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薬院法律事務所

大麻所持・自己使用事件の弁護要領

大麻所持・自己使用事件の弁護要領

(以下の記述は、2025年8月現在のものになります。)
私は、覚醒剤取締法違反事件を含む多数の薬物事件(大麻事案を含みます)の刑事弁護に取り組んできました。近年は若年層を中心に大麻事案の検挙数が急増し、2023年には検挙人数が過去最多を更新しています。さらに2024年12月12日施行の法改正により、これまで処罰規定のなかった大麻の自己使用も新たに犯罪となりました。大麻所持・使用で初めて捜査対象となった方は、処罰や社会的制裁、報道発表によるに大きな不安を感じておられることでしょう。そこで、本記事では 初犯・在宅の大麻所持・自己使用事件を受任した場合の一般的な弁護要領を、捜査の流れに沿って段階的に説明いたします。目的は処罰の回避(不起訴処分の獲得)および報道発表の回避にあります。

 

※政府広報オンライン「大麻の所持・譲渡、使用、栽培は禁止!法改正の内容も紹介します」

https://www.gov-online.go.jp/article/202412/entry-6856.html

 

※「在宅事件」とは、逮捕・勾留など身体拘束をされないまま進む事件のことです。大麻事案では初犯・少量の場合、逮捕せず任意捜査として進められるケースもあります(もっとも、大麻は初犯でも逮捕されることが多い点に注意が必要です)。以下、在宅で手続が進むことを前提に述べます。

1、犯罪の成否の判断と違法捜査の検討

まず最初に、今回問題となっている事案で大麻取締法違反(所持罪・施用罪)が成立するかどうかを検討します。捜査機関が取得した証拠について、弁護人が依頼者から詳しく事情を聴取します。例えば「押収された物が本当に大麻か(科捜研の鑑定結果の有無)」、「依頼者がその大麻を所持・使用したといえるのか」等を確認します。大麻の単純所持、施用(使用)は7年以下の拘禁刑と重い法定刑が定められており、初犯であっても起訴されれば高い確率で有罪判決となる罪です。そのため、捜査段階でそもそも犯罪が成立するか、証拠上疑わしい点がないかを洗い出すことは重要です。

購入時は合法な薬物が、違法になったことを知らずに所持していたという相談(違法薬物、刑事弁護)

高校時代の先輩から頼まれて金庫を預かったら、大麻が入っていたという相談(大麻、刑事弁護)

彼氏が所持していた大麻について、自分が所持していたといわれているという相談(刑事弁護、大麻)

デート相手に覚せい剤を盛られて、警察から疑われているという相談(刑事弁護、違法薬物)

家宅捜索を受けた際に、昔購入していた大麻を見つけられたという相談(大麻、刑事弁護)

同居人が大麻を吸っていたから、尿検査で陽性反応が出たという相談(大麻、刑事弁護)

併せて、捜査手続に違法がなかったかも慎重に分析します。違法収集証拠に当たるものがあれば、最終的に不起訴や無罪を主張できる可能性があるからです。例えば、大麻事案では自宅の捜索差押許可状の手続や、尿検査のための採尿令状の発付手続きに違法がないかを確認します。私の取り扱い経験では、覚醒剤事件になりますが、強制採尿令状の発付が違法と裁判所に認定された例もあります。大麻事件でも、強制的な採尿が「真にやむを得ない最終手段」であったかどうか(任意提出など他の手段で対応できなかったか)については争点となり得ます。捜索や採尿が適法に行われたかどうか、弁護人が捜査記録や裁判例を精査して検討します。捜査段階で違法捜査であることを明らかにできれば、検察官と交渉することで、検察官が不起訴にする可能性もあります。

【解決事例】覚せい剤取締法違反(使用)で違法捜査の認定を獲得

なお、大麻所持・使用が認められなかった場合でも、麻薬特例法違反での処罰の可能性は残ります。弁護人としてはこの点にも目配りします。

【解決事例】大麻取締法違反・麻薬特例法違反で捜索されたけど、不起訴にしたいという相談

2、身上経歴の確認(家族・環境の聴き取り)

