「強いられた同意」詳論(chatGPT4.5作成)(犯罪被害者)
2025年03月05日労働事件(企業法務)
了解しました。「強いられた同意(coerced consent)」に関する最新の法的および心理学的分析について、日本、アメリカ、EUの法制度を対象に調査し、裁判例や学術論文を優先して調査します。
調査結果がまとまり次第、ご報告いたします。
強いられた同意(Coerced Consent)に関する法的・心理学的分析 ~日本・米国・EUの視点~
はじめに
「強いられた同意(coerced consent)」とは、表面的には同意の形式を取っていても、実際には脅迫や圧力、権力関係の濫用によって相手方に同意を強要した場合の「同意」を指します。法的には「強いられた同意」は真の自由意思に基づく同意ではないと見なされ、契約や承諾の有効性を否定する重要な概念です () (Title 17-A, §109: Consent – Maine Legislature)。心理学的には、被害者が圧力下で「同意」せざるを得なかった状況には、恐怖による萎縮反応や権力への服従といったメカニズムが働いており、深刻な心理的影響を及ぼします (006matsumoto.smd) ( The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review and Meta-Analysis – PMC )。本報告書では、日本、アメリカ、EUにおける「強いられた同意」の法制度上の定義と適用、公法・私法領域での解釈の違い、近年の裁判例(特に2020年以降)や国際的枠組みへの影響について分析します。また、この現象に関する心理学的メカニズムや専門家の見解、ハラスメント・権力構造による心理的影響についても最新の研究に基づき考察します。
1. 法的分析:強いられた同意の定義と適用範囲
1.1 日本における強いられた同意の法的扱い
定義と概念: 日本法では「強いられた同意」という用語自体は法律に明記されていませんが、同様の概念は各分野で認められています。民法上は強迫(脅迫)による意思表示は取り消すことができると定められており(民法96条1項)、脅しに屈してなされた合意は無効にできる扱いです (強迫による意思表示とは|不動産用語集 – 三井住友トラスト不動産)。つまり、契約などで相手に脅迫や圧力をかけて得た「同意」は法律上の効力を否定され得るということです。
刑法(性犯罪): 刑法分野では、近年「不同意性交等罪」という形で強いられた同意を重視する改正が行われました。2023年7月の刑法改正では、旧「強制性交等罪」が名称から「強制」の文言を外し、「不同意性交等罪」と改められています ()。これにより、暴行や脅迫はもちろん、精神的・心理的な支配や萎縮(いわゆる「フリーズ」)状態、地位や関係性による影響力によって被害者が抵抗や拒絶の意思を示せない場合も、「同意のない性交」として処罰対象になることが明確化されました ()。例えば、恐怖で固まって「ノー」と言えなかったり、職場で上司に逆らえずに従った性的行為は、被害者が自由意思に基づき同意したものではないと評価され、強制性交と同等に扱われます。実際、東京地裁平成23年7月28日判決(私立大学准教授による女子学生への性的関係強要事件)では、女性学生がその後も食事や旅行に応じたり感謝の言葉を書いたことについて、裁判所は「卒業後の就職などを考え、教員の機嫌を損ねたくない気持ちからくる行動であって真意ではない」と判断し、表面的な好意表示は報復への恐怖や相手の機嫌を害したくない心理によるものであり真の同意ではないとしてセクハラを認定しています (5100185)。このように、日本の裁判所も権力関係下で示された表面的な合意は真の合意ではないことに注意を促しています (5100185)。さらに2020年代に入り、性犯罪の立件で「明確な拒絶がなかった=同意があった」とする主張は認められにくくなっており、「被害者が自由意思に基づく同意をしていない状況」があれば暴行や脅迫の有無に関わらず処罰しうる方向へと法解釈が進んでいます () (変わるセクハラ民事裁判 「同意があるから大丈夫」が身を滅ぼす …)。
労働法: 労働分野では、パワーハラスメントなど職場における権力勾配による強要が問題となります。使用者が労働者にある行為への「同意」を事実上強制する場合、それは真の合意とは評価されず無効や違法となり得ます。典型例が「退職強要」です。表向きは自主退職の合意書にサインさせても、上司から「同意しなければ解雇する」などと執拗に退職勧奨されてやむなく応じた場合、実質的には解雇とみなされ、合意退職は無効と判断されます (違法になる退職勧奨とは?具体的な判断基準を判例付きで解説)。裁判例でも、退職の合意が**「強いられた合意」であれば有効性に疑問があると示唆されています ()。また労働契約法の下では、就業規則の不利益変更などで労働者の同意が問題になる場合、同意の有無は厳格に判断されます。例えば山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日)では、労働者が就業規則の不利益変更に明示に同意したかどうかが争われ、真に自由な意思に基づく合意があったかが審査されています(※判決では労働者の個別同意の効力が否定され、従前労働条件が維持されました) (最新裁判例等の解説(労働トラブルQ&A・判例集) – 広島県労働委員会 | 広島県)。さらに、2019年改正の労働施策総合推進法でパワハラ防止措置**が企業に義務付けられ(2020年施行)、優越的地位を背景に業務と無関係な行為を強要することは明確に違法なハラスメントとされました。セクシュアルハラスメントでも、「上司からの性的関係の要求に部下が応じた」ケースは、たとえ部下が表面的に同意した形でも、それが職場の地位差による圧力下であればセクハラ・人権侵害と判断されます (5100185)。実際、大学教授と学生の性的関係事件では、立場上逆らえない相手に従っただけで「合意」は真実ではないとの判断が示されています (5100185)。
民法(契約法): 前述のように、日本の民法は詐欺や強迫による契約を取り消し可能としています。したがって契約の文脈では、相手に脅し(身体的・経済的圧力など)をかけて結ばせた契約は**「意思表示の瑕疵(強迫)」として無効化できます (強迫による意思表示とは|不動産用語集 – 三井住友トラスト不動産)。例えば、借金の保証契約を暴力団が脅して締結させた場合や、雇用面接時に「契約しないと内定を取り消す」と脅して不利な契約条項に同意させた場合など、いずれも真の合意がなかったものとして契約の効力が否定され得ます。近年は消費者契約法でも、消費者が事業者から不当な困惑(著しく困らせられる勧誘)を受けて契約した場合の取り消し権が規定されており、情報格差や交渉力格差による事実上の強制にも対応しています(消費者契約法4条) ([PDF] 消費者契約法と労働契約法)。このように日本法全体で、「表面的な同意」があってもそれが自由な意思に基づかない(脅されていた、追い詰められていた等)場合には、法的には同意がなかったものとして扱われる**傾向があります (5100185)。
近年の動向: 2020年以降、日本では性犯罪に関する世論の高まりを受けて刑法が改正され(前述の不同意性交罪化)、また職場ハラスメント防止の動きや労働契約上の権利保護が強化されています。とりわけ性加害事件では「抵抗しなかった=同意したのではないか」という誤解を払拭する判決や発信が増えており (変わるセクハラ民事裁判 「同意があるから大丈夫」が身を滅ぼす …)、警察・司法当局も「拒絶の意思を示せなかった事情」に着目した対応を取っています ()。これは後述の国際的な潮流(欧米諸国のレイプ定義の見直し等)とも軌を一にするもので、日本も「同意の有無」を性的自由の中心に据えた法整備へと動いています (性犯罪に関する法律の規定が変わりました! – 法務省)。
