須藤明「家庭裁判所調査官の実務-”家裁送致”のその先で-社会調査と心理検査」捜査研究2022年10月号(864号)32頁
2024年02月03日刑事弁護
発達障害のある児童が「盗撮」に走る典型的なパターンのひとつです。成人してからこのパターンがでることもあります。
【中学2年生のA男は、所有していた携帯電話を使って女子高生のスカートの中を盗撮した迷惑防止条例で検挙された。
A男の家庭には、会社員の父、専業主婦の母、小学校5年生の妹がいる。両親の教育関心は高く、それだけにA男の事件に相当なショックを受けていた。A男は成績優秀である一方、友人は少なく、学校でも一人でいることが多かった。家裁調査官の面接では、非行事実、A男の成育歴、家庭環境等が聴取されたが、非行事実に関しては、趣味のパソコンでインターネットを見ているとき、偶然盗撮のサイトを発見し、それからは頻繁にそのサイトを閲覧するようになったという。そこには、バッグにスマートフォンを仕込んで盗撮する方法が紹介されており、本件はそれをまねての犯行であった。成育歴を聴取する中で、A男は幼少時から他者と交わることが苦手で、幼稚園や小学校では一人でいることが多かったこと、興味関心があることとそうでないことがはっきりしており、自分の考えにこだわる傾向があることが分かった。本件についてA男は、「悪いこととは知っていたが、みんながやっていることだったので」と悪ぴれた様子がみられなかった。一方、学校生活では、「勉強はできるが、変わった奴」とみられることが多く、所属している文科系サークルでの友人関係もぎくしゃくしていることが分かった。A男の成育歴や言動から、担当の家裁調査官はA男に発達障害の可能性があると考えた。母親に「A男君は、ちょっと不器用なところがあって、友人関係その他で苦労してきたのではないですか。」と水を向けたところ、母親から小学校低学年の時にスクールカウンセラーから発達障害の可能性を示唆されたことが語られた。】
https://www.tokyo-horei.co.jp/magazine/sousakenkyu/202210/
このパターンの事件について、私は、「まんがでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち」という本をお勧めしています。子どもでも、大人でも、ひとりの対等な人間として向かい合い、裁かず、その人が幸せになるためにはどうすればいいのか考えます。その子が盗撮によりどうして救われたのかも考えて、より現代社会に適合的な解決方法がないか、あるいはストレス源を消せないかを考えます。こうあるべき、という鋳型ありきではなく、一緒に悩んで、祈る、それは付添人しかできないことだと思っています。
マンガでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち
https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594085759
残念ながら、弁護士自身が世間の「倫理」にしばられて、「こうやって注意(非難)しないといけない」「正しい大人として導かないといけない」となることがあります。そして、「認知のゆがみ」が原因だとか、「男尊女卑」が原因だとか、とにかく「悪いもの」を持っているから犯罪をするんだ、とか押し付ける。そうなると子どもは(大人もですが)自己否定をして、「正しい大人が期待する振る舞い」をすることで、その場をやり過ごそうとしてしまいます。これでは問題は潜在化するだけで、解決しないと考えています。
私は、そもそも、盗撮をしてしまう子どもの苦しみに寄り添うことが大事だと考えています。「側溝をみると側溝に入ってしまう」とか「小便器の受けの部分を盗んでしまう」などと本質的には同じで、そうせざるを得ない苦しみがそれぞれありつつも…そこを自分自身でなんでかわからないでいるので、受け止めて一緒に考えて、犯罪という不幸せになることをしないで生きていける方法を考えるのです。悪いことだから犯罪をしない、ではなく、幸せになるために犯罪をしない、ということです。
※2025/1/31 chatGPT o1 proで検証してもらいました。
以下では、須藤明「家庭裁判所調査官の実務-”家裁送致”のその先で-社会調査と心理検査」捜査研究2022年10月号(864号)32頁(以下「須藤論文」といいます)で取り上げられる事例(発達障害の可能性がある少年の盗撮事件)を題材に、(1)付添人弁護士としての活動、(2)犯罪心理学の視点、(3)発達心理学の視点の三点から、当該内容の妥当性や問題点を詳細に検証いたします。あわせて、相談文中で言及のある「まんがでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち」(扶桑社)の趣旨・視点や、付添人弁護士が「子どもの苦しみに寄り添う」活動の意味を踏まえ、総合的に評価を行います。
