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薬院法律事務所

刑事弁護

示談交渉中ということを理由に、弁護人から勾留延長請求を促すべきか


2026年02月19日刑事弁護

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

Q、私は、福岡市に住む40代女性です。先日、夫がデリバリーヘルスで派遣された女性に対して無理やり本番行為をしたということで警察を呼ばれてその場で逮捕されました。急いで弁護士さんをつけたのですが、示談交渉が難航しているということで、勾留期間の満期までには示談できそうにないといわれています。勾留に対する準抗告ということで釈放を求めたそうですが、ダメだったということです。起訴されると裁判が公開されるということで、どうしても示談して不起訴にしてもらいたいのですが、なんとかならないでしょうか。

A、理想論としては、検察官に「処分保留」で釈放してもらい、その後に示談交渉を行うということになりますが、現実的ではありません。「示談交渉を続けているから」ということであえて検察官からの勾留延長請求を争わない、あるいは積極的に促すということが考えられます。

 

【解説】

 

捜査機関に逮捕され、引き続き10日間の勾留がなされた場合、検察官は10日以内に公訴を提起しないときは被疑者を釈放しなければいけません。これが刑事訴訟法の原則です。しかし、「やむを得ない事由があると認めるとき」であるとして、さらに10日間勾留延長がされることがあります。最高裁判例によれば、「やむを得ない事由があると認めるとき」とは、事件の複雑困難(被疑者若しくは被疑事実が多数であるほか、計算複雑、被疑者関係人らの供述その他の証拠の食い違いが少なからず、あるいは取調べを必要と見込まれる関係人、証拠物等が多数ある場合等)、あるいは証拠収集の遅延若しくは困難(重要と思料される参考人の病気、旅行、所在不明若しくは鑑定等に多くの日時を要すること)等により、勾留期間を延長して更に取調べをしなければ起訴、不起訴の決定をすることが困難な場合をいう(最判昭和37年7月3日民集16巻7号1408頁)とされています。

この延長理由として「示談交渉未了」というものが認められるかという議論がありますが、限定的ではあるものの、認められると解されています。そのため、あえて弁護人から勾留延長をするように求めるということも実務上はあり得ます。理論的には、検察官に対して「処分保留で釈放すべきだ」と求めることはできますが、この種事案で実際にそのような取扱いがなされる可能性はほぼ考えられません。仮に勾留延長を否定するということになれば、それは実質的には勾留満期で起訴をしろと求めるようなことになるからです。

 

※刑事訴訟法

第二百八条 前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
② 裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。

https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131/20231215_505AC0000000066#Mp-Pa_2-Ch_1-At_208

 

※最判昭和37年7月3日民集16巻7号1408頁

https://www.courts.go.jp/hanrei/52899/detail2/index.html

判示事項
一 刑訴第二〇八条第二項所定の「やむを得ない事由があると認めるとき」の意義
二 検察官が勾留延長請求をし裁判官が右請求認容の裁判をするについて、国家賠償法第一条第一項所定の過失があるとした原判決が違法であるとされた事例

裁判要旨
一 刑訴第二〇八条第二項所定の「やむを得ない事由があると認めるとき」とは、事件の複雑困難(被疑者もしくは被疑事実が多数であるほか、計算複雑被疑者関係人らの供述その他の証拠のくいちがいが少なからず、あるいは取調を必要と見込まれる関係人、証拠物等が多数の場合等)、あるいは証拠蒐集の遅延もしくは困難(重要と思料される参考人の病気、旅行、所在不明もしくは鑑定等に多くの日時を要すること)等により、勾留期間を延長して更に取調をしなければ起訴、不起訴の決定をすることが困難な場合をいうものと解すべきである。
二 原判決挙示の事実関係だけでは、検察官が勾留延長請求をし裁判官が右請求認容の裁判をしたことをもつて、直ちに国家賠償法第一条第一項所定の過失があるとはいえない。

 

【参考文献】

 

最高裁事務総局刑事局監修『逮捕・勾留に関する解釈と運用』(司法協会,1995年9月)171-172頁

【オ 示談未了を理由とする勾留延長の可否
問題94
単純横領事件の被疑者の勾留につき,「示談の成否が起訴・不起訴の決定に影響を与えるため」という理由は,刑訴法208条2項にいう「やむを得ない事由」に当たるか。
(協議結果)
1 協議の結果,以下の点では,意見が一致した。示談の成否は,特に財産犯においては被疑者の刑事責任に影響を及ぼす重要な情状であるということができ,検察官としては,被害弁償の成り行きをみた上で,起訴・不起訴を決したいと考える場合が少なくないと思われる。したがって,示談待ちを理由に勾留延長することも十分考えられる…釈放した上で被疑者自身を含めた示
談交渉の成否を見守り,起訴・不起訴を決すればよいのではないかとの疑問も提起された。
しかし,これに対しては,以下の意見が述べられ,大方の賛同を得た。
横領金額との兼ね合いもあるが,示談ができないということになると,起訴されて処罰される可能性が強くなるため,勢い逃亡するおそれもまた強くなるということもあろう。また,勾留延長請求を却下すると,検察官は直ちに起訴するということもあり得るが,そうすると「やむを得ない事由」を厳格に解することにより,かえって被告人に不利になりかねない湯合もある。このように考えると,釈放した上で示談の成否を見守ればよいのではないかという疑問が生じた場合には,それではいけない事情や示談成否の見通しなどについて,検察官に十分事情を聞くことが考えられてよいと思われる。】

 

伊藤栄樹ほか『新版注釈刑事訴訟法〔第三巻〕§189~§270』(立花書房,1996年7月)146頁

【いわゆる「示談待ち」についても、例えば財産犯で被害弁償が数日中になされるかどうかに起訴・不起訴がかかる場合で被疑者・弁護人側から示談解決に努力中の申し出があるにかかわらず起訴し、起訴数日後に示談成立というような事態は避けるべきであり、「示談待ち」を理由に数日の勾留延長は認められるべきであろう。】(藤永幸治)

 

河上和雄ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法第二版第4巻〔第189条~第246条〕』(青林書院,2012年4月)439-440頁
【情状の捜査の必要はやむを得ない事由に当たるか 情状に属する事実であっても,犯罪の動機や構成要件事実に密接に関連する事実等については,構成要件事実と同様に考えるべきであろうが,いわゆる一般情状に関する捜査が未了であるというだけでは,やむを得ない事由があるとは認められないであろう(注釈刑訴3巻〔藤永〕 146頁)。しかし,情状であっても起訴不起訴を左右する重要な情状事実については, これを明らかにするための勾留延長を認めてもよい場合があろう。特に, 10日以内に被害弁償ができる,あるいは,示談が成立して告訴が取り消される見込みがあるような場合に,これを待たずに起訴することは避けなければならないであろうし,その逆の場合,すなわち,現在の証拠関係では起訴猶予とすべき事案であるが,起訴すべきであるとする事情が明らかになる見込みがある場合にもまた勾留を延長すべきであろう。】(渡辺咲子)

https://www.seirin.co.jp/book/01563.html

 

恩田剛『逮捕勾留プラクティス』(司法協会,2018年9月)153頁

【3 示談未了を理由とする勾留延長の可否
問題55
自動車販売会社の営業社員が,顧客から預かった自動車販売の残代金50万円を預かり保管中に,着服した業務上横領の被疑事件について,「示談未了」を理由として勾留延長の請求をすることはできるか。
結論 勾留期間の延長理由にはなりますが.それだけでは理由が弱いと判断されることがあります】

http://www.jaj.or.jp/wp/wp-content/uploads/pdf/books_no158.pdf