次に、依頼者ご本人の身上調書的な事項や経歴について丁寧に聴き取りを行います。これは他の事件類型でも共通して行う重要な作業です。具体的には、現在の職業や学業の状況、家族構成や生活環境、交友関係、これまでの生い立ちや前科・前歴の有無などを詳しく伺います。大麻を手にした経緯や使用に至った動機についても、一緒に振り返ります。どうして大麻に手を出してしまったのか、その背景にある心理状態や環境要因を分析し、「再び手を出さないためには何が必要か」という仮説を立てるためです。

特に大麻事件では「一度きりの好奇心だった」のか「ストレスから常習的に使っていた」のかなど、再犯の可能性に関わる事情を把握することが大切です。依頼者自身が自分の問題点に気づくきっかけにもなります。たとえば、「周囲の誘いを断れない性格で流されてしまった」「仕事上のプレッシャーから逃れるためについ手を出した」など、人によって理由は様々でしょう。これらを整理することで、後述する再発防止策にもつながります。

また、依頼者を取り巻く家庭環境や家族からの支援の有無も確認します。ご家族が健在か、監督・協力してもらえるかといった点は、検察官が処分を決める際にも重視されます。例えば同居のご家族が「二度とこのようなことが起きないよう監督します」と約束してくれれば、検察官も依頼者を社会内で更生させることに一定の安心感を持つでしょう。必要に応じて、ご家族にも面談に同席いただき、今後の支えとなっていただくようお願いする場合もあります。身元引受人となってもらい、後述の再発防止活動にも協力していただくことで、依頼者にとって良い環境調整が可能になります。

3、対応方針の協議

以上の事情聴取を踏まえて、今後予想される捜査の展開や、仮に起訴された場合の見通しについて弁護士から見解を示します。その上で、依頼者がおかれている状況(前科の有無、押収量、職場や家庭の状況など)を前提にどういった対応方針をとるか一緒に検討します。

多くの依頼者の方は「前科をつけたくない」、すなわち「不起訴処分(起訴猶予)にしてほしい」と望まれます。初犯の大麻所持・自己使用事件であれば、適切な弁護活動によって不起訴処分となる可能性はあります。実際、令和4年(2022年)の統計では大麻取締法違反で検挙された人のうち起訴率は45.4%、起訴猶予率は38.2%でした。もっとも、同年の麻薬取締法違反では起訴率は61.1%、起訴猶予率は13.9%であり、大麻所持の規制が麻薬取締法違反に移行した現在では、従前に比べて起訴猶予は困難になることが予想されます。いずれにしても、不起訴にできるか否かは量や態様、本人の反省状況など個別の事情によります。安易に楽観視は禁物ですが、最初から諦めず最善を尽くすことが大事です。

令和5年版 犯罪白書 第4編/第2章/第3節/1

https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/70/nfm/n70_2_4_2_3_1.html

仮に依頼者に前歴・前科が全くなく、ごく微量の所持であれば、不起訴(起訴猶予)となる余地はあります。反対に、過去に薬物で処分歴がある場合や、量が多かったり営利性が疑われる場合には、起訴猶予を得るハードルは高くなります。それでも、例えば依頼者が深く反省し再発防止に努めていることを示す資料を揃えるなどして働きかければ、検察官が起訴を猶予する可能性を引き出せるかもしれません。実務上は起訴・不起訴にはある程度の「相場」もありますが、過去の事例にとらわれすぎず、依頼者にとってベストな結果を目指して尽力する方針を確認します。

なお、依頼者の方に「今後の処分の見通し」についても率直にお伝えします。最悪のケースも含め説明することで、依頼者ご本人が現実を直視し反省を深める契機にもなりますし、心づもりができることで不安を和らげる効果もあります。たとえば「このまま起訴され有罪になった場合、執行猶予付きの判決が予想される」等です(初犯の大麻所持事案では、執行猶予付きの判決が下るケースが通常で、よほど量が多い等でない限り実刑になる可能性は低いとされています)。処分の見通しを共有しつつ、不起訴処分を勝ち取るために何ができるかを共に考えていきます。

