会社内で発生した窃盗事件、警察が被害届を受理してくれないという相談
2026年01月29日窃盗(犯罪被害者)
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は、福岡市で会社を経営しているものです。先日、金庫内の現金が無くなっており、状況からして内部の犯行だと思われました。従業員に聞き込みをして、犯人と思われる人間の目星がついたのですが、本人は「自分は知りません。」というだけです。そこで警察に被害届を出そうとしたのですが、「証拠がない」などといわれて被害届を受理しようとしてくれません。顧問弁護士は「警察には被害届を受理する義務がある」というのですが、実際に受理してくれないので困っています。どうすればいいでしょうか。
A、警察が、会社内での窃盗事件の被害届の受理に難色を示すという話を聞くことがあります。詳しく聞いてみると、「そもそもお金がなくなったという証拠が不十分」「いつ無くなったのかの日時が不明」「誰が取ったのか特定する証拠がない」などといった事情があり、警察目線では「捜査を始めるだけの嫌疑が立たない」という考えていることがあります。この場合、法律論を並べて無理に「被害届受理」をするよりもまずは社内で基本的な事実関係を確定して、証拠を揃えることが近道ということがあります。
【解説】
犯罪捜査規範においては、「犯罪による被害の届出をする者があったときは…これを受理しなければならない」と定めています。しかしながら、社内で発生した窃盗事件などについては、相談にいっても被害届を受理してくれなかったという話を聞くことが少なくありません。この理由について明確に記載した文献は見当たりませんが、私は、刑事訴訟法は189条2項で「犯罪があると思慮する」ときに警察は捜査するとされていることから、捜査を開始するにしても一定の嫌疑が必要という趣旨だと理解しています。それ以外にも、捜査を進めても事件が起訴できるだけの事件にならないのではないかといった見立てがなされていることもあるでしょう。そういった場合は、弁護士に依頼して証拠と事実関係を精査し、弁護士が代理人として警察と交渉することで事件として立件され捜査が進むことがあります。弁護士をつけているということ自体が、犯人の処罰を実現するために協力的であるという姿勢を示しているということもあるでしょう。
※犯罪捜査規範
(被害届の受理)
第61条 警察官は、犯罪による被害の届出をする者があつたときは、その届出に係る事件が管轄区域の事件であるかどうかを問わず、これを受理しなければならない。
2 前項の届出が口頭によるものであるときは、被害届(別記様式第6号)に記入を求め又は警察官が代書するものとする。この場合において、参考人供述調書を作成したときは、被害届の作成を省略することができる。
https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50400000002/#Mp-Ch_2-Se_1-At_61
※迅速・確実な被害の届出の受理等について(通達)警察庁丙刑企発第35号 令 和 6 年 3 月 2 2 日
(1) 即時受理の原則
被害の届出に対しては、被害者等の立場に立って対応し、その内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合を除き、即時受理すること。
「明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合」とは、届出人から聴取した届出内容から容易に判断し得るものをいい、改めて捜査又は調査を行い検討することを意味するものではない。また、こうした判断により、被害の届出を受理しなかったものについては、適宜の様式により届出の内容、状況等を記録化し、所属長に報告すること。
https://www.npa.go.jp/laws/notification/keiji/keiki/2zinnsokutekikakun.pdf
※刑事訴訟法
第百八十九条 警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う。
② 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131#Mp-Pa_2-Ch_1-At_189
【参考文献】
井上正仁監修『裁判例コンメンタール刑事訴訟法 第2巻〔§189~§270〕』(立花書房,2017年6月)4-5頁
【「犯罪があると思料するとき」とはその端緒の如何を問わないが、特定の犯罪について嫌疑があると認められることである。その認定権限は司法警察職員にあるが、これが恣意的なものであってはならないとされ、例えば、「客観的な事情が特定の犯罪の存在を疑わしめる楊合」(ポケット刑訴上412)、「一応の心証を形成するに足る資料があればよい」(伊藤=河上・注釈刑訴3.