1.2 アメリカにおける強いられた同意の法的扱い
定義と概念: アメリカ法でも「同意」は多くの文脈で重要な概念であり、それが自由意思に基づかない場合は無効とされます。「強いられた同意 (coerced consent)」という表現は判例や立法で用いられることがあり、その定義は「詐欺、強要(デュレス)、虚偽表示、不当な影響力などによって得られた名目上の同意」などとされています (www.govinfo.gov)。例えば2022年に米連邦議会で提案された法案では、“「強いられた同意」とは、(A) 詐欺・強要・虚偽・不当な影響力・重要事実の不告知によって、(B) 判断能力を欠く者から、または (C) 相手の移民状況・妊娠・障害・依存症・未成年・経済状況を利用して得られた名目上の同意をいう”と明確に定義されています (www.govinfo.gov) (www.govinfo.gov)。このような定義からも、アメリカ法は同意が当人の自由意思によるものでなければ同意と認めない立場を取っていることが分かります(法格言的には「coerced consent is no consent at all(強要された同意はもはや同意ではない)」と表現されます ([PDF] Consent and Coercion))。
刑法(性的同意と犯罪): アメリカの刑事法では州法によって多少表現は異なりますが、一般に暴力・脅迫・威圧による性的行為への「合意」は無効であり、そのような状況下の性交は強姦等の犯罪となります (What Does Sexual Coercion Look Like? – Healthline) (New Jersey Revised Statutes Section 2C:2-10 (2024) – Consent)。多くの州法で「同意」の定義に自由意思が含まれており、例えばニュージャージー州刑法では「被害者の同意が強制(デュレス)や欺罔によって誘発された場合、それは同意とは見なされない」と規定されています ([PDF] Consent: Preclude Harm (2C:2-10) – NJ Courts)。実務上も、「同意は強要されていない自発的なものでなければならない」という考えが広く共有され、大学キャンパスのポリシーや一般的な性的同意教育でも「脅されて言わされたイエスはノーと同じ」と強調されます (What Does Sexual Coercion Look Like? – Healthline)。近年では性的暴行の文脈で、肉体的暴力はないものの精神的圧力で相手に性的関係を受け入れさせる**「性的強要 (sexual coercion)」の問題が注目されており、それも非合意の性的行為として扱われます。研究によれば、大学女性の約11.7%が言葉や地位を悪用した圧力(「嫌なら奨学金を打ち切るぞ」など)によって望まない性行為に応じた経験があるとの報告もあり ( Exploring Definitions and Prevalence of Verbal Sexual Coercion and Its Relationship to Consent to Unwanted Sex: Implications for Affirmative Consent Standards on College Campuses – PMC )、こうしたケースでは法的には強姦(レイプ)に該当しうると解釈されています。実際、米軍内や一部州では「権力関係下での性的同意」の問題が重視され、上官が部下に性行為を要求し部下が応じた場合でも、それが職務上の権限濫用によるものなら強姦罪等に問われ得るとされています。また、他の刑事分野では警察による捜索や取り調べの同意**にも同様の原則が及びます。すなわち、被疑者等が警官の威圧に負けて住居捜索に「同意」しても、それが脅しに基づくもので自発的でなければ憲法修正第4条の下で違法とされ、証拠排除の対象になります(合衆国最高裁も、同意検索は任意であることが必要と判示 ([PDF] Consent: Preclude Harm (2C:2-10) – NJ Courts))。このように米刑事法全般で、同意は任意性(voluntariness)が要件となっており、強いられた同意は法的に無効または無意味とみなされます。
労働法・民事法: アメリカでは「契約の自由」が原則として強調されますが、契約法でもデュレス(duress, 強要)による契約は無効または取消可能とされます。これは日本と同様で、雇用契約や商取引契約でも脅迫下の同意は効力を持ちません。また近年、労働法領域では雇用者が労働者に不利益な条件を強制する形で「同意」を取ることへの批判が高まっています。特に注目されたのが職場での強制的仲裁合意(forced arbitration agreements)で、従業員が入社時にセクハラ被害等について裁判ではなく社内の仲裁に委ねる契約にサインさせられる問題です。これは事実上「訴える権利の放棄に同意させられている」として社会問題化し、2022年3月には「性的暴行・性的ハラスメントに関する強制仲裁の終焉法 (Ending Forced Arbitration of Sexual Assault and Sexual Harassment Act)」が成立しました (Ending Forced Arbitration of Sexual Assault and Sexual Harassment …) (Choice-of-Law Provisions Cannot Circumvent Ending Forced …)。この法律により、被害者が事前に署名させられた仲裁条項であっても、性的ハラスメントや暴行の訴えについては法廷で争う権利を奪えない(仲裁条項は無効)と定められました (Ending Forced Arbitration of Sexual Assault and Sexual Harassment …)。これは「雇用関係における実質的に強いられた同意」の典型を是正する立法例といえます。さらにセクハラ(職場での性的嫌がらせ)については、1980年代以降の判例で**「仕事上の利益と引き換えに性的関係を強いる行為(quid pro quo sexual harassment)」**が確立されており、たとえ部下が一時的に要求に応じた場合でも、それは雇用上の圧力下で強要されたものとして雇用主の法的責任が問われます (違法になる退職勧奨とは?具体的な判断基準を判例付きで解説)。例えば上司が「昇進したければ関係を持て」と迫り、部下がそれに従ったケースでは、後に部下が訴えれば「同意は無効」であり上司および企業に賠償責任が生じます(実際に多くの企業がこの種のセクハラ訴訟で敗訴しています)。このように米国の労働・民事領域でも、パワーバランスの不均衡な状況で取られた同意は慎重に見極められ、真の自由意思に基づかない場合は法的拘束力を認めない姿勢が明確です (Understanding Duress & Consent Defenses in NJ | Villani & DeLuca)。