目次
- 須藤論文の概要と本事例の特徴
1-1. 事例の概略
1-2. 発達障害の可能性に着目した家庭裁判所調査官の実務 - (1) 付添人弁護士としての活動の観点からの検証
2-1. 少年事件における付添人弁護士の役割
2-2. 事例における発達障害の示唆と付添人の対応
2-3. 「非難一辺倒」ではなく「環境調整と支援」を図る視点 - (2) 犯罪心理学の視点からの検証
3-1. 盗撮行為の背景要因
3-2. 情報入手・模倣行動のリスク要因とインターネット
3-3. 発達特性と非行行動への関連 - (3) 発達心理学の視点からの検証
4-1. 発達障害(自閉スペクトラム症等)の可能性と対人スキルの脆弱性
4-2. グレーゾーン・境界知能の子どもが非行に陥るメカニズム
4-3. 本事例の持つ「理解されにくい苦しみ」への支援の必要性 - 「まんがでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち」の視点と、子どもの“苦しみ”への寄り添い
5-1. “裁かず”、幸せになるための方法を共に考える
5-2. 付添人ができる「正しい大人の振る舞い」以上のサポートとは - 総合評価:須藤論文の妥当性と今後の課題
- まとめ
1. 須藤論文の概要と本事例の特徴
1-1. 事例の概略
須藤明氏の論文「家庭裁判所調査官の実務-”家裁送致”のその先で-社会調査と心理検査」では、家庭裁判所調査官が実務として行う社会調査や心理検査の重要性を紹介しつつ、発達障害や境界知能の可能性を視野に入れて子どもの非行・要保護性を多角的に調査する流れを提示しています。その中で取り上げられている事例として、
- 中学2年生のA男が女子高生のスカート内を盗撮した迷惑防止条例違反事案
- A男は家裁送致され、調査官が成育歴・家庭環境・発達障害の可能性を探る
- 本人は学業成績は良いが、友達が少なく、興味のあることとないことが極端にはっきり。幼少時から一人でいることが多い。
- 盗撮方法は「インターネットで偶然見つけたサイトをまねた」ものであり、本人に悪びれる様子が乏しい。
- 母親に話を聞くと、スクールカウンセラーから発達障害を指摘されたことがあるとの情報を得た。
このように、**「成績優秀なのに社会性に困難を抱える子ども(発達障害グレーゾーンの少年)がインターネットの情報をきっかけに盗撮を行った」**という構図が描かれています。
1-2. 発達障害の可能性に着目した家庭裁判所調査官の実務
須藤論文では、家庭裁判所調査官がこうした非行事実を調査する際に、
- 本人・保護者への聞き取り
- 学校からの生活状況報告
- 心理検査(知能検査、性格検査)
- 医療機関受診や専門家の意見聴取
などを通して、発達障害や境界知能をはじめとする潜在的要因を発見し、処遇や支援につなげるという流れが強調されています。
2. (1) 付添人弁護士としての活動の観点からの検証
2-1. 少年事件における付添人弁護士の役割
少年事件において弁護士は「付添人」として、以下のような役割を担います。
- 非行事実の認定・争点整理:少年が誤解されたり、過度に重く扱われないように事実関係を正確に整理する。
- 要保護性の検討:なぜ非行を行ったのか、家庭環境や発達特性はどう影響しているかを見極める。
- 処分(保護処分・不処分等)に対する意見の提出:少年が再非行を防ぐにはどのような環境調整・支援が必要か提案する。
須藤論文で示されているような「家裁調査官が発達障害の可能性を見つけ出す」動きは、付添人弁護士としても非常に重視すべきポイントです。弁護士は、調査官の診断的見立てや家族の話を聞きながら、必要に応じて医療機関への受診を促したり、在宅のまま必要な療育・治療を受けられる体制を整えたりする活動を行うべきだからです。
2-2. 事例における発達障害の示唆と付添人の対応
もしこの事例に付添人弁護士がついていた場合、須藤論文が示すように調査官から「発達障害の疑いがあります」との情報がもたらされたら、付添人は以下のことを検討します。
- 家族に対し、改めて専門機関の受診や検査の必要性を説明し、希望する場合は連携を取る。
- **学校(担任やスクールカウンセラー)**に協力を求め、教育的支援体制や特別支援教育の活用を検討する。
- 本人の「加害性」を一方的に糾弾するのではなく、苦手な社会的コミュニケーションや抑制機能の弱さが非行に結びついた可能性を見極め、適切な対応策を裁判所に提案する。