どうすれば(不起訴)起訴猶予処分になりますかという相談(万引き、盗撮、道路交通法違反等々)

4、取調べ対応(供述方針の検討)

在宅事件とはいえ、警察や検察による取調べ(事情聴取)は避けられません。そこで事前に取調べへの対応方針を十分に打ち合わせます。具体的には、「どのようなことを聞かれる可能性があるか」「どのように答えるべきか」を弁護人が説明・助言します。大麻所持・使用事件の場合、警察官からは「どこで入手したか」「いつから何回くらい使用したか」「一緒に使用した者はいるか」など踏み込んだ質問が予想されます。弁護人が事前に聴取内容を予想して依頼者とシミュレーションしておくことで、不意の質問にも落ち着いて対応でき、供述の一貫性も保ちやすくなります。

取調べでは事実と異なる供述調書が作成されないよう注意が必要です。人の記憶は時間とともに曖昧になりやすく、取調官の誘導によって誤った内容を「そうだったかもしれない」と思い込んでしまう危険があります。そこで、弁護人があらかじめ依頼者から事件の経緯を詳しく聴き取り、事実関係を時系列で整理したメモを作成しておきます。取調べ前に依頼者と事実関係を再確認し、「言い間違い」や「記憶違い」による不本意な供述を防ぎます。取調べ後も、作成された調書の内容を依頼者と確認し、万一事実と異なる記載があれば訂正を求めるよう助言します。

次に供述態度(黙秘か自白か)についての方針です。大麻の自己使用については物的証拠として尿検査結果が出る可能性が高く(後述)、「使用していない」と全面否認することはまず困難でしょう。一方、大麻の所持については「自分の物ではない」といった弁解の余地がケースによってはありえます。しかし、客観的証拠が揃っている場合に事実を否認すると、捜査機関の心証を害し身柄拘束や起訴の可能性が高まる恐れもあります。 初犯・少量の事案では、基本的には事実関係を認め真摯に反省の態度を示すことが処分上有利に働く傾向があります。ただし、たとえば「友人からもらった」と言えば譲渡者の捜査につながります。供述すべき内容と控えるべき内容の線引きは難しい問題ですが、弁護人と相談のうえ決めていきます。

なお、「黙秘権を行使して一切話さない」という選択肢も法律上はあります。しかし大麻のケースで完全黙秘を貫くと、かえって「反省がない」「証拠隠滅のおそれがある」と判断され、逮捕・勾留に踏み切られるリスクがあります。私は、在宅で進んでいる現状を維持し処分を軽くするには、必要な範囲で事実を認め誠実に取り調べに応じる方が一般的には得策と考えています。ただし供述調書への署名押印は慎重に行います。読み上げを受けたら内容を隅々まで確認し、事実と違う記載や不明瞭な点があれば訂正を求めるよう指示します。調書に納得がいかなければ署名を拒否することも権利として可能なので、安易に応じないよう助言します。

在宅事件で黙秘権を行使することは、逮捕を誘発するかという相談(刑事弁護)

在宅事件で、弁護人の立会がない限り取調べを拒否すべきかという相談(痴漢、刑事弁護)

最後に、過去の違法薬物使用歴(余罪)への対応です。取調べでは「今回以外にも大麻を使ったことがあるのではないか」「他の薬物はどうか」と追及される可能性があります。これについて私の場合、依頼者に心当たりがあるなら基本的には正直に話すよう勧めることが多いです。すでに大麻の自己使用自体が処罰対象となった以上、過去の使用について供述すれば理論上は立件されるリスクもあります。しかし、隠していて後日何らかの形で発覚すれば再度捜査対象となり、依頼者にとって精神的負担が続くおそれがあります。一度で区切りをつけるという意味でも、聞かれた範囲について事実をありのまま話す方が結果的に更生への第一歩となると考えています。これら供述方針はケースバイケースですので、依頼者と十分話し合った上で決定します。