近年の裁判例: アメリカの裁判例で2020年以降に注目されたものとしては、職場の性加害事件に関連し上記の強制仲裁条項の効力が争点となったケースが挙げられます。#MeToo運動の影響で多くの州や企業がこの問題を見直し、連邦法成立前から仲裁条項を無効とする州法(例:カリフォルニア州法)も登場し、裁判所も被害者側に有利な解釈を示す傾向が強まりました (California Court Exempts Entire ‘Case’ from Mandatory Arbitration …)。また刑事分野では、各州で性的同意年齢や同意の定義を見直す立法が進んでいます。2021年にはニューヨーク州が「No Means No」から一歩進んだ**「Yes Means Yes」**(明示的同意がなければ性交渉は違法)政策を検討し話題となりました。他方で、アメリカは連邦レベルでの性暴力防止条約等への加盟がないため(後述のイスタンブル条約など未加入)、各州の動きにばらつきがあります。しかし全体として、「同意は自発的かつ撤回可能なものであり、脅しや圧力下の合意は無効」との原則は揺らぐことなく、むしろ様々な分野で具体化が進んでいます (The Crucial Role of Consent in Sex Crime Cases – Kraut Law Group)。
1.3 EU(ヨーロッパ)における強いられた同意の法的扱い
定義と概念: 欧州連合(EU)および欧州各国でも、「同意」は人権・契約双方で重要視されます。EU域内では法域横断的な指令等によって一定の共通基準が設けられており、例えば**EU一般データ保護規則(GDPR)**では、個人データ処理の同意は「自由に与えられたもの」でなければ無効と明記されています ()。GDPRのガイドラインでは「データ主体が真の選択を持たず、同意を強制されたと感じる場合や、同意しなければ不利益を被ると感じる場合、その同意は有効ではない」とされています ()。この考え方はプライバシー分野ですが、広く「真の選択・自由意思」が同意の本質であることを示す例です。
刑法(性暴力・ハラスメント): ヨーロッパでは近年、性的同意をめぐる法改正が各国で相次ぎました。特に欧州評議会のイスタンブル条約(女性に対する暴力防止条約)は加盟国に「性交に対する同意は、本人の自由な意思に基づき、自発的に与えられたものでなければならない」ことを求めています (Council of Europe Convention on preventing and combating violence against women and domestic violence)。この条約(2011年)や2003年の欧州人権裁判所判決M.C.対ブルガリア事件を契機に、多くの欧州諸国で強姦の定義を「同意の欠如」に基づくものへ改める動きが生まれました (Denmark: Historic victory for women as law changes to recognise that sex without consent is rape – Amnesty International)。例えば、イギリスは2003年刑法で**「同意とは、当人が自由かつ能力を有した上で選択し同意すること」と定義し (What is consent?)、相手が脅されたり酩酊・心神喪失状態なら同意は成立しないとしています。ドイツも2016年に「No means No」法へ改正し、抵抗の有無にかかわらず意思に反する性交を処罰可能にしました。北欧でもスウェーデン(2018年)、デンマーク(2020年)などが「明示的な同意なき性交=レイプ」との法改正を行っています (Denmark: Historic victory for women as law changes to recognise that sex without consent is rape – Amnesty International)。特にデンマークは欧州で12番目に同意中心主義を採用した国となり、「沈黙や消極的な態度は同意を意味しない」という立法趣旨が示されています (Denmark: Historic victory for women as law changes to recognise that sex without consent is rape – Amnesty International)。スペインでも2016年の「ラ・マナダ事件」(被害者が恐怖で抵抗できなかったため集団強姦が軽い罪に問われた事件)への社会的怒りから、2022年に「Only Yes Means Yes法」が成立し、明確な同意のない性行為はすべて強姦として扱われることになりました (Spain adopts ‘Only Yes Means Yes’ sexual consent law – FairPlanet)。このように欧州各国は2020年前後から一斉に刑法をアップデートし、物理的抵抗の有無ではなく被害者の自由な同意の有無に焦点を当てるようになっています (Denmark: Historic victory for women as law changes to recognise that sex without consent is rape – Amnesty International)。EU全体としても、欧州委員会が2022年に「女性に対する暴力防止指令案」を提出し、加盟国に同意中心のレイプ定義採用を促しています。加えて、EUの平等指令(2006/54/ECなど)ではセクシュアルハラスメント**を「性的性質のあらゆる不本意な言動で、人格の尊厳を侵害し威圧的・敵対的環境を生むもの」と定義しています (Directive 2006/54/EC of the European Parliament and of the C…)。ここでの「不本意な (unwanted)」とは、被害者が望んでいない、すなわち同意していない行為を意味します。従って職場等で上司が部下に性的言動を強要し、部下が断れず耐えている場合、それは明確にEU法上のセクハラ違法行為となります (Directive 2006/54/EC of the European Parliament and of the C…)。EU加盟各国はこの定義に沿って国内法でセクハラ禁止規定を設けており(例えばドイツ一般均等法、フランス労働法典など)、権力関係に基づき同意なく行われる性的言動は違法です。
労働・契約法: 欧州の民事法制も各国で共通する部分が多く、契約法では「脅迫(ドイツ法のDrohung、フランス法のviolence moraleなど)による意思表示は取り消しうる」とされています。フランス民法典は「恐怖によって与えられた同意は無効」と明示し、ドイツ民法典も「違法な脅迫による意思表示は意思表示取消の原因となる」と定めます。EU指令そのものに契約の強迫について統一規定はありませんが、例えば消費者権利指令では事業者が圧力販売で得た同意に対抗できるようクーリングオフを保障するなど、消費者の自由意思を守る仕組みが導入されています。また労働法ではILO条約など国際基準を反映し、強制労働の禁止が基本原則です。EU基本権憲章5条も「強制労働の禁止」を定めており、「脅しや罰則の強制の下で働かされること」は違法です。ILOの定義によれば強制労働とは「いかなる人物に対しても、本人が自発的に申し出たのではなく、何らかの罰の脅威の下で強要されたすべての労働またはサービス」とされています (Principle 4 | UN Global Compact)。この定義は国家のみならず私的関係にも適用され、例えば移民労働者がパスポートを取り上げられ「嫌なら国に帰れ」と脅されて劣悪な条件で働かされている場合、その同意は無効であり強制労働として刑事罰・制裁の対象になります。EU加盟国はILO強制労働条約を批准しており、この基準に従って各国法(刑法や労基法等)で脅迫による労働の強要を処罰しています。さらに、EUの近時の指令**(EU)2023/970では職場のあらゆる暴力・ハラスメントの防止を加盟国に義務付け、パワハラ等で労働者に不本意な行為を強いることの禁止が強調されています。総じて欧州では、労働契約やその他の合意が強いられた場合は人権侵害・契約無効として法的救済が図られる**体制が整備されつつあります。