とりわけ「悪びれた様子がない」ように見えることは、ASD(自閉スペクトラム症)など発達障害の特徴である**「相手の気持ちを想像しにくい」「社会的適切性を判断するのが困難」**といった要因から生じている場合があります。そこを「単に反省が足りない」と判断すると、少年の実態に即した処遇を行えなくなるリスクがあります。付添人は、こうした“表面的に見える態度”の奥にある特性を丁寧に解明し、再犯防止の観点で裁判官・調査官に働きかける必要があります。
2-3. 「非難一辺倒」ではなく「環境調整と支援」を図る視点
須藤論文の事例にあるような発達障害が疑われる少年に対しては、「叱責や道徳的説教」のみでは改善しづらいと言われます。特に盗撮行為のような性非行の場合、「被害者の人権侵害」という重大な違法性は踏まえつつも、一方で再犯防止には特性に合わせた環境調整、心理教育が不可欠です。付添人は、厳しい面と支援的な面を両立しながら活動することが求められます。この点は、須藤論文が取り上げる事例の流れとも整合的であり、妥当性が高いといえます。
3. (2) 犯罪心理学の視点からの検証
3-1. 盗撮行為の背景要因
犯罪心理学的にみると、盗撮行為には以下の要因が関わることが多いです。
- 性的興味・好奇心:思春期以降、強まる性衝動を処理する手段としての盗撮。
- 刺激追求・スリル:犯罪行為に伴う緊張と達成感。
- 学習・模倣:ネット上に氾濫する「盗撮方法」などの情報を吸収し、実行してしまう。
須藤論文の事例は「ネットで盗撮のサイトを見つけ、やり方が紹介されていたのでまねした」という、典型的な“模倣”要素が示されます。少年の発達障害あるいはグレーゾーンという特性が加わると、「ネット情報を鵜呑みにして実行しやすい」「社会的制裁や被害者感情をイメージしづらい」といったリスクが増すと、犯罪心理学的には説明されることが多いです。
3-2. 情報入手・模倣行動のリスク要因とインターネット
犯罪心理学では、インターネットの情報が動機形成を後押しする問題が指摘されています。特に、
- 盗撮手口が具体的に解説されているサイト
- 同好の士が書き込みをする匿名掲示板
などが「自分一人だけがやっているわけではない」という“誤った安心感”を少年に与える危険があります。須藤論文にある事例でも、少年A男が「みんながやっていることだったので…」という認識を持ってしまったことが示されています。犯罪心理学的には、自己正当化や責任感の希薄化を助長する典型例といえます。
3-3. 発達特性と非行行動への関連
発達障害(広汎性発達障害、ADHD、学習障害など)や境界知能を有する子どもは、衝動制御や意欲低下、コミュニケーション障害など、多様な困難を抱える場合があります。とりわけASDスペクトラム傾向のある子は、
- 行動や思考が一つの興味関心に集中しやすい
- 他者の反応(嫌悪感や被害感情)を想像しづらい
- 「やってみたい」という好奇心が抑えられず状況判断が不適切
などの要因から非行リスクが高まるケースがあり、犯罪心理学上はしばしば指摘されるテーマです。須藤論文の事例は、こうした特性が盗撮という性非行に直結した可能性を示し、調査官が医療的アセスメントの必要性を感じたという点において、犯罪心理学的観点からも合理的・妥当だと評価できます。
4. (3) 発達心理学の視点からの検証
4-1. 発達障害(自閉スペクトラム症等)の可能性と対人スキルの脆弱性
発達心理学では、**自閉スペクトラム症(ASD)**などの特性として、以下がよく知られています。
- 社会的コミュニケーションや対人関係の困難
- 興味関心の偏り
- 反復的行動やこだわり
須藤論文の事例では、A男が「勉強はできるが友人関係が少ない」「言動が独特で周囲から浮いている」と描写されており、ASD特有の社会性の脆弱性を想起させます。また、「悪びれない」という態度は、相手の感情を想像できない・適切な社会的反応が取れないことのあらわれの可能性があります。
4-2. グレーゾーン・境界知能の子どもが非行に陥るメカニズム
「まんがでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち」にもあるように、IQなどの数値が一般的な発達障害基準を満たさない場合でも、社会生活の中で重大な困難を抱える子は少なくありません。これを「グレーゾーン」と呼び、家族や学校が特段の支援を行わないまま思春期を迎え、居場所をなくして非行に走ることが指摘されています。
須藤論文に出てくるA男は「成績優秀」とのことでIQが高いかもしれませんが、その一方で対人スキルや社会的視野が狭い可能性があります。つまり「学力は高いが社会適応は未成熟」というアンバランスさが、非行の引き金になるケースは発達心理学上も多々報告されています。
4-3. 本事例の持つ「理解されにくい苦しみ」への支援の必要性
