いわゆる「性的同意」と「不同意わいせつ・性交」の関係について(犯罪被害者)
2024年02月11日犯罪被害者
刑法176条には次の通り書かれています。
第百七十六条 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。
この条文だけではわかりにくいかもしれませんが、実は、近時言われている、性行為の前に「性的同意」を取り付けなさいという話と、刑法の規定にはズレがあります。刑法は「ことば」による「性的同意」があっても処罰されることもありますし、逆に「ことば」による「性的同意」がなくても処罰されないこともあります。「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」で「ことばによる同意があった」としても犯罪は成立します。そもそも、性交は多数回の肉体的接触を伴うものですし、事前に完全に行うことを予定して合意できるわけもないのですから、「ことばによる同意」を完璧にとることは原理的に不可能なのです。その瞬間ごとにお互いが相手に意思を伝えられる関係性があるか、がポイントです。この点は一般の方には良く誤解されています。問題は「拒絶の意思を形成、表明、全うできない」状況そのものなのです。刑事裁判でもそこが見られます。
※木村光江「「性的自由に対する罪」再考」法曹時報76巻1号(2024年1月号)1頁~
11頁
【ここでは、「同意の不存在」そのものではなく、あくまでも客観的にそのような「状態」に陥ることが必要とされている。そのため、外形的に意思に反した性行為とは認められないように見える場合に、後に被害者が「実は、そのときは同意していなかった」と主張したとしても、その主張のみで処罰の可否が判断されるわけではなく、一般人から見て「不同意の意思表明等が困難である事情」が必要となる。「「不同意性交等罪」という見出しではあるが、形式的に「同意」がなければ処罰される規定、あるいは表面的な「同意」さえあれば処罰されない規定ではないのである。】
政府も「性的同意」というだけではなく、「同意しない意思を形成、表明、全うできない関係性を作ったり、利用しての性行為は犯罪になります」と言って、そのような関係性の下でことばによる「性的同意」を取り付けても意味がないことを明示していくべきです。抑圧された状況下では、「ことば」による「性的同意」は容易に取り付けられるからです。そして、その「ことばによる性的同意」をしたことで相手を縛ります(一貫性の原則)。むしろ、「積極的に望んだ」かのような形を取ることすらできます。そのことはほとんどの人が直感的にはわかっているので、「性的同意を取り付けましょう」と主張する人も、じゃあ書面で合意すれば良いかというとそう言わないのだと思います。そこが、男性からすると、「性的同意を取り付けても処罰されるんじゃあ、後で女性との関係が悪化したら『不同意性交をされた』と言われて処罰されるのでは?」となり、これはもっともな疑問だと思います。処罰のポイントは、ことばでの「性的同意」の有無でないのに、「性的同意」の有無であるかのように喧伝されているからです。
また、「同意しない意思を形成、表明、全うできない関係性を作ったり、利用して」はいけないということを強調することとあわせて、誰もが「同意しない意思を形成、表明、全うできない関係性」にされていないか?と自分を振り返ることが大事だと思います。縛られ続けている人は自分が縛られていることに気づかず、「自発的」に望んでいるかのようにすら振る舞うようになります。これは年齢・性別・職業等を問わないことで、「相手の望み」に反することをすると「苦痛」を与えられると学習すると、そのうち「相手の望み」を読み取って「自発的」に行動しようとします。ここでの「苦痛」には「泣き落とし」も含まれます。「自分を拒むなら死んでやる」といった形の「脅迫」は、現行法では刑法上の「脅迫」とはされづらいですが(ストーカー規制法などで立件されることはありえます)、時折見かけます。
なお、男女問わずこの心理操作は可能ですので、当然ながら女性が不同意わいせつ・不同意性交の加害者、男性が被害者となっている事案も多数あると思われますが…これは現状ではまだ「性被害」と認識されづらいので、表面化していないと推測しています。しかし、女性に対するDV事案が取り上げられていくなかで、男性のDV被害が明らかになってきたように、いずれ男性が被害者、女性が加害者の不同意わいせつ・不同意性交も表面化していくでしょう。
※参考
※性的同意と不同意性交(当時は準強制性交)に関する、近時の重要裁判例です。「被害者」が積極的に性交を持ちかけた場合でも準強制性交罪の成立を認めています。
※言語コミュニケーションと、非言語コミュニケーションについて
一般的にいえば、言語コミュニケーション(言葉で気持ちを共有する)は明確ですが、本人が心の中で思っていることとは逆のことを言うこともありますし、人間は自分自身にも嘘をついて心の痛みを誤魔化すので、本人が真意では望んでいなくても「望んでいる」と思い込んでしまうことがあります(拒絶の意思を形成、表明、全うできない)。一方、非言語コミュニケーション(身振りや表情、言動のうち何を言って何を言わないかなどで気持ちを共有する)は、本人の真意を表現しているので言語化できない複雑な感情も含めて伝達することができますが、読み取る側の誤解も生じますし、そもそも読み取れない人もいます(反社会性パーソナリティー障害の人は、読み取った上で、自分の利益のために利用します)。この両者のコミュニケーションはどちらも大事です。言語コミュニケーションのみを絶対視するのも、非言語コミュニケーションのみを絶対視するのもいずれも適切ではありません。
刑法
第百七十六条 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。
A3 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪に関する「暴行」・「脅迫」、「心神喪失」・「抗拒不能」要件の改正は、改正前の強制わいせつ罪・強制性交等罪や準強制わいせつ罪・準強制性交等罪が本来予定していた処罰範囲を拡大して、改正前のそれらの罪では処罰できなかった行為を新たに処罰対象に含めるものではありませんが、改正前のそれらの罪と比較して、より明確で、判断にばらつきが生じない規定となったため、改正前のそれらの罪によっても本来処罰されるべき行為がより的確に処罰されるようになり、その意味で、性犯罪に対する処罰が強化されると考えられます。】
法務省の説明にあるとおり、実は、改正前も改正後も処罰範囲は変わっていません。ただ、改正前の刑法の趣旨を十分に汲み取らない「解釈」により無罪とされてしまうことを防いだだけです。すなわち、改正前の事件であっても、今後立件されて有罪となる可能性は十分ある、ということです。改正前の事件だからといって諦めず、警察に相談することは大事でしょう。