国際法・EU指令の影響: 欧州の状況は日本や米国にも影響を与えています。特にイスタンブル条約の「同意は自由意思によるもの」という規定 (Council of Europe Convention on preventing and combating violence against women and domestic violence)は、国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)などを通じて日本にも強く勧告されており、2023年の日本刑法改正審議でも欧州の同意中心主義が参照されました (性犯罪に関する法律の規定が変わりました! – 法務省)。ILOも2019年に第190号条約「仕事の世界における暴力とハラスメント」を採択し、加盟各国(EU諸国含む)に職場ハラスメント規制を求めています ([PDF] International Labour Organization – UNA-NCA)。この条約は「尊厳と人権尊重に基づく職場」確保を目的としており、権力関係から生じるハラスメント(性的強要など)を包括的に禁止する内容です (ILO’s Convention 190: Combating Violence and Harassment in the …)。OECDも多国籍企業向けガイドラインで人権デューデリジェンスの一環として「従業員や消費者との合意形成は脅迫や圧力なく行うべき」と勧告しており、企業行動原則として強いられた同意の排除が謳われます。こうした国際規範は各国の立法・企業行動に影響を与え、グローバルに「同意は自由な意思によるものでなければならない」という共通認識を強めています。
以上より、日本・米国・EUいずれの法制度においても、「強いられた同意」は法的には真の同意と認められず、無効・違法と扱われることが確認できます。ただし、その具体的な規定の仕方や立証の枠組みは各法域で異なり、日本は近年ようやく性的同意に関する要件を国際水準に近づけた段階、米国は州ごとにバラツキがあるものの慣習法や新法によって対処、EUは条約・指令を通じた統一基準の提示と各国法改正というアプローチの違いがあります。次節では、この「強いられた同意」に関する心理学的側面を考察し、被害者の内面的影響や意思決定メカニズムの観点から法制度を補完します。
2. 心理学的分析:強いられた同意のメカニズムと影響
2.1 強いられた同意の心理的メカニズム
「強いられた同意」が生じる背景には、人間の心理的な反応や社会的影響力の行使が密接に関係しています。まず、脅威や圧力に直面した際の心理的反応として知られるのが「闘争・逃走・凍りつき(fight, flight, freeze)」という生得的反応です。特に「freeze(フリーズ)」反応は、強い恐怖やストレス下で身体が硬直し、抵抗したり逃げたりできなくなる現象です。性暴力被害に遭った多くの人がこのフリーズを経験し、「No」と言えない・動けないまま服従してしまうことがあります ()。従来はこのような被害者の無抵抗状態が誤って「合意」と見なされることもありましたが、心理学・精神医学の知見によれば極度の恐怖下では抵抗しない(できない)のは正常な防衛反応であり、それをもって同意があったと判断するのは誤りだと明らかになっています (006matsumoto.smd)。近年の研究は、性的トラウマ状況で生じる**「トニック・イモビリティ(強直性不動)」**と呼ばれる身体反応にも注目しています。これは捕食者に襲われた動物が死んだふりをするのに似た反応で、人間でも性暴力時に身体が動かなくなるケースが報告されています。このような生理的反応は被害者の意思とは無関係に起こるため、後から「あのとき抵抗しなかったのは自分が悪かったのでは」と自己非難を招きPTSDの一因ともなります (006matsumoto.smd)。しかし専門家は「反応できなかったのはあなたのせいではない」と繰り返し強調しており、法心理学的観点でも裁判官や捜査官への教育が進んでいます (006matsumoto.smd)。
次に、権力勾配(パワーバランス)による影響があります。組織や家庭内で上下関係がある場合、劣位にある人は上位者に逆らいにくい心理があります。これは社会心理学で**「服従(オベディエンス)」や「同調圧力」として古くから研究され、著名なミルグラム実験でも人は権威者からの命令に驚くほど従ってしまう傾向が示されました。たとえ本人が不本意でも、相手が上司・教師・親などの場合、「No」と言うことによる報復や評価低下を恐れて同意してしまうことがあります (5100185)。この心理を悪用するのがパワーハラスメントや虐待であり、加害者は明示の脅迫をしなくても「断ったらどうなるか分かっているよね?」といった暗黙の威圧で相手をコントロールします。心理学ではこれを「不当な影響(undue influence)」と呼び、カルト集団の洗脳から高齢者虐待まで幅広く問題視されます。被支配者は長期的には「学習性無力感」に陥り、自分の意思で抵抗する力を失っていきます。この状態では、支配者の要求に流されて「同意」してしまうことが常態化し、本人もそれが自分の本心なのか支配の結果なのか区別がつかなくなることがあります (Coercive Control — how to spot it and how to stop it – Medium)。例えば、DV(家庭内暴力)の被害者が加害者に経済的・社会的に依存するうちに、暴力行為に従うことが当たり前になってしまう現象(「共依存」「心理的拘束」)が挙げられます。このようなコントロール下の同意は一見自発的に見えても、その背後には恐怖・依存・服従**といった心理的縛りが存在しています。
さらに、「強いられた同意」を理解する上で重要な概念に**「コーシブ・コントロール(coercive control)」があります。これは主に親密な関係における継続的な心理的虐待を指し、暴力というよりは相手の自主性を奪う一連の統制行為です (Consent & Coercive Control)。コーシブ・コントロール下では、被害者は常に相手の機嫌や許可を伺い、自分の判断より加害者の意向を優先するよう条件付けられます (Coercive Control — how to spot it and how to stop it – Medium)。結果として、命じられなくても相手の望む行動を「自発的に」取るようになり、「支配者が望むなら自分もそれに同意したことにしよう」**と自己を納得させてしまうケースもあります。法心理学者の松本克美氏は、職場のセクハラ被害者について「支配従属関係によって正常な恋愛感覚が麻痺し、言われるがまま関係を持つような状況では、それは刑法上の強姦に隣接する」と指摘しています (006matsumoto.smd)。つまり、権力支配下では被害者の「同意」そのものが歪められてしまうということです。このメカニズムはカルトや誘拐事件の被害者が犯人に心酔してしまう「ストックホルム症候群」とも通じる部分がありますが、日常的な職場や家庭でも起こり得るものです。