5、尿検査・証拠収集への対応

大麻の自己使用が疑われる場合、警察は尿検査を求めてくることが多いです。任意の在宅捜査であっても、「尿を提出してもらえますか」と依頼者に求めることがあります。ここでは尿検査をめぐる対応について説明します。

まず大前提として、大麻取締法の改正により尿検査で陽性反応が出れば大麻使用罪で逮捕・起訴され得る時代になりました。覚醒剤事件と同様に、尿中から禁止薬物の成分が検出されれば、それ自体が犯罪の証拠となります。警察から尿提供を求められた場合、法的には拒否することも可能です。しかし拒否すれば警察は裁判所から強制採尿の令状をとって強制的に検査を実施するでしょうし、逃亡・証拠隠滅のおそれありとして逮捕に踏み切る可能性も高まります。そのため、在宅で進んでいる状況を維持するためには、基本的に尿検査に協力する方針をとります。任意提出に応じることで「逃げ隠れせず捜査に協力している」という姿勢を示すことにもなります。

実際の流れとしては、警察署で検査キットを用いた簡易な尿検査が行われ、陽性反応が出れば尿を科捜研(科学捜査研究所)に回して詳細な鑑定が行われます。この鑑定でも大麻由来の成分が検出されれば、後日逮捕される可能性が高くなります。逆に鑑定結果が陰性であれば、大麻使用の証拠は出なかったことになり、使用罪での立件は見送られるでしょう。尿検査結果が出るまで数日~数週間かかるため、その間に弁護活動として検察官や警察と連絡を取り、在宅捜査の維持に努めます。陽性反応が出た場合でも、直ちに逮捕に踏み切られないよう、弁護人から「逃亡や証拠隠滅の恐れがないこと」「医療機関受診など更生に向けた動きを開始していること」を伝え、逮捕しないよう働きかけることもあります。

なお尿検査以外の証拠収集としては、押収された大麻そのものの量や品質の鑑定、携帯電話・パソコンの押収・解析(入手ルートや他者とのやり取りの解明)などが考えられます。自宅から多数のジップロックや計量器が出れば営利目的を疑われますし、スマホから売買のやり取りが発見されれば単純所持では済まなくなります。弁護人としては押収された物やデータ類の内容についても把握し、検察官がどのような嫌疑を念頭に捜査しているか分析します。必要に応じて依頼者にも確認し、誤解を招きそうな物については「〇〇目的で所持していたもので、本件とは無関係」である旨をあらかじめ主張・説明しておくこともあります。可能であれば、依頼者側から有利な証拠を収集・提出することも検討します(例:違法薬物依存の治療薬ではないかと疑われる錠剤について医師の処方箋を提示する、など)。

6、更生支援と再発防止活動

依頼者の更生支援および再犯防止策に取り組むことは、大麻事件の弁護活動において極めて重要です。処分が決まるまでの期間に、依頼者自身が二度と薬物に手を出さないための環境づくりや努力を重ねることで、検察官に「処罰しなくても大丈夫だ」と思ってもらう狙いがあります。また、依頼者の将来のためにも欠かせないプロセスです。

具体的には、以下のような再発防止活動を依頼者と協力して進めます。

専門医療機関の受診:依頼者に薬物依存の傾向が見られる場合、精神科や依存症専門外来を受診してもらいます。大麻は身体的依存を生じにくいといわれますが、習慣性や心理的依存はありえます。医師から助言を受け、必要ならカウンセリングやプログラムに参加してもらいます。受診結果や治療計画についての診断書は、後に処分交渉で有力な資料となります。

自助グループ等への参加:地域の自助グループに参加することも検討します。先輩の体験談を聞いたり、仲間と支え合ったりすることで、依頼者の意識改革につながります。参加証明書や活動記録が得られれば、検察官へのアピール材料になります。地域の精神保健福祉センターに相談することも考えられます。

