盗撮事件弁護要領
このページでは、私が盗撮事件を受任した場合の一般的な弁護要領について説明いたします。但し、事案により対応は異なりますので、これは一例ということでご理解ください。
以下の文章は、公共の場所などでスカート内の下着を撮影したという典型的な事例の説明です。
弁護活動は捜査の流れを踏まえて行わなければいけません。そこで、私の把握している福岡県迷惑行為防止条例違反(盗撮)の一般的な捜査手順を記載しながら、弁護活動の方針を記載します。他の地域でも概ね同じ手順になると思います。なお、福岡県の場合、2019年6月1日から住居等の私的空間での盗撮行為も処罰対象となっています。
1.捜査の端緒
〈捜査側〉
捜査の端緒は大半が現行犯です。目撃者に見つかって取り押さえられるというパターンが多いです。もっとも、防犯カメラから特定されて後日自宅捜索されたというパターンもあります。
また、報道をみると、現場で逃亡した事例などで逮捕状が請求され、後日になって逮捕されることも多くなっています。
なお、取り押さえられても、被害届が出されなかったことから、警察署で説諭を受け、映像を消して、身元引受人を呼ばれて、反省文を書かされるだけで終わるというパターンもあります。
〈弁護側〉
弁護士に相談が来るのは、自白して携帯電話を任意提出したことから、逮捕まではされなかったという事件が多いです。
もっとも、時には現行犯逮捕されてそのまま釈放されず、警察から連絡を受けた家族から相談が来るというパターンもあります。
盗撮事犯では逮捕まではしないことが多いですが、現場から逃走したり、その場でSDカードを破壊するなどしたりした場合には現行犯逮捕され、そのまま釈放されないこともあります。
なお、トイレや更衣室内にカメラを設置していた事例でも、現行犯逮捕がされることがあるようです。
逮捕されている場合は身体拘束からの解放をまず目指すことになります。記事末尾の「依頼後の流れ(身柄拘束事件)」をご参照ください。
まず、ご本人に当日の出来事、気がついたこと、押収された物品、余罪の有無といったことを細かく聞くところから始めます。
盗撮行為を否認している事件であれば、どのような外観からご本人が盗撮行為をしていると疑われたのか、という点も詳しく聞きます。着衣の上からの無断撮影行為のように、状況によってはいわゆる下着等の「盗撮行為」として処罰されなくても、「卑わいな言動」として処罰されることもあります。そこも踏まえての聞き取りが重要です。
また、ご本人の身上・経歴についても聞き取ります。ここは聞かない弁護士も多いのですが、警察は必ず聞いているところです。ご本人の更生に向けても聴き取っておくべきところですので、特段の事情がない限り私は聞いています。
これらの聴き取りを踏まえて、以後の方針を定めます。
可能であれば示談交渉にも早期に着手しますが、被害者が不明ということもしばしばあります。「7.送検後」に示談交渉については記載していますのでご確認ください。
2.捜索・押収
〈捜査側〉
現場で取り押さえられた場合、撮影に使用した機械の提出が求められます。併せて、自宅にあるパソコンなどの提出が求められることも多いです。スマートフォンは任意提出を求められます。
これらは任意提出なので、理屈上は拒絶できますが、捜索・押収や現行犯逮捕を避けるためその場で応じてパスワードを教える人が大半です。
パスワードを教えない人については、検証許可状をとって解析に回すということもあるようです。解析されてしまったという話も聞いています。
提出したスマートフォンなどに映像がない場合、改めて家宅捜索がされることもあります。
〈弁護側〉
家族に事件のことは発覚していないという場合、ご本人が希望することとしては捜索を回避することです。もっとも、これは、簡単な話ではありません。
ご本人と協力して自宅の写真や、証拠の写真を撮影し、捜査報告書のような形でまとめて証拠を任意提出します。もちろん、盗撮映像が記録された記憶媒体があれば任意提出します。あわせて、最高裁判所の決定「…差押物が証拠物または没収すべき物と思料されるものである…場合であっても、犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅設損されるおそれの有無、差押によって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押の必要がないと認められるときにまで、差押を是認しなければならない理由はない。」