最後に、「強いられた同意」に関連する性的同調圧力も挙げます。これは特に女性に対して、「相手の男性を立てるために嫌でも性的要求に応じるべきだ」といった社会的メッセージが影響するものです。幼少期からのジェンダー規範によって「NOと言えない女性像」が刷り込まれると、実際に望まない誘いを受けても断れず笑ってやり過ごす、といった行動が増えます。このような社会的・文化的圧力も一種の強制力となって形式上の同意を生み出す要因です。近年の#MeToo運動は、この「言えなかったNO」に光を当て、沈黙や受容は同意ではないことを訴えました (For whomever needs to hear this, COERCION IS NOT CONSENT.)。心理学者らは被害者支援の中で「あなたは悪くない」「嫌と言えない雰囲気を作った相手が悪い」と再定義することで、被害者の罪悪感を軽減し自己肯定感を回復させる支援を行っています。
2.2 強いられた同意の被害者への心理的影響
強いられた同意の状況を経験すると、被害者には様々な心理的影響・後遺症が生じます。まず典型的なのが**PTSD(心的外傷後ストレス障害)や鬱(うつ)症状です。コーシブ・コントロールの被害者に関する2023年のメタ分析では、そうした支配的虐待を経験した人はPTSDやうつ病を発症するリスクが有意に高い(相関係数約0.3の中程度関連)ことが報告されています ( The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review and Meta-Analysis – PMC )。繰り返し自分の意思を無視され、嫌なことを強いられる経験は心理的外傷となり、フラッシュバックや不眠、抑うつ気分など深刻な症状を引き起こします ( The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review and Meta-Analysis – PMC )。性被害の場合、PTSDに加えて性に対する恐怖や嫌悪(性恐怖症)**や、自己評価の低下(「自分は道具のように扱われる存在だ」という無価値観)が生じやすいとされます。また、自分が「同意してしまった」事実に対する強い自己非難や恥辱感も特徴的です。例えば上司に関係を強いられ応じてしまった被害者は、「あのとき断れなかった自分が悪いのでは」と自責しがちです。しかし前述の通り、それは状況的に仕方なかった反応であり被害者の責任ではありません (5100185)。専門家の見解では、被害者が自責感を持つこと自体が加害者から刷り込まれた観念の延長であり、心理的ケアではその点を丁寧に解きほぐすことが必要とされます (006matsumoto.smd)。
さらに、**複雑性PTSD(complex PTSD)のリスクもあります。長期間にわたって支配・強制を受けていた場合、被害者はアイデンティティ喪失や慢性的な抑うつ、対人過敏といった複雑な症状を呈することがあります ( The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review and Meta-Analysis – PMC )。例えばDV被害で長年配偶者に逆らえなかった人は、逃れた後も他人との関係で過度に迎合してしまったり、逆に些細な要求にも過剰に怯えてしまったりします。また、被害者の中には「学習された服従」**が残り、別の場面でも自分の意思を表明できなくなるケースもあります。これは「自分の意見やNOはどうせ聞き入れてもらえない」という絶望感から生まれる行動パターンで、就労や社会生活にも支障をきたします。
一方、ハラスメント被害の法心理学研究では、被害者が事後に認知的不協和を減らすための思考をすることも指摘されています。具体的には、権力者に従った自分を正当化するため「あれは同意していなかったわけではない、自分が好きでやったことだ」と思い込もうとする心理です (006matsumoto.smd)。前述の大学教授と学生の例でも、学生が当時「これは合意の恋愛だ」と自分に言い聞かせていた可能性が指摘されています (006matsumoto.smd)。しかし時間が経ち支配から離れると、本当は嫌だったのに自分を騙していたと気付き、強い自己嫌悪や怒りが噴出することがあります。このように被害者の心理は時間経過とともに揺れ動ぶことがあり、法的にも被害申告の遅れや一貫性の欠如として現れる場合があります (What is consent?) (What is consent?)。しかしこれは決して信用性が低いということではなく、トラウマ被害の自然な経過として理解する必要があります。
また、被害者が対人不信に陥ることも多いです。強いられた同意の経験は「人は信用できない」「誰かに弱みを握られると付け込まれる」という学習となり、新たな人間関係を築く妨げになります。特に上司・教師・親など本来は守ってくれるはずの存在からの強要は、基本的信頼感を傷つけます。その結果、引きこもりや人間関係の回避、あるいは逆に相手をコントロールしようとする過剰防衛的な対人態度につながることもあります。
2.3 専門家の見解と支援策
強いられた同意に関する心理学的理解は近年深まりつつあり、これを踏まえた被害者支援や予防策も提唱されています。専門家の見解をまとめると、以下のポイントが重要です。
- 「ノーと言えなかった」=「イエスと言った」ではない: 臨床心理士や被害者支援団体は、「同意が強要されていた場合、それは本当の同意ではない」ことを繰り返し周知しています (What Does Sexual Coercion Look Like? – Healthline)。被害者自身にもそのことを理解してもらうことで、自責感や恥の意識を和らげ、被害回復を促進します。例えば性暴力支援センターでは「あなたの意思に反してされてしまったことは全て暴力です」と確認し、被害者が「自分にも責任があるのでは」と考えがちな思考を修正します。
- 権力構造への気付き: 被害者が置かれた権力関係を客観視できるよう支援者が促します。「相手はあなたの上司で、あなたは経済的にそれに依存していた。だから抵抗できなかったのは当然だ」という具合に、状況を整理して伝えます。これにより被害者は、自らの反応が環境要因による必然だったと理解し、自己評価の回復につながります (5100185)。
- 心理教育: 強いられた同意の被害者には、自身の身に何が起きたのかを心理学モデルで説明する試みも有効です。例えば「フリーズ反応」や「学習性無力感」といった専門概念を噛み砕いて説明し、「あなたの反応は異常ではなく、誰にでも起こり得ること」と伝えます (006matsumoto.smd)。これにより被害の特殊性を相対化でき、孤立感が薄れます。
- 安全な環境での意思決定練習: 特に長期に支配を受けてきた被害者には、自分で決める練習が必要です。セラピーでは些細なこと(飲み物の選択など)から本人の意思を尊重し、「何がしたいですか?」と問いかけ続けます。それに慣れることで徐々に自己主張する力を取り戻していきます。
- トラウマ焦点療法: PTSD症状がある場合、EMDR(眼球運動による脱感作療法)や持続エクスポージャー療法などトラウマ治療が行われます。コーシブ・コントロールの被害は複雑性PTSDに発展することもあるため、専門的なカウンセリングが不可欠です ( The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review and Meta-Analysis – PMC )。特に、自己否定的な認知(「私は弱い」「支配されるしかない」など)を書き換える認知処理療法が有効とされています。