生活環境の調整:ご家族と連携し、依頼者の生活リズムを健全に立て直します。例えば「深夜に出歩かない」「交友関係を見直し、過去に誘ってきた友人とは距離を置く」「仕事や学業に専念する」など具体的な約束事を決めて実行します。ご家族には定期的に依頼者の様子を確認してもらい、弁護人とも情報共有します。依頼者が一人暮らしの場合は実家に戻って生活することや、信頼できる親族と同居することも提案します。周囲の目が行き届く環境に身を置くことで、再犯リスクを下げる狙いです。

反省文・誓約書の作成:依頼者自身に、今回の行為を深く反省した文書(反省文)や、二度と薬物に手を染めないことを誓う文書(誓約書)を書いてもらいます。単なる形式ではなく、なぜあえて犯罪となる違法薬物使用行為に手を出し、それをどう改めるかを自分の言葉で書くよう指導します。これら文書は検察官に提出したり、裁判になった場合に情状資料として裁判所に提出したりします。

定期的な薬物検査:希望する依頼者には、市販の簡易キットや医療機関での尿検査を定期的に受けてもらう方法もあります。事件発覚後から処分が決まるまでの間、継続して陰性結果が出ていれば、「その後は薬物を断っている」という客観的証拠となります。検査結果の証明書を取得し、処分交渉時に提出することも検討します。

以上のような更生支援策は、一朝一夕に成果が出るものではありません。しかし一つひとつ着実に実行することで、依頼者自身の意識も変わり、周囲の信頼も回復していきます。このプロセスはまさに「処罰ではなく治療・改善」を目指す現代的な刑事政策の趣旨にも合致します。弁護人は必要に応じて専門家の力も借りながら、依頼者の立ち直りを支援します。

7、検察官との交渉

以上のような事実関係の整理・取調べ対応・更生支援の取り組みを踏まえて、検察官と最終処分についての交渉を行います。捜査段階の終盤になると、事件は警察から検察官に書類送検され(在宅事件の場合、逮捕から最大で数週間ほどで書類送検されます)、その後は検察官が最終処分を決定します。ここで弁護人の腕の見せ所となるのが、検察官への意見書提出や口頭での説得です。

まず、弁護人は検察官と直接連絡を取り、依頼者の現在の状況や更生への取り組みを伝えます。「依頼者は深く反省し、すでに医療機関で治療を始めている」「家族の厳重な監督下に置かれている」「二度としないと誓約書を提出している」といった具体的事情を丁寧に説明します。ポイントは、「犯罪事実は認めるが、刑罰を科すよりも今は改善更生のための支援が適切だ」と訴えることです。単に「寛大な処分をお願いします」と情にすがるだけでは動きませんので、犯罪の性質、依頼者の反省状況、再発防止策の充実などを根拠づけて、「不起訴処分とするのが相当」と論理的に主張します。

大麻事案において検察官の基本姿勢は「違法薬物は厳正に対処すべき」というものです。しかし、昨今は刑法に「改善更生」が刑の目的として明記されるなど(2021年の刑法改正)、再犯防止や社会復帰を重視する時代に変化しつつあります。初犯の個人的使用であれば社会に与えた直接的被害はないケースも多いことから、「刑罰よりも指導や治療で更生を図る方が社会のためにもなる」という観点を示せば、起訴猶予の可能性は出てきます。

なお、窃盗など他の軽微事件では、罰金刑で済む場合に正式起訴を避け略式手続(書面審理で罰金刑)とされることがあります。しかし大麻取締法違反の場合、法定刑に罰金のみの規定がなく拘禁刑が中心であるため、略式手続(略式起訴)は制度上原則として適用されません。したがって、起訴されると公開の刑事裁判を経て拘禁刑(執行猶予付きが多い)の判決を受けることになり、前科もついてしまいます。これを避けるには、不起訴処分(起訴猶予)を獲得するしかありません。

検察官との交渉では、これまでに整えた有利な資料を提出します。医師の診断書、依存症プログラム修了証明、反省文、家族の嘆願書など、依頼者の改善更生の見込みを裏付ける客観的な証拠は強力です。また必要に応じて検察官面談に依頼者本人を同席させ、直接謝罪と決意を述べる機会を持つことも検討します。弁護人は法律上の理屈だけでなく、「この依頼者は大丈夫だ」という信頼を検察官に与えられるよう働きかけます。