発達障害を抱える子どもは、周囲から**「なんでそんなことをするの?」「反省が足りない」と一方的に責められやすい一方、本人は「なぜ理解されないのか」「どうすればいいか分からない」**という苦しみに囚われやすいです。この状態が続くと、さらに問題行動がエスカレートしたり、隠蔽化したりする悪循環が生じます。
須藤論文が提示しているように、家裁調査官が発達障害の可能性を示唆することで、非行の背景にある苦しみや適応の難しさを早期に把握し、医療・福祉・教育が連携して適切な支援を行う契機となることは、発達心理学的にも極めて妥当なアプローチです。
5. 「まんがでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち」の視点と、子どもの“苦しみ”への寄り添い
5-1. “裁かず”、幸せになるための方法を共に考える
ご相談文で述べられている「まんがでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち」では、知能検査のボーダー付近にいる子どもたちが、学校や社会環境で不適応を起こしやすい事実をマンガ形式で解説しています。そこでは、「悪いから罰する」という観点ではなく、どうしてそのような行動を取らざるを得なかったのかを理解し、環境を調整することを重視します。
須藤論文が提示する家庭裁判所の対応姿勢も、**少年法の「保護主義」**に基づき、少年の成育歴や特性を考慮して「再非行を防ぎ、社会復帰を支援する」方向で動くことになります。つまり、「裁き、処罰」ではなく「支援を提供する」アプローチです。
5-2. 付添人ができる「正しい大人の振る舞い」以上のサポートとは
相談文では、世間の倫理観に縛られて「正しい大人として導かねばならない」となることで、かえって子どもが自己否定に陥り問題が潜在化するリスクが指摘されています。
付添人弁護士としては、
- 非行行為の違法性や被害者感情を伝えるのは必要不可欠である一方、
- 子どもを一方的に非難しない
- 苦しい状況を理解し、子どもが自分の言葉でその苦しみを表現できるよう支援する
という二重の役割を担います。これは、須藤論文に基づく家庭裁判所調査官の姿勢(発達障害を疑い、環境を調整し、再発防止を図る)とも合致し、非常に妥当といえます。
6. 総合評価:須藤論文の妥当性と今後の課題
- 妥当性
- 須藤論文は、家裁調査官の実務として「社会調査」「心理検査」に注目し、特に発達障害の有無を見落とさない点を強調しています。少年非行の背景には多様な要因があることを踏まえ、少年を適切に支援する可能性を提示する内容は、少年法の理念や犯罪心理学・発達心理学的知見とも整合的です。
- 具体的事例として、中学2年生がネット情報を基に盗撮をしてしまい、周囲とのコミュニケーションが苦手であるという典型的な展開を示しており、実務上よく見られるケースをわかりやすく説明している点も評価できます。
- 今後の課題
- 論文内でも示唆されていますが、家庭裁判所調査官だけでなく、付添人弁護士・保護者・学校・医療機関の連携がどれほどスムーズに行われるかが、少年の立ち直りには大きく影響します。
- 発達障害グレーゾーンの子どもの場合、知能検査や医療機関の診断基準を満たさないが故に支援から漏れてしまうリスクがあり、早期に適切な専門家へ繋ぐ仕組みがさらに整備される必要があります。
- 本事例のA男のように、「成績優秀であるが孤立傾向」という子どもは、周囲が「優秀だから大丈夫だろう」と誤認してしまうことが多く、発達障害や対人スキルの困難を見逃しやすい。そこをどう捉えるかが課題です。
7. まとめ
- 須藤論文が紹介する家庭裁判所調査官の実務は、犯罪心理学・発達心理学の見地からみて妥当性が高く、実際に少年法の運用で重要となる社会調査や心理検査の意義を的確に示しています。
- 付添人弁護士の活動としては、この調査官の示唆を踏まえ、発達障害やグレーゾーンの可能性に応じた専門的支援や環境調整を家裁・保護者・学校に提案し、再非行防止や被害者救済を両立させることが肝要です。
- 一方で、単に「子どもを罰して反省を引き出す」だけでは問題が潜在化する懸念があり、「なぜ苦しんでいるのか」「どんな支援が必要か」を子どもとともに探り、共に悩むという関わりが欠かせません。これは相談文で言及のあった「まんがでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち」の考え方にも共通する視点といえます。
結論として、須藤論文で示される事例分析は、付添人弁護士が発達障害や境界知能に配慮して少年を支援していくうえでも極めて有用・妥当な考え方であり、犯罪心理学・発達心理学の知見とも整合的です。むしろ、今後さらに充実すべきは、連携体制の構築や早期発見のシステムであり、付添人弁護士がその橋渡しを担う意味はますます大きいと考えられます。