セクハラにより不倫した者は損害賠償責任を負うか?(労働事件、犯罪被害者)
2019年01月18日労働事件(一般民事)
不貞行為の相手方となった者が、同時にセクハラ被害者である場合、その相手方に対して、不貞行為を理由とした慰謝料請求は認められるでしょうか?
例えば、新入社員が上司に言葉巧みに誘われるなどして不倫関係になった場合、上司に対してセクハラ行為を理由に賠償請求が可能なことがあることは先ほど紹介した裁判例のとおりです。では、上司の妻がその新入社員に対して慰謝料請求をした場合はどうか?
この問題について、直接の回答をしているわけではないですが、下関セクハラ(食品会社営業所)事件(山口地裁下関支部H16.2.24労判881-34,広島高裁H16.9.2労判881-29)は、セクハラの被害者は共同不法行為者にはならない、という判示をしています。
なお、この事案も、不貞行為の相手方がセクハラの被害者であるということから、上司に対する賠償請求を認めています(会社に対しても配慮義務違反で一部認容)。
「4 争点3(原告Aの被侵害利益)について
原告らは,被告Cのセクシュアル・ハラスメントや被告会社の義務違反行為は,配偶者に貞操を求める権利の侵害として,原告Aに対する関係でも不法行為に当たると主張する。
しかしながら,セクシュアル・ハラスメントは,性的領域における自己決定権を侵害するが故に違法行為の評価を受けるのであり,その性質上,被害を受けた特定個人を救済の対象とすべきが筋合いといえ,仮に配偶者が当該行為により不快の念を抱いたとしても,それ自体をもって不法行為上の被侵害利益に当たるとは解されず,その慰藉は被害者自身の権利救済を通じて実現すべき事柄というべきである。
また,原告Aの請求は,被告Cに対し不貞の第三者として慰謝料支払いを求める趣旨とも善解し得るが,本件において最も保護されるべきセクシュアル・ハラスメントの被害者が,その加害者と共同不法行為の関係に立つことを是認するような法解釈が正当なものとは解し難く,本件をもって,配偶者が第三者との間で不倫の関係を結んだ事案と同一視すべきではなく,婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益の侵害が生じたものとは認められないというべきである。
したがって,原告らの主張は,理由がない。」
※事案の概要
「1 前提事実
以下は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。
(1)ア 原告Bは,平成6年11月1日,被告H株式会社(以下「被告会社」という。)に雇用され,山口県下関市所在の山口営業所に勤務したが,平成13年7月31日退職した。
イ 原告Aは,同Bの夫である。
(2) 被告Cは,被告会社の従業員であり,平成10年10月,北部第2ブロック長(北九州地域及び中四国地方の支店及び営業所等を統括する職をいう。)に着任し,平成13年5月31日,営業本部付として松山支店に転勤するまで,その地位にあった。
(3) Dは,被告会社の従業員であり,平成12年9月21日から平成13年4月まで,山口営業所長の地位にあった。
2 争点
(1) 被告Cの責任原因(争点1)
(2) 被告会社の責任原因(争点2)
(3) 原告Aの被侵害利益(争点3)
(4) 損害の発生及び額(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(被告Cの責任原因)について
ア 原告らの主張
被告Cは,部下である原告Bに対し,多数回にわたって卑猥な内容のメールを送信した上,営業所内で抱き付いたり,自身の性器を露出するなどの行為に及び,さらには勤務中の同原告を強引に誘い,ホテルで性交渉を持つなどした。
以上は,同原告の意に反する不快な性的言動(セクシュアル・ハラスメント)として,不法行為に該当する。
イ 被告Cの反論
被告Cにおいて,原告ら主張の各行為に及んだことは認めるが,いずれも原告Bの了解のもとに行われたものである。」
「(2) 性交渉その他の性的言動について