8、公判弁護(起訴された場合)

上述のように弁護活動を尽くしても、残念ながら起訴(正式裁判)されるケースもあります。特に、依頼者に前科がある場合や、押収量が多い場合、あるいは捜査段階で逮捕・勾留されてしまった場合などは、検察官が起訴を選択する傾向が強まります。起訴猶予が得られなかった場合、弁護活動の重心は公判での情状弁護に移ります。

公判では、まず保釈の請求を検討します。身柄拘束中であれば、公判準備と平行して早期に社会復帰させるため保釈許可を求めます。既に在宅のまま起訴された場合でも、起訴後に身柄を拘束されるおそれがないか注意します。通常、在宅送致→在宅起訴であれば身柄拘束はされませんが、起訴後に罪証隠滅などの理由で勾留請求される可能性もゼロではありません。現実的には、ストレスからの再犯リスクがあり、弁護人としてはこの点に注意を払います。

公判での弁護方針は、証拠開示を受けてから個別具体的に検討します。仮に争える余地があれば無罪を主張することもありますが、初犯の大麻所持・使用事案では現行犯押収や鑑定結果が揃っていることが多く、事実関係自体を争うケースは稀です。そこで主として量刑(刑の重さ)を軽くする弁護を尽くすことになります。具体的には、依頼者が深く反省していること、再発防止策に取り組んでいること、社会的制裁(職場を解雇される等)を既に受けていること、家族や周囲のサポートが確立していること――こうした事情を丁寧に主張立証し、裁判官に情状酌量を訴えます。初犯の大麻所持であれば前述のとおり通常執行猶予付き判決が見込まれます。検察側が実刑(直ちに刑務所に行く刑)を求めてきた場合でも、弁護側は執行猶予判決が相当との意見を述べ、判決に反映してもらうよう努めます。「社会内で更生させた方が適切である」という点は公判でも強調し、裁判官の心証形成を図ります。

なお、公判に至った場合でも証拠の適法性については引き続き検討します。違法収集証拠があれば排除を求め、公平な裁判を保証します。前述の強制採尿手続の違法の問題などは、公判で違法主張を行い無罪を争うことも理論上は可能です[7]。もっとも、実際には有罪は受け入れた上で情状を争うケースが多い点は依頼者にも説明します。

9、報道対応・発表回避について

社会的地位のある方や会社員・公務員の方の場合、警察による報道発表やニュース報道を強く恐れられることが多いです。本件では「在宅事件」ですので、逮捕さえ避けられれば新聞やテレビに氏名が公表される可能性は低くなります。警察は通常、逮捕した事案について記者発表を行いますが、逮捕しない在宅捜査の事案はそのまま発表しないケースも多いです。したがって、まずはここまで述べたように逮捕を回避することが何より重要です。そして必要に応じて、弁護人から警察に対し「本件は社会的に公表する必要のない事案であり、報道発表は控えていただきたい」との趣旨で上申書を提出することもあります。特に依頼者が勤務先に知られたくない場合や、公表されれば回復困難な損失を被る場合には、そうした働きかけも検討します。警察も絶対に発表しないと約束してくれるわけではありませんが、弁護人が付いていることで安易な実名報道は避けられる傾向があります。

また、万が一起訴され公開の裁判になった場合でも、事件が小規模であれば大きく報じられる可能性は高くありません。ただし公判ともなれば傍聴や記録閲覧は公開情報ですので、記者が傍聴する可能性はあります。そこで公判に至らせない(不起訴にする)のが最善なのはいうまでもありません。弁護人としても、依頼者やご家族の名誉を守るため、 秘密保持 には最大限配慮しつつ手続きを進めます。仮に取材等があった場合でも、依頼者側のプライバシーに配慮した対応を検討します。

