盗撮目的を隠して公衆浴場を利用した者に、建造物侵入罪は成立するか
2021年08月14日読書メモ
同性の裸を撮影する目的でビデオカメラを隠しもって入浴したような事例で、迷惑行為防止条例違反(軽犯罪法違反)に加えて、建造物侵入罪が成立するかということが問題になります。
この点に対する回答は、「理論上は成立する」というものになります。最高裁平成19年7月2日決定は次のとおり判示しています。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=34887
判示事項
1 現金自動預払機利用客のカードの暗証番号等を盗撮する目的でした営業中の銀行支店出張所への立入りと建造物侵入罪の成否
2 現金自動預払機利用客のカードの暗証番号等を盗撮するためのビデオカメラを設置した現金自動預払機の隣にある現金自動預払機を,一般の利用客を装い相当時間にわたって占拠し続けた行為が,偽計業務妨害罪に当たるとされた事例
裁判要旨
1 現金自動預払機利用客のカードの暗証番号等を盗撮する目的で現金自動預払機が設置された銀行支店出張所に営業中に立ち入った場合,その立入りの外観が一般の現金自動預払機利用客と異なるものでなくても,建造物侵入罪が成立する。
2 現金自動預払機利用客のカードの暗証番号等を盗撮するためのビデオカメラを設置した現金自動預払機の隣にある現金自動預払機を,あたかも入出金や振込等を行う一般の利用客のように装い,適当な操作を繰り返しながら,1時間30分間以上にわたって占拠し続けた行為は,偽計業務妨害罪に当たる。
もっとも、私の経験上、建造物侵入罪は立件されていません。その理由は2つ考えられ、ひとつは「盗撮目的での侵入」というのが自白以外では認定しにくいという点、もうひとつは立ち入り態様が平穏で他の一般客と変わりが無い場合に内心だけで処罰することにならないか、という点だと思います。立ち入った時点で建造物侵入罪が成立することになるからです。警察実務で活用されている文献にはこのような記述があります。
福岡県警察本部刑事部刑事総務課法令研究会『警察官のための捜査実務質疑応答集〔全訂版〕』(東京法令出版,2010年3月)
【不正目的での立入りは、包括的承諾の範囲内とはいえないので、その時点で、建造物侵入罪が成立することも考えられる。しかし、万引き目的でのデパートへの立入りにつき、立入りの態様が、通常の買い物客と何ら変わらない平穏なものであれば、推定的承諾が認められるともいえる(『大コンメンタール刑法第7巻」295頁) ことから、デパートに不正な目的(盗撮)で立ち入った時点で同罪の成立を肯定するには疑問の余地がある。】
もっとも、理論上は成立するので、立件されている事例も存在すると思います。
なお、近時の文献では、管理権者の同意があった場合でも建造物侵入罪が成立するというものもあります。もっとも、これも理論的には、ということでしょう。実務上は、男性が女子トイレに侵入したような場合に、トイレに侵入した時点で建造物侵入罪の成立を認めています。
佐久間修・橋本正博編『刑法の時間』(有斐閣,2021年4月)
【Case4 A大学の学生であったXは, A大学構内の講義棟のトイレ(管理権者はB学長)に小型カメラをしかけて盗撮をしようと計画した。ある日, Xは盗撮用の小型カメラをかばんにかくし持って,他の学生に交じって,警備員Cにたいしてあいさつをして(もちろん盗撮目的はかくして)大学の正門を通りぬけた。その後,講義棟のトイレに向かい, だれもいない間に小型カメラを設置した。
住居権者や管理権者が,立入りを許可していた場合には侵入とはいえません。Case4の場合, Xは管理権者Bから雇われた警備員Cの同意を得て講義棟に立ち入っていますので,建造物に侵入したとはいえないことになりそうです。しかし,警備員Cによる同意は無効だといわざるをえません。なぜなら, Xがトイレで盗撮をする目的を有していることを, Cがもし知っていれば, Xの立入りを許可しなかったであろうといえるからです。そのため, Cの同意は無効となり, Xには建造物侵入罪が成立することになります。】