- 周囲の支援と社会復帰: 被害者が職場や家庭で再び自律性を持てるよう、周囲の理解と配慮も重要です。労働現場では、被害を訴え出た人が報復を受けないよう保護したり配置転換したりする措置がとられます。家族や友人にも、「本当によく頑張ってきたね。あなたは悪くないよ」といった声掛けが推奨されます。これらによって、被害者の安心感・自己効力感を徐々に取り戻していきます。
3. おわりに:比較法的視点から見た強いられた同意
日本、米国、EUそれぞれの法制度と最近の動向を見てきましたが、共通するのは**「同意は自由意志に基づくべきもの」という原則が時代とともに強化されている点です。かつては明確な暴力・脅迫がない限り外形上の同意は有効とされがちでしたが、近年は権力の不均衡や心理的強制も考慮して実質的な同意の有無を判断する方向へシフトしています。特に性暴力に関しては、欧州を中心に「Noと明示していなくても心からYesでなければ同意ではない」という「積極的同意(Affirmative Consent)」**の理念が広まり、日本もそれに追随しつつあります (Denmark: Historic victory for women as law changes to recognise that sex without consent is rape – Amnesty International) ()。また職場のハラスメント対策でも、「嫌がっていないように見えた」という加害者の言い訳は通用しなくなりつつあり、被害者の置かれた状況(上下関係や経済的依存など)から本当に自由な意思決定が可能だったか検討することが求められています (5100185)。この変化には国際人権規範やILO条約の影響が大きく、グローバル化した企業行動や各国の司法判断に共通基盤を与えています。
心理学的分析からは、「強いられた同意」を生み出すメカニズムとして恐怖による萎縮反応、権威への服従、継続的な支配による自己喪失といった現象が浮き彫りになりました。一見合意しているようでも、その背景にこうした心理的拘束があれば、それは実質的な強制と変わりありません。法制度がこれを適切に評価するには、司法関係者が心理学知識を持つことも重要でしょう。実際、日本の裁判官研修でも性被害者の心理に関する教育が行われ始めており、欧米でも警察・検察が専門トレーニングを受ける例が増えています (What is consent?) (What is consent?)。法と心理の連携によって、被害者に寄り添った判断が下されることが期待されます。
最後に、「強いられた同意」を防止し被害者を救済するためには、社会全体の意識改革も必要です。権力関係を利用した強要は明確な人権侵害であり、被害者が安心して「NO」を表明できる環境づくりが求められます。そのためには組織内の通報制度整備、第三者相談機関の充実、そして何より**「どんな状況でもNoと言う権利が誰にでもある」**という認識の普及が不可欠です。欧米での#MeTooやTime’s Upの運動、日本での「同意なし性交は犯罪」といった啓発キャンペーンは、その一端を担っています。法的枠組みの整備と心理的支援の双方から、「強いられた同意」への対処は今後も深化していくでしょう。本分析が、そのための比較法的理解と心理的洞察を深める一助となれば幸いです。
参考文献・資料(判例・論文・レポート)
- 東京地裁平成23年7月28日判決(私立大学准教授セクハラ懲戒事件)判決文 (5100185) (5100185)
- 松本克美『セクシュアル・ハラスメント被害の法心理』立命館法学 (2021) (006matsumoto.smd) (006matsumoto.smd)
- 厚生労働省「リストラをめぐる法的諸問題」水谷英夫弁護士レジュメ (2013) ()
- 警察庁「性犯罪の規定が2023年7月13日から変わります」広報資料 () ()
- 民法96条(詐欺又は強迫による意思表示の取消) (強迫による意思表示とは|不動産用語集 – 三井住友トラスト不動産)
- U.S. Congress, S.3718 (2022) “Stopping Abuse and Fraud in Electronic Pornography Act” (proposed) §3 (Coerced consent 定義) (www.govinfo.gov) (www.govinfo.gov)
- New Jersey Criminal Code 2C:2-10 (“Consent” – 同意が強要・欺罔により誘発された場合は無効) ([PDF] Consent: Preclude Harm (2C:2-10) – NJ Courts)
- EU指令 2006/54/EC (雇用平等指令) 第2条(1)(d) 定義 (性的ハラスメント=不本意な性的言動) (Directive 2006/54/EC of the European Parliament and of the C…)
- Council of Europe イスタンブル条約 第36条2項(性的同意は自由意思に基づき与えられるべき) (Council of Europe Convention on preventing and combating violence against women and domestic violence)
- Amnesty International Press Release “Denmark: Sex without consent is rape” (2020) (Denmark: Historic victory for women as law changes to recognise that sex without consent is rape – Amnesty International) (Denmark: Historic victory for women as law changes to recognise that sex without consent is rape – Amnesty International)
- 米国心理学会 (APA) 平成 Susanne Lohmann et al. (2024) “The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review” ( The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review and Meta-Analysis – PMC )
- Jeanette Norris et al. (2018) “Verbal Sexual Coercion and Unwanted Sexual Experiences in College Women” ( Exploring Definitions and Prevalence of Verbal Sexual Coercion and Its Relationship to Consent to Unwanted Sex: Implications for Affirmative Consent Standards on College Campuses – PMC )
- その他:ILO条約第29号(強制労働の定義) (Principle 4 | UN Global Compact)、GDPR同意に関するガイドライン ()、厚労省パワハラ防止指針、Ending Forced Arbitration Act (2022) (Ending Forced Arbitration of Sexual Assault and Sexual Harassment …)等.