【告知】季刊刑事弁護121号に「警察の報道発表回避(実名報道回避)のための弁護活動」が掲載されます

10、まとめ

以上が、初犯・在宅の大麻所持・自己使用事件を受任した場合の一般的な弁護要領です。大麻規制の厳罰化により従来以上に慎重な弁護対応が必要な領域ですが、適切に対処すれば処罰の回避 もありえる分野です。依頼者の方にとって最善の結果(不起訴処分・前科なし)を得るため、私は最新の知見をアップデートし続けながら弁護活動に取り組んでいます。本記事の内容は標準的な一例であり、事案ごとに対応は異なりますが、少しでも参考になれば幸いです。大麻事件でお困りの方は、早めに刑事弁護に精通した弁護士へご相談いただくことをお勧めします。依頼者の更生と社会復帰に向けて、私も全力でサポートいたします。どうぞ安心してご相談ください。

【参考文献】
(令和5年麻薬取締法改正関係)
太田達也「大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の改正について」罪と罰61巻2号・通巻242号(令和6年3月)86-107頁
藤本哲也「犯罪学の散歩道 341「大麻取締法及び向精神薬取締法の一部を改正する法律」の概要」月刊戸籍時報令和6年7月号(通巻855号)103-107頁
衆議院法制局「弁護士のための新法令解説(第504回)大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律(令和5年法律第84号)」自由と正義2024年10月号41-46頁
城祐一郎「誌上講義第64回 大麻取締法等の改正などをめぐる諸問題」捜査研究2025年1月号(893号)19-50頁
(旧・大麻取締法関係)
古田佑紀・齊藤勲編『大コンメンタールⅡ薬物五法〔大麻取締法〕』(青林書院,1996年8月)
「大麻事犯の捜査要領について述べなさい」(KOSUZO SAITAMA 2023年2月号)77-79頁
(薬物犯罪一般)
村上尚文『麻薬・覚せい剤事犯に関する裁判例』(立花書房,1975年11月)
村上尚文『麻薬・覚せい剤犯罪-解釈と実務』(日世社,1975年11月)
最高裁判所事務総局編『麻薬・覚せい剤等刑事裁判例集』(法曹会,1979年9月)
司法研修所編『特別刑法の解釈上の諸問題-覚せい剤取締法-』(法曹会,1980年6月)
飛田清弘ほか『覚せい剤事犯とその捜査』(立花書房,1981年8月)
警察庁保安部薬物対策課編『覚せい剤・麻薬事犯捜査の手引』(警察庁保安部薬物対策課,1983年1月)
神奈川県警察覚せい剤事犯捜査研究会編『部内用 覚せい剤事犯捜査演習』(東京法令出版,1986年7月)
宮川一三『覚せい剤犯罪捜査の実務』(日世社,1990年12月)
最高裁判所事務総局編『麻薬・覚せい剤等刑事裁判例集(続)』(法曹会,1992年7月)
飛田清弘ほか『改訂 覚せい剤事犯とその捜査』(立花書房,1992年10月)
安西温『改訂 特別刑法〔3〕薬事・医事・公衆衛生・畜産』(警察時報社,1993年2月)
古田佑紀ほか『麻薬特例法及び薬物四法改正法の解説』(法曹会,1993年5月)
古田佑紀・齊藤勲編『大コンメンタールⅠ薬物五法〔麻薬及び向精神薬取締法〕』(青林書院,1994年4月)
古田佑紀・齊藤勲編『大コンメンタールⅠ薬物五法〔麻薬等特例法〕』(青林書院,1994年4月)
古田佑紀・齊藤勲編『大コンメンタールⅡ薬物五法〔あへん法〕』(青林書院,1996年8月)
古田佑紀・齊藤勲編『大コンメンタールⅡ薬物五法〔覚せい剤取締法〕』(青林書院,1996年8月)
吉松悟『麻薬特例法違反事件の捜査・処理上の諸問題(報告書第87集第2号)』(法務総合研究所,1999年12月)
最高裁判所事務総局刑事局監修『薬物事件執務提要(改訂版)』(法曹会,2001年6月)
藤永幸治編集代表『シリーズ捜査実務全書8 薬物犯罪(第2版)』(東京法令出版,2006年8月)