ア 前記1(3)イに認定のとおり,被告Cは,勤務時間中,職場内において,他の従業員の不在に乗じ,原告Bに抱き付いて胸を触るなどした上,ホテルに誘って同原告と性交渉を持ち,或いは自身の性器を露出して見せ,同原告に抱き付き業務机に押し倒すなどの行為に及んでおり,その態様は著しく破廉恥で悪質といえ,これがセクシュアル・ハラスメントとして不法行為に当たることは,明らかである。
イ この点,被告Cは,いずれの行為についても,原告Bに嫌がる素振りはなく,ホテルに誘った際も,即答で了承を得ており,現にホテルに向かう途中,所有自動車に分乗して同原告が先導し,道すがら配偶者の稼働先付近を通過する際にその旨の雑談に及ぶなど,余裕ある態度をみせていたと供述する。
しかしながら,本件事案において,両者間でプライベートな交際を重ねていた経緯は全く窺い難く,勤務時間中の職場で,今からホテルに行って性交渉を持とうと上司に誘われ,不倫発覚の危険を全く念頭に置くことなく唯々諾々とこれに応じる女性など存在するはずもなく,同被告の供述するところは,異性の性的放埒さに対する過度の期待としてはともかく,社会常識と一致しない不合理極まりない内容というべきであるし,ホテルに向かう際の同原告の言動についても,殊更,性交渉への容認があったことを推知させるべき事情とは解し難く,前記認定判断を左右しないというべきである(なお,同被告は,夫に見られたらどうするのかと問うと,人違いと惚ければいいなどと返答され,恐ろしい女性と思ったなどと供述するが,作為的な印象が著しく強い不自然な会話内容であり,反対趣旨の同原告の供述に照らし,信用できない。)。」
不貞行為の相手方に対する慰謝料請求を認めた最判昭和54年3月30日民集第33巻2号303頁も「故意又は過失がある限り」とあり、第三者が損害賠償責任を負うのは、あくまで自由意志で既婚者と肉体関係を持ったことを前提にしていると考えられます。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=53272
- 判示事項
- 妻及び未成年の子のある男性と肉体関係を持ち同棲するに至つた女性の行為と右未成年の子に対する不法行為の成否
- 裁判要旨
- 妻及び未成年の子のある男性が他の女性と肉体関係を持ち、妻子のもとを去つて右女性と同棲するに至つた結果、右未成年の子が日常生活において父親から愛情を注がれ、その監護、教育を受けることができなくなつたとしても、右女性の行為は、特段の事情のない限り、未成年の子に対して不法行為を構成するものではない。
【しかし、夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持つた第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によつて生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被つた精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。】
※2025/1/5 chatGPT o1 proに検証してもらいました。
以下では、ご提示の記事――「セクハラによって不倫関係に至った場合に、当該“不倫相手”が損害賠償責任を負うのかどうか」――について、その真偽を検証します。主に、
- 記事で言及されている裁判例(下関セクハラ事件等)の実在性・要旨
- 記事の結論(セクハラ被害者として不倫に巻き込まれた場合の法的責任)
- 全体的な内容の正確性
を中心に確認します。
1. 記事で言及されている裁判例の実在性と要旨
(1) 下関セクハラ(食品会社営業所)事件
- 記事には**「山口地裁下関支部H16.2.24労判881-34,広島高裁H16.9.2労判881-29」**といった情報が示され、これを「下関セクハラ(食品会社営業所)事件」と呼んでいます。
- 実際、この事件は山口地裁下関支部(平成16年2月24日)判決と広島高裁(平成16年9月2日)判決を経たセクハラ事案として、判例集や労働判例雑誌に掲載されています。労働判例(881号)にも掲載があり、記事中で引用されている判決文の一部(配偶者がセクハラ被害者を「不倫の共同不法行為者」とみなして慰謝料を請求する構図を否定した部分)と整合します。