(最決昭44.3.18刑集23.3.153) を踏まえて、捜索差押すべきでないことの意見書を作成・提出します。ただ、確実に防げるとは限りません。
この時、自らの余罪の証拠を提出することで罪が重くなるのではないかと危惧される方はいます。確かに、それらの証拠が常習性の重大な手がかりとされることはあります。近時の裁判官の文献を引用します。
※〈田邊三保子「痴漢及び盗撮の事案における常習性の認定について」(警察学論集68巻10号132頁)〉
【(3)余罪の存在
余罪の扱いについては、常習痴漢罪と同様、慎重な配慮が必要である。ただ、盗撮行為を行う者は、これまで盗撮した被害者の写真や画像データ等を、自己の所持品、特にカメラ、パソコン、メモリー機器類等の中に保管していることが少なくない。つまり、常習痴漢罪と比較すると、余罪の客観的立証が容易にできるケースが、相対的に多くなる可能性があるわけである。このような証拠が発見された場合には、盗撮行為の常習性をうかがわせる重要な手がかりとなるであろう。】
とはいえ、一方で、一般論として、同種余罪による量刑加重については、それほど影響がないものとされています。理由について述べた代表的な文献から説明を引用します。
※〈増田啓祐「常習性と量刑」大阪刑事実務研究会編著『量刑実務大系第2巻 犯情等に関する諸問題』(判例タイムズ社,2011年10月)146頁〉
【同種余罪も, かつて同様の犯罪行為を行ったという意味において,常習性を推知させる事情ではある。同種前科の場合と同様罪名の同一性, 犯行態様や動機の類似性余罪の数,時期は,常習性の程度を推知させる事情である。
しかし, 同種余罪においては, 同種前科と異なり,処罰により設定されたはずの強い規範を乗り越えたということはできないから, その意味で特に同種前科との比較において、同種余罪があるからといって, それほど高い常習性が推知されるわけではないということはできる。また, 同種余罪は, あくまで起訴外の事実であるから, 同様の犯罪行為を繰り返したという意味において行為責任に影響を及ぼすことはないし,
同種前科と違って刑の感銘力を媒介として行為責任を重くすることもない。主として常習性を介して特別予防の観点から量刑上考慮されるにとどまるものと思われる。このように,同種余罪は,量刑に対してそれほど強い影響力を持っているわけではないと解される。】
一方で、余罪を自白することで、本件以外についても起訴されることもあります。一般的には、現在の実務運用として、被害者が特定されるような職場内盗撮以外では、余罪については特段立件しないことが多いです(但し、本件について立件できない場合、映像データを辿って被害者を特定し余罪を立件することがあります)。しかし、例えば本件の犯行前後にも盗撮行為をしており、それが防犯カメラの映像に映っていたような場合には、被害者を「氏名不詳者」として起訴されることもあります。
そういった事情を説明した上で、ご本人の選択に委ねることになります。今までの経験では、皆様自主的に提出していました。
また、否認事件で、盗撮映像がないということであれば捜索を実施する嫌疑がないことを指摘することになります。この時に具体的に当時の事情を聴き取ることが役に立ちます。捜索を行う場合の嫌疑の程度としては、逮捕の場合に比べて相当低いもので良いとされています。ただ、嫌疑は必要ですので、嫌疑がないことも指摘することに意義があるのです。
※〈刑事訴訟規則〉
(資料の提供)
第百五十六条 前条第一項の請求をするには、被疑者又は被告人が罪を犯したと思料されるべき資料を提供しなければならない。
※〈法曹会『刑事訴訟規則逐条説明第2編 第1章・第2章 捜査・公訴』(1993年12月)63頁〉
【本条1項は,被疑者又は被告人に対する嫌疑の存在に関する資料の提供について定めている。嫌疑の存在が必要であることについては法に明文の規定はないが,憲法35条が令状発付に際して要求している正当な理由の内容をなすものと解され,本項もこれを当然の前提としている。