松田昇ほか『新版 覚せい剤犯罪の捜査実務101問〔改訂〕』(立花書房,2007年6月)
薬物事犯捜査研究会編著『薬物事犯捜査必携 三訂版 第1編 薬物取締基本法令等』(東京法令出版,2011年3月)
薬物事犯捜査研究会編著『薬物事犯捜査必携 三訂版 第2編 捜査書類』(東京法令出版,2011年3月)
薬物事犯捜査研究会編著『薬物事犯捜査必携 三訂版 第3編 質疑回答』(東京法令出版,2011年3月)
小森榮『もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術』(現代人文社,2012年6月)
北海道警察本部刑事部組織犯罪対策局薬物銃器対策課編著『四訂版 覚醒剤事犯捜査のためのQ&A~迷わないための139~』(東京法令出版,2016年12月)
金井洋明「知人の覚せい剤取締法違反事件についての証拠隠滅事件の処理要領」捜査研究2017年3月号(795号)60-68頁
東京弁護士会期成会明るい刑事弁護研究会編『入門覚せい剤事件の弁護(改訂版)』(現代人文社,2018年2月)
内藤惣一郎ほか編著『覚せい剤犯罪捜査実務ハンドブック』(立花書房,2018年9月)
(薬物事犯捜査の適法性)
細谷芳明「判例から学ぶ捜査手続の実務 特別編①」(東京法令出版,2015年8月)
細谷芳明「判例から学ぶ捜査手続の実務 特別編②」(東京法令出版,2016年8月)
山口崇「実務刑事判例評釈[Case306]東京高判令元.6.25 薬物使用の疑いのある被疑者が職務質問に応じず,場所を移動したため,警察官がこれに同行し, この間,警察官が, タクシーに乗り込もうとする被疑者を制止した点,駅において電車に乗ろうとして改札を通過する被疑者を制止した点について,違法であるものの,令状主義の精神を没却するような重大なものではないとして,尿の鑑定書等の証拠能力を認めた事例(上告中)>>判例タイムズ1472号124頁」警察公論2020年11月号85-95頁
小林秀親「実務刑事判例評釈[case307]東京高判令元.7.16 尿の鑑定書の証拠能力が否定された事例」警察公論2021年1月号86-95頁
(薬物所持・使用の故意)
細野正宏「実務刑事 判例評釈(case 271)東京高判平28.12.9 尿中から覚醒剤成分が検出されたことはその者が自らの意思で覚醒剤を摂取したことを強く推認させる事実であるが,尿中から覚醒剤成分が検出されたことのみに基づいて自らの意思で覚醒剤を摂取したことを認定するには,その者の生活状況や前記推認を妨げる特段の事情に関する慎重な検討が必要であるとし,被告人が自らの意思によって覚醒剤を摂取したとするには合理的な疑いがあるとされた事例(確定)>>判例時報2332号109頁」警察公論2017年10月号86-95頁
大西直樹「覚醒剤の自己使用事案における故意の認定」警察学論集70巻11号(2017年11月号)155-174頁
合田悦三「覚せい剤営利目的輸入罪における故意(知情性)の認定について」警察学論集70巻12号(2017年12月号)52-75頁
染谷武宣「54 薬物事犯における「薬物の認識」」植村立郎編『刑事事実認定重要判決50選(下)《第3版》』(立花書房,2020年3月)
杉山慎治「55 薬物事犯における「使用」の認識」植村立郎編『刑事事実認定重要判決50選(下)《第3版》』(立花書房,2020年3月)
山﨑純「実務刑事判例評釈[case313]名古屋高判令2.2.13 覚醒剤自己使用の事案において,故意が認められないとして無罪を宣告した原判決に対し,尿から覚醒剤成分が検出された事実から覚醒剤使用の故意が強く推認されるとし,その推認を妨げる特段の事情として被告人の弁解の信用性を検討した上で,特段の事情は認められないとして原判決を破棄した事例>>公刊物未登載」警察公論2021年7月号87-95頁
明照博章『薬物事犯における故意犯の成否』(成文堂,2024年2月)