴くこと自体を一律に違法とは言えません。事件解明に必要と認められ、適法な手続きを踏んでいれば、妻への事情聴取は職務行為の一環となり得ます。
  • もっとも「妻を呼んで問い詰める」「任意で協力してもらう」という程度を超え、あえて「前科まで暴露する」必要があるかは別問題です。単なる脅しや威圧として「前科を伝える」行為は、本来的な捜査の必要性の範疇を超え、プライバシー侵害となる可能性が高いと考えられます。

(3) 弁護人としての具体的対応策

① 取調べ可視化や録音・録画を含めた「違法捜査への牽制」

  • 警察による「前科バラし」をほのめかす発言が、単なる脅迫的言動に止まらず、自白強要や不当な威圧に及ぶようであれば、捜査手続き自体が違法・不当と評価される余地があります。
  • 弁護人としては、**「そのような威迫・脅迫的な取り調べは認められない」**という姿勢を示し、録音・録画などの可視化を強く求める、あるいは必要に応じて(検察や裁判所を通じて)抗議・申立を行うことも検討します。

② 妻への事情聴取について

  • 警察が「妻から話を聞く必要がある」と言った場合、本当に必要性があるのか吟味します。**「本件が“現行犯的”な盗撮事例であれば、奥さんが何か重大な証拠を持っている可能性は低い」**はずです。
  • 弁護人としては「妻へ事情を聴くとしても、前科の情報を伝える必要はない。そもそも妻に前科を伝えることは事件捜査の関連性が極めて乏しいはずだ」と主張し、警察側に“前科をみだりに伝えること”は避けるよう釘を刺すことが考えられます。

③ 家宅捜索への対処

  • 家宅捜索には原則、裁判官の発付する「捜索差押許可状」が必要です。警察が「やるぞ」と言っても、令状なく強制的に家の中を捜索することは違法になります。
  • 仮に捜索令状が出ても、家宅捜索と奥さんへの過度な取り調べや前科の暴露は本来別問題です。捜索そのものと前科暴露は直接関係しないため、捜索目的を逸脱して本人のプライバシーや家族に対する余計な情報を流布するのは違法と評価されやすいでしょう。

④ もし警察が前科を暴露した場合の手段

  • 万が一、警察が捜査目的を逸脱して妻に前科を漏らした場合、名古屋地裁判決のように**国家賠償請求(プライバシー侵害)**を検討できます。
  • ただし、実際に民事訴訟を起こすかどうかは慎重に判断する必要があります。時点では「違法性を強く指摘し牽制する」ことが重要です。

⑤ 相談者への助言:自白を強要されないように注意

  • 「妻に前科をバラす」ことを材料に自白を迫るような取調べは、違法・不当な威迫と評価される可能性が高いです。
  • 自白を強要され、もし身に覚えのない罪を認めてしまえば、後々に取り返しがつかない事態となり得ます。相談者には、毅然と否認する態度を続けるのであれば、弁護士立会いのもとで必要な主張・手続きを行うようアドバイスします。

3.弁護人回答例のまとめ

Q(相談):「盗撮を疑われ、警察に『違うと言い続けるなら家宅捜索しないといけないし、妻からも話を聞く。妻に前科があることを教えられたらどうする?』と脅されています。離婚の危機です。なんとかならないでしょうか。」

(1) 前科の暴露が問題となる点

  • あなたには前科があるとはいえ、それを捜査上の必要性もないのに妻に暴露することは、プライバシー侵害にあたる可能性が高いです。とりわけ、威圧的な手段として「暴露をちらつかせて認めさせようとする」行為は適正手続き上も問題が大きいです。
  • 名古屋地裁平成7年判決でも、警察官が被疑者の前科を周囲に安易に漏らした結果、国家賠償が認められました。家族に対しても捜査必要性の範囲を逸脱して前科を暴露することが適法とされるわけではありません

(2) 警察の捜査範囲・手続き上のポイント

  • 本件が本当に「あなたが盗撮した」として刑事責任を追及するだけの証拠があるのか、警察は示していません。
  • 家宅捜索には通常、裁判官の発付する捜索差押令状が必要です。警察が令状を取得できるほどの証拠があるかは疑問です。
  • 妻への事情聴取も、必ずしも盗撮の立証にどこまで必要かは不透明であり、「前科を暴露する必要性」とは本来別の問題です。

(3) 今後の方針・弁護人としてのサポート

  1. 違法捜査の防止
    • 取調べ時には「前科をバラす」などの威嚇行為に対して、毅然と弁護人から警察に抗議する。必要があれば書面で「プライバシーを不当に侵害する行為はやめていただきたい」「捜査上やむを得ない場合を除き、前科の公表は厳に慎むべき」と通知する方法もある。
  2. 家宅捜索への対応
    • もし令状が出た場合でも、適正な範囲の執行か監視する。家族への事情聴取でも「前科を話さなければ捜査できない状況」なのかを精査する。不必要な情報漏えいがあれば後に国家賠償の可能性もある旨を示すことで牽制できる場合がある。
  3. 不用意に自白しないこと
    • 「妻にバレたくない」という恐怖を利用して、自白を誘われる可能性がある。実際にしていない盗撮なら、安易に認めるべきではない
    • 取調べで脅し・威圧があれば、その都度弁護士に連絡することを促す。必要に応じて、証拠保全や告発(監察への通報)を検討する。
  4. 最悪のシナリオを想定しつつ行動
    • 万一、警察が本当に妻に“前科”を漏らし、その結果離婚など実害が生じるなら、名古屋地裁判決のようにプライバシー侵害として国家賠償請求が認められる可能性がある。ただし、訴訟リスクや費用対効果も踏まえ、慎重に検討する。

4.結論

  • 名古屋地裁平成7年判決は、「警察が被疑者の前科情報を必要性なく第三者に漏らす」ことが違法なプライバシー侵害に当たり得ると判断した非常に重要な先例です。
  • したがって、本件相談者の場合も、捜査の必要性を著しく逸脱した形で警察が“妻に前科を話す”と威圧してくるなら、違法捜査として警告できる可能性が高いです。
  • 弁護人としては、「威迫を伴う不当取調べの排除」「捜査範囲の適正手続きの確保」「(もし漏えいされた場合に備えた)国家賠償請求の可能性検討」を軸に、相談者の権利擁護と被害最小化を図ることになります。
  • 具体的には、録音・録画などの「取調べ可視化」を要求し、捜査機関に対しプライバシー保護の観点を強く主張しつつ、不当な自白強要を阻止する方策を講じることが重要です。

 

警察官が聞き込みの際に被疑者の前科を明かしたことが違法とされた裁判例