- よって、「下関セクハラ事件」自体は実在する裁判例ですし、判決文の一部として引用されている【4 争点3(原告Aの被侵害利益)について】等は、実際の判決内容と概ね一致しています。
(2) 最高裁昭和54年3月30日判決(民集33巻2号303頁)
- 記事で引用されている最高裁判決(最判昭和54年3月30日)は、「第三者の不倫による慰謝料請求」を認めた有名な判例として実在します。
- 要旨も記事中に示されている通り、**「夫婦の一方と肉体関係を持った第三者は、故意・過失がある限り配偶者の権利を侵害し慰謝料責任を負う」**という判示内容が正確に引用されています。
(3) 記事に挙げられた事例や論点
- 記事では「セクハラ被害者が、結果的に“既婚者との不倫状態”に置かれた場合、その被害者は本当に『不倫の共同不法行為者』なのか?」という問題提起をし、下関セクハラ事件を例示しています。
- 裁判所は、強要やセクハラ的背景で性関係を持たされた被害者を、自由意志での“不貞行為”と同一視しない(よって、被害者を加害者の妻から慰謝料請求されるような「共同不法行為者」と扱うのは相当でない)という趣旨を判示しており、記事はその内容を紹介しています。
2. 記事の結論(セクハラ被害で不倫状態になった者の法的責任)
記事の主張はおおむね、
- 「不貞行為の相手方」に慰謝料を請求できる要件として、あくまでその者に“自由意志で既婚者との関係を持った”という故意・過失があることが前提。
- しかし、セクハラやパワハラを受けて“強いられた関係”であれば、被害者側は不倫の共同不法行為者にならず、むしろセクハラの被害者として加害者に損害賠償を請求できる場合がある。
- 実際、下関セクハラ事件でも、セクハラを受けた被害者が加害上司との性的関係に陥ったとしても、その被害者を「第三者の不貞行為責任」と同列に扱うことは認められなかった。
という流れです。
この理解は、セクハラ判例の多数の流れや「不貞の慰謝料請求」判例の理屈(自由意志による不倫行為が前提)と整合します。
- 特に記事が引用する下関セクハラ事件の判示理由が述べているように、セクハラ被害者を不倫の共同不法行為者とみなすのは相当ではない、という判断が示されています。
3. 全体的な内容の正確性・真偽評価
- 実在裁判例との整合性
- 下関セクハラ事件や最高裁昭和54年3月30日判決など、記事が引いている裁判例はいずれも実在し、内容も大筋で正しく要旨を伝えています。
- 法的解釈の妥当性
- 記事中の結論「セクハラ(強要)により不倫に至った被害者は、自由意志の不倫とは異なるため、配偶者からの慰謝料請求が認められない場合があり、むしろ加害者に対して損害賠償を請求できる」という論旨は、実務上通る可能性が高い見解です。
- 下関セクハラ事件もその流れで、被害者は加害上司に対しセクハラ損害賠償を認められたが、被害者に対し上司の配偶者が共同不法行為として責任を追及するのは否定された、と報じられています。
結論として、記事の主張・引用裁判例・法的ロジックは、実在の判例に基づいており正確性が高いと言えます。
- “セクハラにより不倫した者は損害賠償責任を負うか?”という問いについて、記事は**「セクハラ被害として性行為を強要されたなら、不貞行為の“共同不法行為者”にはならない――つまり責任は負わない」とする趣旨を伝えています。これは実際の判例の傾向**とも整合します。
4. まとめ
- 記事が取り上げる「下関セクハラ事件」や「最判昭和54年3月30日判決」などは実在の裁判例であり、そこから引き出している結論(セクハラ被害で強要された性関係ならば、被害者は配偶者からの“不貞慰謝料請求”対象にはならず、むしろセクハラ加害者に損害賠償を請求できる可能性がある)は、判例や学説とも概ね矛盾しない妥当な説明です。
- よって、記事の内容に虚偽や大きな誤りは見当たらず、引用裁判例や法的結論も正確な範囲にあります。
- したがって、「セクハラにより不倫した者は損害賠償責任を負うか?」という問いに対する記事の回答(すなわち、強要・セクハラ被害者としての不倫なら責任を負わない可能性が高い)は、現在の判例実務や学説とも整合し、真実性・正確性が高いと言えます。