内田貴教授が2007年に発刊した『民法の争点』における「強いられた同意」の概念について詳しく調査します。
具体的には、
- 内田教授が「強いられた同意」をどのように定義・説明しているか
- どの法的文脈(契約法、労働法、刑法など)で使用しているか
- 他の学者や判例との関係性や影響
これらの点を分析し、本報告書に追加します。調査が完了次第、詳細をご報告します。
「強いられた同意」の概念とその法的・実務的展開
1. 「強いられた同意」とは(概念の定義)
「強いられた同意」とは、一見すると当事者の「同意」が存在するように見えるものの、実際には本人の自由な意思に基づく真の同意とはいえない状態を指す概念です (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所) (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。たとえば相手との力関係(権力関係)が背景にあり、本当は拒絶したかったのに心理的圧力や恐怖から拒絶できずに表面的な合意を示してしまった場合が典型です。このような場合、表面的には「同意した」形になっていても、拒否する自由が保障されていない状況下でなされたため真の同意ではないと評価されます (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。内田貴教授は2007年の著書『民法の争点』でこの概念を取り上げ、「同意のように解される事実はあるが実は真の同意とはいえない事例」を「強いられた同意」と呼んでいます (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。
ポイントとして、「強いられた同意」は単純に**「同意がない」状態(不同意)とは異なります。完全に同意が欠如している場合であれば、相手方もそれを認識しやすく、法律上も比較的明確に扱えます (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。一方、「強いられた同意」では一応の同意の形式があるために事実認定や法律評価が難しくなる**のが特徴です (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。被害者・当事者の内心では不同意であっても表面的な合意の事実が存在するため、その同意の「有効性」や「真実性」を吟味する必要があります。
2. 法的文脈と適用範囲
2.1 民法・契約法における位置づけ(瑕疵ある意思表示)
契約法上、意思表示が他者からの不正な働きかけによってなされた場合、それを「瑕疵ある意思表示」として扱います。日本の民法第96条は、詐欺または強迫による意思表示は取り消すことができると定めており、典型的な「強いられた同意」の場面といえます (民法96条の詐欺・強迫とは?わかりやすく解説【司法試験・予備試験)。ここでいう「強迫」とは、当事者が畏怖するような違法な害悪の告知(脅し)によって合意せざるを得ない状況に追い込まれることです。強迫によって契約させられた場合、表面的には契約の同意があっても被脅迫者は後から契約を取り消すことができます(取消権) (民法96条の詐欺・強迫とは?わかりやすく解説【司法試験・予備試験)。さらに、判例上は強迫の程度が人格を抑圧し自由意思を完全に奪うほど強い場合、もはや有効な意思表示とはいえず契約は当然無効になると解されています (纪海龙:走下神坛的“意思”——论意思表示与风险归责 – 天同律师事务所)。これは「強いられた同意」の極端なケース(例えば銃を突きつけられて契約書に署名させられたような場合)であり、法律上初めから効力が認められません。
詐欺(だますこと)による合意も自由な意思決定が歪められた点で類似していますが、「強いられた同意」は特に相手の威圧や権力性によって同意を事実上強制される場面を指します。このようなケースでは、契約の形式は整っていても実質的には同意の欠缺として扱われ、当該契約は取り消し得るものとなります。例えば消費者契約法では、事業者が契約締結の勧誘に際し消費者を困惑させるような行為(執拗な勧誘や威圧的交渉)をした場合、消費者は契約を取り消すことができます。これは、消費者が心理的圧力で「同意させられた」契約は真の意思に基づくものではないと法律が判断している例といえます。
2.2 労働法・雇用関係における活用例
労働法の分野でも「強いられた同意」の概念はしばしば問題となります。典型例は職場のハラスメントです。上司と部下、雇用者と被用者など明確な力関係がある場面では、部下や従業員が上司からの要求に逆らいにくい状況が生まれます。この文脈で内田教授はセクシュアル・ハラスメント(職場における性的嫌がらせ)に着目し、被害者が嫌だったにもかかわらず職場の人間関係や雰囲気の中で拒絶できずに性的言動を受け入れてしまったケースを「強いられた同意型」のセクハラと位置付けました (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。例えば、継続的に上司から食事や肉体関係を求められ、断れば職場で不利益を被るかもしれないというプレッシャーから渋々従ってしまう場合です。表面的には合意しているように見えても、被害者の内心の自由意思に基づく同意ではないため、これは違法なハラスメント行為(不法行為)と評価されます (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所) (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。実際の裁判例でも「女性が男性の行為を拒否しなかったことは同意を意味しない」という経験則が示されており (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)、拒否の意思表示が明確にない場合でも権力関係下での黙示の迎合は真の同意とはみなさない傾向があります。
またパワーハラスメント(権力による嫌がらせ)でも、従業員が上司の威圧に屈して不本意な行動をとる場合が問題となります。例えば、「辞めないと懲戒解雇にする」と脅されて退職届を書かされたようなケースでは、社員は自発的に職場を去ることに「同意」した形になっています。しかしこの同意は会社の脅迫により強いられたものであり、法律上は真意に基づかない退職の意思表示として無効と判断され得ます (「退職しないと懲戒解雇する」という脅しは違法!脅迫への対応は? | 労働問題の相談なら労働問題弁護士ガイドby浅野総合法律事務所)。実務上も、「労働者が納得し同意していないなら、脅して退職させるのは違法」であり、その退職の合意は無効になるとされています (「退職しないと懲戒解雇する」という脅しは違法!脅迫への対応は? | 労働問題の相談なら労働問題弁護士ガイドby浅野総合法律事務所)。このように労働分野では、雇用者側の地位を利用した事実上の強制による合意は、後から撤回・無効主張が認められたり、損害賠償請求につながったりします。
2.3 刑法における取扱い(犯罪行為と同意)
刑法の領域でも、「同意」が犯罪の成立要件や責任に影響を与える場面で「強いられた同意」が問題になります。基本的に犯罪被害者の同意がある場合、一定の犯罪は成立しなかったり刑が軽減されたりすることがあります。しかし、その同意が自由意思に基づかない場合(強迫や欺罔による同意)は、有効な同意とはみなされません。例えば、財産犯において恐喝や強盗の被害者がおどされて財産を「差し出すことに同意した」ような場合、それは真の同意とは言えず、犯罪は成立します(脅迫や暴行による財物の交付は依然として違法な強要行為です)。また、被害者の同意が違法性阻却事由(違法性を否定する理由)とされる場合でも、その同意が強制されたものであれば違法性阻却は認められません。例えばスポーツの試合や格闘での怪我は相手への同意が前提ですが、試合前に脅されて参加に同意させられた場合などは、その同意は無効であり傷害罪等が成立し得ます。
性的犯罪における同意も近年大きな議論となっている分野です。日本の刑法では従来、強姦罪(現行法の強制性交等罪など)において「暴行・脅迫によって反抗を著しく困難にした」ことが要件とされてきました。すなわち被害者の抵抗を抑圧するような暴力・脅しがあれば強制性交罪が成立し、逆に言えば明示的な暴行・脅迫がない場合は立証が難しい構造でした。しかし、近年の議論では被害者が恐怖や心理的抑圧によって明示的抵抗ができず結果的に「同意した」形になった場合でも、それは真の同意ではなく犯罪として処罰すべきだという考えが強まっています。実際、司法の場でも「嫌だけれど恐怖や力関係ゆえに抵抗できなかった」という事例で有罪判決が出るケースが増えつつあり、法改正の議論でも**「不同意性交罪」**(明示の不同意=真の同意がない性行為を処罰する規定)への改正が検討されました。国際的にも、性犯罪の定義を被害者の不同意(=真に自由な同意の欠如)に基づいて構成する動きが見られます (Sexual consent in law – Wikipedia) (Sexual consent in law – Wikipedia)。欧州評議会のイスタンブール条約(2011年)36条でも「同意は、当人の自由な意思によって与えられなければならない」と明記されており、暴力や脅迫による「同意」は無効であることが前提となっています (Drawing on İstanbul Convention, the law of ‘only yes means … – Bianet)。このように刑法上は、同意が強いられた状況=実質的不同意と評価され、犯罪の成立や違法性の判断において被害者の真意(自由意思)が重視されます。