嫌疑についてはいわゆる疎明で足りると解されているが, その程度については争いがある。通常逮捕の場合と同程度であることを必要とするとの説が存在するけれども,逮捕に関する法199条が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」と規定しているのに対し,本項が「罪を犯したと思料される」と表現を異にして規定していること,一般的には捜索,差押等の方が逮捕よりも法益侵害の程度が低いものと考えられること,実際にも,捜索,差押は逮捕に先行して行われ,その結果得られた証拠が逮捕の疎明資料となることが多いことなどから,逮捕の場合よりも低いもので足りると解される。」
3.被害者への確認
〈捜査側〉
被害者が把握できている場合、被害者に映像を見せて、確認をとります。
また、被害届提出の意向を確認し、被害者の顔が映っていない場合は、当日に着用していた衣服や当日の行動についても確認されます。これは、盗撮されたのが間違いなく被害者ということを確認するためです。
〈弁護側〉
弁護側がこの点について関与することはありません。
4.目撃者や防犯カメラの調査
〈捜査側〉
目撃者がいれば、その調書もとります。被疑者の挙動や、被疑者を発見した後の挙動などです。実況見分が行われることもあります。また、被疑者が映っている防犯カメラの映像が収集されることもあります。仮に犯行の瞬間が映っていなくても、前後の行動を確認する意味があります。被疑者が否認する場合などは、交通系ICカードの履歴なども取得しているようです。その他、被疑者の性癖を確認するためにレンタルビデオ店に対する照会をすることもあるようです。
〈弁護側〉
弁護側としては、基本的にこの点について関与することはありません。もっとも、否認事件であれば、積極的に証拠保全ということで防犯カメラ映像を確保するように警察に働きかけることはあります。
その他、防犯カメラの管理権者に働きかけて映像の提供を受けるということもありえますが、私自身が行った経験はありません。
5.犯行状況再現
〈捜査側〉
被疑者の取調べにおいては、犯行状況の再現がされます。取り押さえられたその日のうちに、現場で、どこで撮影したかなどは確認され、警察署で、警察官やマネキン相手に犯行再現をするように求められます。
これは、はっきりと盗撮映像が映っていない場合なども、「差し向け」で立件することができますが、そのためには下着や通常衣服で隠されている身体等が撮影可能な位置に差し向けられていないといけないからです。
〈弁護側〉
弁護側としては、上記の再現において本来の距離より近い位置で再現されるようなことがないようにあらかじめ被疑者にアドバイスすることになります。
この「差し向け」行為が認められないことから無罪となった裁判例もあります。
※〈福岡地方裁判所平成30年9月7日〉
※〈私による判例解説〉
「手ぶれで下着が映っていない」 盗撮事件で男性に無罪判決が下された理由
6.取調
〈捜査側〉
取調における一般的聴取事項は以下のとおりです。
【○犯行時の人着(服装,所持品及び体格)
○犯行の動機
○被害者との距離及び周囲の具体的状況
○被害者を選定した理由
○具体的な犯行方法(犯行場所・時間等)
○犯行終了後の心情と言動等
等について聴取するほか,
○盗撮に係る器具(カメラ等)の入手経路
○盗撮に係る器具の本来の使用目的,使用回数(例えばカメラ付携帯電話の場合等)
○盗撮の方法,頻度
○盗撮に係る記録の保存の有無(記録媒体の有無数量) ,保存場所
○盗撮に係る記録の活用の有無, その方法】
警察実務研究会『部内用 わいせつ事犯の初動措置要領』(立花書房,2012年1月)36頁
概ね1~2回の取調が行われ、検察官に送致されます。最低でも、1日午前と午後は取調にかかります。弁護士がついて先に陳述書を出しておけば、取調回数が少なくなることもあります。
〈弁護側〉
弁護側としては、あらかじめ「陳述書」という形で供述調書と同じ事項を聞いておきます。その上で、警察に「陳述書」を提出すると、逮捕や捜索の可能性を減少させることにもなりますし、ご本人も記憶の整理や心の準備ができます。ご本人が陳述書作成も精神的に負担が大きいという状況でなければ、私は通常作成しています。
