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薬院法律事務所

企業法務

特定の部下だけにパワハラをする上司を止めたいという相談(労働相談)


2025年02月06日労働事件(企業法務)

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は福岡市に住む40代会社員です。中小企業で正社員の従業員は20名程度います。社長以外は同じ部屋にいて、パーティションで仕切られています。営業部と総務部に分かれており部長が2人となっていますが。私の所属する営業部の部長が、いつも特定の部下に暴言を吐いてきます。私自身は直接の対象にされたことはなく、普段はその上司はいつもにこやかにしており、取引先の方からも「優しい上司で良かったですね。」と言われたこともあります。その特定の部下はいつも怯えた感じで自分の言いたいことも言えないタイプのようなのですが、庇ったら私も上司からのいじめの対象にされそうで、どうにもできていませんでした。営業部の皆は、その上司の顔色を伺ってしまう感じになっていて、苦痛ですが、家族もいるので辞めることができません。会社からすると実績を上げる上司とされているようで(部下が成約できそうになると、必ず顔を出して自分の手柄にします)、誰も意見を述べられないようになっています。この状況を変えたいのですが、社長の前では営業部長は全く違う顔を見せるので、社長も味方になってくれません。どうすればこの状況を改善して、部長が暴言を吐くことを止めさせられるでしょうか。

 

A、難しい問題です。「逆らえない人間」を狙って堂々とパワハラをすることで、周囲を従わせるタイプの人間はいます。暴力そのものではなく「自分も暴力を振るわれるかもしれない」という恐怖で人を操るのです。これに対してより権力がある上司が介入すると止めることができるのですが、社長が「都合が良い」と庇ってしまうと、問題の解決は困難です。そして、実際にはご質問者様も被害者なのですが、その「被害」を法的に裁くことは難しいことが多いです。直接の被害を受けている人が弁護士に相談をして、弁護士からパワハラということで上司と職場に損害賠償請求を求めることが現実的な解決策でしょう。

 

【解説】

以下は、あくまで一般的な法的観点や実務的対応策を示すものであり、個別事案に対する最終的な結論を示すものではありません。実際に対応される際には、弁護士や専門機関へ相談されることをお勧めいたします。


1. まず「パワーハラスメント」に該当する可能性を把握する

日本の法律(労働施策総合推進法)では、使用者(会社)に対してパワーハラスメントを防止する措置を講じることが義務づけられています。パワーハラスメント(いわゆる「パワハラ」)とは、「職場の優越的な関係を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、就業環境を害すること」と定義されています。

  • 上司による“特定の部下への暴言”が、業務指導の範囲を明らかに逸脱している場合はパワハラに該当する可能性が高いです。
  • 直接当事者ではなくとも、上司の顔色をうかがわないといけないほどの萎縮効果が生まれている場合、職場環境が害されていると評価されることがあります。

このような行為を会社が把握しながら放置している場合、会社がパワハラ防止義務を果たしていない可能性があります。


2. 証拠や状況の記録を残す

まず大切なのは、暴言や不当な言動があった事実を客観的に示すための証拠です。具体的には以下を検討してください。

  1. 日付・場所・状況:暴言が行われた日時、場所、どういうやり取りだったかを日報やメモにまとめる。
  2. 証人の有無:近くに他の社員がいた場合、その方の証言が得られないか。
  3. 録音やメール、メッセージ記録:可能であれば、暴言の現場の録音や上司からのメールなど。違法・不当な手段での録音はトラブルを招く恐れもあるため、慎重に行う必要がありますが、勤務先での発言を記録すること自体は証拠保全の観点で有用となる場合があります。

自分がいじめの標的になったときだけでなく、他の従業員が受けている状況についても、把握できる範囲で記録を残すことが重要です。


3. 社内の相談窓口・総務部・人事担当への報告

会社としてはパワハラを防止する義務があり、通常は**「相談窓口」「通報窓口」**が設置されているはずです。中小企業の場合、総務部や人事部長、または社長が直接その役割を担っていることもあります。

