事故現場から立ち去った場合、いつの時点でひき逃げとなるか(東京高判平成29.4.12(判例時報2375・2376号219-234頁))
2026年01月10日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は、公務員ですが、先日、交通事故を起こしてしまいました。深夜に、幹線道路で寝ていた人を気づかずに轢いてしまい重傷を負わせてしまいました。何かを轢いたと気が付いた瞬間、頭が真っ白になってしまいそのまま時速40kmで300mほど走ってしまったのですが、いけないと思い、道路規制に従って、大回りして事故現場に戻りました。警察の話では、現場に戻るまでには3分ほどの時間が空いていたそうです。警察からは「ひき逃げ」と言われているのですが、私は逃げたつもりはないです。事故現場から立ち去った場合、いつの時点でひき逃げとなるのでしょうか。
A、ケースバイケースで判断されますので、捜査段階から弁護士に依頼すべきです。東京高判平成29.4.12は「救護義務及び報告義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する」としています。事故後のパニックでその場をそのまま立ち去ったからといって、必ず救護義務・報告義務違反が成立するわけではありません。
【解説】
この問題について、東京高判平成29.4.12は「救護義務及び報告義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する」としています。そのため、具体的に事案によって結論は異なりますし、事案によっては「人の死傷」の認識が事故直後に生じたとはいえないこともあり得ます。すべてケースバイケースとなりますので、事故後の行動を綿密に分析しないといけません。捜査段階から弁護人をつけて、意見書の提出といった弁護活動をしてもらうべきだと思います。
松尾誠紀「自動車運転者の救護義務・報告義務の履行とは相容れない行動と道路交通法違反の罪」平成30年度重要判例解説162-163頁
【猶予の範囲は,救護義務が問題となる場合でも状況に応じて異なる。例えば,交通事故発生の認識時点が事故現場であるならば,履行すべき義務の内容が,被害者に対する直接的な救護措置のほか, 道路状況に応じた危険防止措置など多数に及び, なすべき行為が多い分,猶予の範囲も小さくなる。これに対し,交通事故発生の認識時点が時間的場所的に事故現場から離れている場合には,認識するまでの間に他者による救護活動等が行われることがあるため,事故現場への引き返しが遅れてもそれが救護活動等に与える影響が少なくなる。その結果,猶予の範囲が大きくなる。
本件の場合。交通事故発生の認識時点が. 引き返しの遅れによる影響が少なくなるほど事故現場から離れてはいない。 しかし認識時点が事故現場ではないことから。義務内容が事故現場への引き返しに限定されたため, たとえ事故現場とは逆方向に進行したとしても,事故現場に引き返して救護活動等を実施することに実質的な影響を与えない程度の時間的場所的離隔であれば不履行とは認められない, と考えうる余地が生じた。それゆえ約150mの進行に義務の不履行が認められなかったのだと思われる。この理解に従えば,本判決が本件で時間的場所的離隔との表現のもとで猶予を認めたとしても,交通事故の発生を事故現場で認識した場合に, 本件と同様に猶予が認められるとは限らない。】(163頁)
※道路交通法
(交通事故の場合の措置)
第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。同項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置(第七十五条の二十三第一項及び第三項において「交通事故発生日時等」という。)を報告しなければならない。
https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000105#Mp-Ch_4-Se_2
【参考文献】
東京高判平成29.4.12(判例時報2375・2376号219-234頁)
本田稔「最新判例演習室 刑法 道交法上の救護義務罪の「直ちに」の要件の意義と認定方法[東京高裁平29.4.12判決]」法学セミナー2019年1月号(768号)129頁
萩野貴史「刑事裁判例批評(378)義務の履行と相容れない行動をとった場合の救護義務違反罪等の成否[東京高裁平成29.4.12第3刑事部判決]」刑事法ジャーナル59号(2019年2月号)131-136頁
松尾誠紀「最新判例批評(16)[東京高裁平29.4.12判決]」判例時報2401号176-182頁