26) 、「特定の犯罪が行われたことを疑わしめるにたる客観的な事情の存在を必要とする」(松尾・条解358) などとされている。このような嫌疑に至らない段階の活動は、捜査の準備作業として行われることになる(馬場=河村・大コメ刑訴4• 46)】(河村博)
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3381
城祐一郎『盗犯捜査全書-理論と実務の詳解』(立花書房,2016年3月)463-464頁
【2 次に,被害日時と被害届がなされた日時との間隔がどのようになっているかも注意する必要がある。
まず,被害日時と離れた日時の被害届であれば,記憶が薄れるなどその内容が不正確になるおそれがあるし,また,直ちに被害届を出さなかった合理的な理由があるかどうかもチェックする必要がある。被害発生後直ちに出されていない被害届の中には,真実でないものが存在する危険があるからである。特に,その期間が長期にわたる場合は,事件の発生自体に疑いを持つことも必要である。また,後に主張されるおそれがある被疑者のアリバイ主張に対応する必要性からも,被害日時の確定は正確かつ慎重に行う必要がある。
3 被害届において犯人が特定されている場合において,被害者と何らかの人的関係があり,その間に金銭関係や恋愛関係などで何らかのトラブルがある場合かどうかはチェックしなければならない事項である。そのような場合には,被害者が殊更に相手方を陥れるために虚偽の被害届を出しているのではないかとの疑いも生ずるため,被害者の供述の信用性についての検討も必要となる。
そのため,被害者の供述に曖昧な点がないかどうか, これがあるとした場合,その理由は何か,それは合理的といえる理由であるのかどうか,その説明等に変遷はないかどうか,犯人の特定に不自然な断定はないかどうか,被害者の生活状況や経済状況,犯人との人的関係等に関して虚偽の内容が混じっていないかどうかなど,多角的にその供述の信用性を検討しておかなければならない】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3288
杉本一重『事例で学ぶ警察官のための窃盗捜査』(東京法令出版,2008年11月)2頁
【第2節 被害届吟味の際の留意事項
(注)
第1 留意事項
1 被害日時の確定は十分か
被害日時を確定させることは、訴因の特定という訴訟法上の要請はもちろんのこと、将来予想される被疑者のアリバイ主張を捜査段階でつぶしておく前提としても重要である。被害届におけるこの点の特定が不十分であったために不起訴となった事案も多数存する。したがって、捜査官は、この点が不十分の被害届については、できる限り確定しておく必要がある。
2 被害金品の確定は十分か
盗まれた品物は何かということは重要である。これによって盗品等捜査が開始されるのであり、また、盗まれた品物を盗まれた場所、盗まれた時間に近接して所持している者があれば、その者を犯人であると目星をつけることも可能となる。特に、被害品が特徴のある物であったり、同一の物が他に存在しない物であるような場合には、犯人を割り出す決め手ともなる。しかしながら、被害者の記憶・認識から、概括的な特定しかできないものはその旨の記載をすべきであり、そうでないと犯人を逮捕してからの捜査を誤らせる原因ともなる。例えば、さい銭箱、カラオケボックス等に入っている現金の額については、その管理者、所有者でも知らないのが一般である。にもかかわらず、被害者の言うがままに何の裏付けもなく被害額を確定して被害届あるいは調書に記載されていることがあり、これが原因で事件がつぶれた事例も多々見受けられる。】
https://www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/index.php?10455
佐々木正輝編著『Q&A実例窃盗・強盗・恐喝犯罪の捜査実務』(立花書房,2007年1月)109頁
【被害者の中には、勘違い等の理由によって、過大な被害申告を行っている場合があるのて、被害届の内容が不自然てはないか、客観的証拠関係と照らし合わせて矛盾はないかについても、考慮する必要がある。
特に被害者と被疑者との間に以前に愛人関係等の特殊な関係があって、別れ際に荷物を持ち出したというような場合に、相手が憎いことから罪に陥れようとして被害届を提出する場合もあり得る。もちろん、このような場合にも、悪質な事犯があり得るので、被害確認の際には、被疑者と被害者との間の具体的な関係をよく確認しておく必要がある。】(中村和洋)
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000099-IugaP01HCKENJumQg0QDhBKLuQho?ar=4e1f