  • 社長が該当上司を評価しているようですが、それが主観的なものか、問題行為を把握していないだけなのかで対応は異なります。
  • 一度、「○○部長のこういった暴言が続いており、部下は萎縮し業務に支障が出ている。社内環境改善のため何らかの措置を検討してほしい」と文書やメールで報告することを検討してください。
  • 口頭での報告だけでは、会社が「聞いていない」と言い逃れをする可能性もあるため、書面やメールなど形に残る形での報告が望ましいです。

この段階でのポイントは、個人の批判ではなく「会社の業務環境に悪影響がある」という観点で伝え、事実を淡々と述べることです。暴言によって社員のモチベーションが下がり、離職に繋がりかねない現状をきちんと説明しましょう。


4. 労働局など外部機関への相談

もし社内の相談窓口や社長への報告が十分な対応に繋がらない場合、外部機関の利用を検討することもできます。例えば、以下のような選択肢があります。

  1. 総合労働相談コーナー(各都道府県労働局)
    • パワハラを含む労働問題全般について、無料で相談ができます。必要に応じて紛争調整委員会のあっせんなどを利用することも可能です。
  2. 弁護士への相談
    • パワハラ被害を含む労働事件を扱う弁護士に相談し、証拠整理や会社との交渉をサポートしてもらう。
    • 状況次第では、会社に対して民事上の損害賠償請求(慰謝料)や労働審判・訴訟の検討もあり得ますが、そこまで進むかは会社の対応次第です。
  3. 労働組合やユニオンへの加入・相談
    • 会社に労働組合がある場合は、そこに相談する。
    • もし会社に労働組合がない場合でも、外部のユニオン(合同労組)に加入してサポートを受けられる場合があります。

5. 具体的な行動ステップ例

  1. 証拠収集
    • 「いつどんな暴言があったか」を時系列でメモする。可能であれば録音・メール保存。
  2. 社内窓口・総務部・人事部への相談(書面やメールで)
    • 個人感情ではなく「業務環境に支障が出ている」事実を中心に報告。
  3. (同僚がいれば)複数名での報告・共有
    • 一人で声を上げにくい場合、同じ悩みを持つ同僚と相談し、集団で現状を訴えると、より会社が動きやすくなる可能性があります。
  4. 外部機関への相談
    • 労働局の総合労働相談コーナー、弁護士、ユニオンなどを検討。
  5. 会社の対応次第で次の措置を考慮
    • 会社が適切な調査を行い、該当の部長へ注意・教育・配置転換などの措置がなされれば改善が期待できる。
    • それでも改善されず、精神的・身体的に不調がある場合は、休職や転職、法的手続きを含めて検討せざるを得ないケースもあります。

6. まとめ

  • パワハラの可能性がある以上、会社には改善する法的責任があります。特に中小企業であっても、2022年4月からパワハラ防止策が義務化されています。
  • まずは証拠を整え、会社に正式に改善を求めることが重要です。
  • それでも対応が得られない場合は、労働局の相談窓口弁護士など外部機関を活用し、職場環境の改善や被害を受けている従業員の権利救済を図る必要があります。

ご家族を支える立場ゆえ簡単には退職できないお気持ちはよく分かりますが、違法なハラスメントを黙認していると、結果的に自らや周囲の従業員の健康被害や会社の業績悪化にも繋がりかねません。会社の経営者もそのリスクを十分認識するはずです。適切な手順で、事実を整理し、会社への報告・相談を行い、必要に応じて専門家の力を借りることで、状況を改善していくことを検討してみてください。


(注意) 上記は一般的な対応策であり、実際には会社の就業規則や社内規定、証拠の有無、また社内の力関係など細かな事情により対応は変わります。具体的な方針を決める際には、個別に弁護士や専門機関に相談されることを推奨します。

 

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

 

サイコパスが、被害者の「被害の自覚」を抑圧する手法について(「傍観者」の作成)