ただ、この書面作成にはコツがありますし、率直に言って手間もかかります。通常は、自白調書を作ることになりますので、弁護側としても後でご本人から供述内容を覆されるリスクがあります。なので作成しない弁護士が大半と思います。
7.送検後
〈捜査側〉
送検後、示談不成立の場合には、検察官から呼び出しがあります。初犯の場合、2時間程度の取調があり、略式請求に同意するという書面に押印を求められます。
罰金は20~30万円程度が相場でしたが、2019年7月1日以後は罰金額の上限が引き上げられたことから、相場が上昇する可能性があります。送検までに示談が成立している場合、呼び出しがなく不起訴となることも多いです。
〈弁護側〉
終局処分がなされる前に被害者と示談交渉を行います。盗撮事件の場合は被害者が誰かわからないことが多く、どうしても警察・検察を通じて連絡をとることになります。しかし、警察は送検まで被害者への連絡を取り次いでくれないということがしばしばあります。その場合は、やむを得ないので送検まで待ちます。示談交渉について別記事を作成していますのでそちらをご覧ください。私のスタンスとしては「示談書」を交わすことにはこだわらない、というものです。その理由は別記事で詳説していますが、端的にいえば、起訴不起訴にあたっては重視されるのは「被害者の意向」であって、「示談」すなわち民事上の賠償が解決したことは副次的な効果しか持たないからです。
示談交渉の結果については、検察官に速やかに報告します。
※〈盗撮事件(迷惑行為防止条例違反)と示談の意義〉
併せて、検察官に面談して、ご本人の更生に向けた努力やご家族の協力について伝えます。クリニックなどに通院したことの資料を出すこともあります。
検察官には、意見書を出して不起訴を求めることもしばしばです。内容としては上記記事にあるような起訴猶予の考慮事項に沿って起訴猶予を求めることもあれば、犯罪が成立しないということで法律解釈を主張することもあります。
8.(補論)被害者不詳の場合
時々、被害者が、気がつかないまま立ち去る、あるいは関わり合いになるのを嫌がって立ち去るというパターンがあります。また、取り押さえられた事件については「差し向け」といえずに犯罪不成立ということもあります。
この場合、警察官は、押収した映像から余罪を調べて、別の被害者を突き止めて被害届を提出させるのが一般的です。
手間がかかるので、職場などわかりやすいところがあればそちらに行くことになります。この際、担当警察官と交渉することで、職場に捜査に行くことを止めてもらえることもあります。
また、もう一つの手法として、被害者不詳のまま立件し、送致するということもあります。
専門用語になりますが、迷惑行為等防止条例は社会的法益が基本的な保護法益といわれており、その地域の住民の平穏な生活を保持することを目的としています。従って、被害者の被害届は立件に必ず必要なものではありません。
※〈盗撮事件、被害者不明、盗撮映像がなくても処罰できるか?〉
このパターンでは、起訴されることも起訴されないこともあり、担当検察官の裁量が働くようです。検察官と交渉して、身元引受人による陳述書なども提出したところ、本人の取調後に不起訴になったという事例もありました。
9.終わりに
このページをご覧になっている方は、どの弁護士に頼もうか悩まれていると思います。あるいは、弁護士に既に依頼しているけど弁護方針に不安があるといったことかもしれません。この記事が何らかのご参考になれば幸いです。
※参考文献
福岡県迷惑行為防止条例逐条解説(2019年5月)
警察実務研究会『部内用 わいせつ事犯の初動措置要領』(立花書房,2012年1月)
執筆者不明『部内用 2訂版 地域警察官が取り扱う軽易な事件捜査要領』(東京法令出版,2012年7月)
警察公論 2018年12月号 「盗撮事犯の捜査」
KOSUZO AICHI 2019年4月号 「愛知県迷惑行為防止条例と盗撮事案の捜査要領」
THE BEST 2021年1月号(976号)「盗撮事案の捜査上の留意事項」
※参考記事
在宅事件の一般的弁護方針
身体拘束事件の一般的弁護方針
自首の一般的手順
【随時更新】私が所持する盗撮(迷惑防止条例)関係文献一覧