3. 学術的・実務的な影響と動向
3.1 学説上の展開(内田教授の提起とその後の論考)
内田貴教授が「強いられた同意」の問題を提起したのち、学術界でもこの概念に関する議論が深化しています。内田教授の論考(『民法の争点』所収「セクシュアル・ハラスメント」)では、継続的な関係の中で発生する権力関係下の同意に注目し、表面的合意と真の不同意の間に存在するグレーゾーンを理論化しました (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所) (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。この指摘は、ハラスメントのみならず契約や承諾全般における「合意の有効性」を再考させるものです。内田教授の提唱以降、他の法学者もこのテーマに言及しています。斎藤修氏は2010年の著書で、また大村敦志氏も2011年の著書で「強いられた同意」について触れており、同概念が不法行為論や社会と法の接点において重要であることを示唆しています (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。
近年では、金山直樹氏が2019年の論文「性行為と同意:格差構造下における自由と強制」において、内田説とほぼ共通の問題意識のもと「強いられた同意」をさらに発展させています ()。金山氏は用語としてあえて「強制同意」という表現を用い、職場や組織における権力的格差がいかに当事者の自由意思を制約し擬制的な同意を生み出すかについて、実定法上の判断枠組みを提示しようと試みています () ()。この中では、フランス法における 「consentement contraint」(拘束された同意)の概念にも触れられており、国際的な文脈で同意の強制について比較検討が行われています ()。要するに、日本の「強いられた同意」に類似する現象は他国でも問題視されており、それぞれの法制度で概念化・理論化が進んでいることが示唆されています。
3.2 判例における取扱いと実務動向
裁判実務の上でも、「強いられた同意」に該当し得る事例は少なくありません。ただし日本の裁判所は、直接「強いられた同意」という術語を判決文中で用いることは稀で、多くの場合は結果的に同意がなかったものと認定することで解決を図っています (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所) (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。例えば職場のセクハラ訴訟では、被害者が明示的に拒否していなかった場合でも「同意の欠如」を認定して違法行為とする例が多くみられます (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。内田教授も指摘するように、裁判例の多くは理論的に最も問題が少ない解決策として、「表面的合意があっても実質的に同意なし」と判断する手法を取ってきました (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。熊本地裁平成9年6月25日判決や仙台地裁平成11年5月24日判決等、複数のセクハラ事案で裁判所は被害者に真意に基づく同意がなかったことを認定することで加害者の不法行為責任を肯定しています (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。これらのケースでは、「被害者が男性の行為を拒否しなかった事実=同意を意味しない」という社会通念が判示されており、黙示の服従を直ちに同意とはみなさない判断が下されています (セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」(犯罪被害者、労働事件) | 薬院法律事務所)。
一方で、近年の高裁・最高裁レベルの判例では、権力関係や継続的関係における暗黙の圧力に着目した判断も登場しています。ある事案では、被害女性が職場の上司(または取引先顧客)の要求に渋々応じて性的関係を持ったケースについて、一度は「笑顔で対応し明確な拒絶を示さなかった以上同意があった」と下級審で判断されながら、上級審で**「職場における支配従属関係に照らせば真の同意とはいえない」**と判断が覆された例も報告されています () ()。このような判例では、被害者が「抵抗しなかった」背景事情として職場・組織内の力関係や雰囲気(場の構造)が考慮されており、同意の有無を評価する際に被害者が自由に拒否できる状況だったかどうかが重視されています ()。実務上も、ハラスメント防止の指針等で「権力関係の下で相手が拒めない状況を利用した性的言動は許されない」との認識が広まっており ([PDF] ハラスメント防止のためのガイドライン | 関西福祉科学大学)、企業内コンプライアンスや裁判所の事実認定に影響を与えています。さらに労働契約上の合意(退職合意や労働条件の受諾など)についても、表面的な同意の裏に使用者からの圧力があれば無効主張が認容されるケースがみられ、実質的な同意の有無を吟味する運用が強まっています。
3.3 国際的な類似概念との比較
「強いられた同意」の考え方は日本特有のものではなく、各国の法制度や国際的議論にも類似の概念が存在します。英米法では契約におけるDuress(脅迫)やUndue Influence(不当な影響)の法理が古くから確立しており、これらは当事者の同意が他者の圧力や影響力によって歪められた場合に契約の効力を否定・修正するルールです。たとえばイギリス法では肉体的脅迫だけでなく経済的圧力による合意(経済的デュレス)も契約を無効にし得るとされ、アメリカ法でも著しく不公正な力関係の下で結ばれた契約は不当影響として無効化される場合があります。フランスやドイツなど大陸法諸国でも、民法に「暴力(脅迫)による意思表示の無効・取消し」の規定があり、これは日本の民法96条とほぼ同様に相手の脅しによる擬似的同意を否定するものです。またフランス競争法の文脈で用いられるConsentement contraint
(強制された同意)という用語が報告されており、取引上の優越的地位を背景に相手に不利益な条件を受け入れさせるような場合に、この「拘束された同意」が問題視されることがあります ()。これは日本の独占禁止法における「優越的地位の濫用」に通じる発想で、経済取引の場面でも力の差による合意の強制は許容されないという国際的な共通認識があると言えます。
刑事分野でも、多くの国が被害者の自発的な同意がなければ性的行為は違法であるとの立場を強調する方向にシフトしています (Sexual consent in law – Wikipedia) (Sexual consent in law – Wikipedia)。欧州ではイスタンブール条約の影響もあり、「同意に基づかない性的行為は強姦である」という原則が明文化・徹底されつつあります (Drawing on İstanbul Convention, the law of ‘only yes means … – Bianet)。この潮流においては、「抵抗したか否か」よりも「同意が自由意思に基づき与えられたか」が重視され、権威・威圧による黙従(いわゆる強いられた同意)は同意とはみなさないことが明確化されています。米国でも近年は性的同意に関する教育や法改正が進み、“No means No”から“Yes means Yes”へ(つまり明示的・自発的同意の確認の重視へ)パラダイムが移行しています。この背景には、セクシュアルハラスメントや性的暴行の被害者が声を上げた「#MeToo」運動などにより、権力関係下の沈黙や服従が如何に真の意思とはかけ離れているかが社会に共有されたことがあります。国際連合や各国の人権機関も、性的自己決定権の保障のためには同意が脅迫・強制によるものでないことを基礎とすべきと提言しています。
以上のように、「強いられた同意」という概念は、内田貴教授によって提示されて以降、日本の民事法(契約法・不法行為法)や労働法の議論で重要なキーワードとなり、判例実務にも少しずつ影響を与えてきました。また同様の考え方は諸外国の法制度や国際的基準にも広く認められており、表面的な合意の有無ではなく、その同意が自由で真摯な意思に裏付けられているかという点が、21世紀の法学における大きな争点の一つとなっています。