load

薬院法律事務所

企業法務

挑発行為をした人が暴行を受けた場合、損害賠償額が減額されるかという相談(犯罪被害者)


2021年12月13日労働事件(企業法務)

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は、福岡市に住む30代の会社員男性です。これまで、ネチネチと嫌みをいう上司の下で働いていたのですが、居酒屋での飲み会の際に「お前は本当に無能だな」と皆の前で言われたことで堪忍袋の緒が切れ、上司を殴ってしまいました。上司からは、弁護士をつけて慰謝料と治療費、休業損害の請求がきています。もちろん殴った私が悪いのですが、今まで散々パワハラを繰り返した上司が被害者になっていることがどうにも納得できません。

A、代理人弁護士をつけて、パワハラ行為に対する慰謝料請求をすることが考えられます。また、相手の請求している損害についても、過失相殺を主張して減額できる可能性があるでしょう。

 

【解説】

 

暴行の被害を受けた場合でも、加害者の行動が被害者の行動に誘発されたようなときは過失相殺の対象になります。そういった裁判例がありましたので、紹介いたします。この裁判例のポイントは、相手に対する直接の暴力行為ではなく、挑発行為で減額したことです(パソコンを取ろうとしたことに対して被告の手を取ったことは暴力行為とはいえないでしょう)。刑事では暴力行為をした人だけが処罰されますが、民事では過失相殺で減額されます。

平成30年11月22日/横浜地方裁判所川崎支部/民事部/判決/平成29年(ワ)20号

判例ID 28272217
著名事件名 Y社事件/A研究所ほか事件
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却
上訴等 確定
出典
労働判例1208号60頁
労働経済判例速報2376号14頁

【6 争点(5)(過失相殺の可否)について
原告が、被告Dに対し、仕事ができず、他の従業員に迷惑をかけているとの同被告を貶める発言や、本件トラブルの原因は同被告のミスなので報告するなどとの事実に反しかつ同被告を貶める発言をし、パソコンで報告書を作成しているかのような行動を取って、同被告を憤激させ、このために同被告が手を伸ばして原告からパソコンを取り上げようとし、原告が同被告の右手首をつかんでひねったことから、同被告が本件暴行に及んだことは、前記1ないし3で認定説示したとおりである。また、本件トラブルの原因は、本件受信装置を原告が適切に操作することができなかったことにあったが、原告は自らのミスを被告Dに転嫁しようとする言動をし、そのために原告と同被告とは、同被告が浦安事業所に戻った直後には険悪な状態になっていたことも、前記1ないし3で認定説示したとおりである。
上記認定事実に照らせば、本件暴行は原告の上記発言等によって誘発されたものと認められるから、本件暴行による損害の発生については、これを誘発した原告にも少なからぬ過失があり、その過失割合は3割を下らないものと認めるのが相当である。
なお、被告Dは、原告が、本件暴行後、被告会社に願い出て訪問看護師の仕事に従事したり、勤務先を増やし、被告会社を含めて3社に勤務したりして、損害拡大防止義務に違反しており、原告の過失割合を判断するに当たっては、上記損害拡大防止義務違反も考慮すべきであると主張し、前記認定事実5で認定した事実及び証拠(略)によれば、原告は、本件暴行を受けた後も、予定どおり、平成26年4月26日夜から同月27日朝まで浦安事業所の夜間オペレーターとしての勤務を行い、Z1クリニックの勤務も続け、これらの勤務を休まず、その後、これらの勤務に加えてZ8にも派遣従業員として勤務し、合計3社に週5日勤務した時期があり、平成26年8月頃から同年12月頃までは、自ら希望して浦安事業所において夜間オペレーターに加えて訪問看護師としても勤務したことが認められる。
もっとも、証拠(略)によれば、原告は、この間、原告には頚部や左膝に痛み等の症状が続いていたが、左膝にサポーターを装着し、通院して治療を受けながら勤務を続けていたことが認められるのであって、原告の通院先の診療録(書証略)にも、原告が通院を怠ったとの記載や、医師の指示に反して過重な労働に従事したために症状が悪化したなどの記載は見当たらない。
上記認定事実等に照らすと、原告が本件暴行後も被告会社やZ1クリニックの勤務を続け、その後、勤務先を増やし、浦安事業所で訪問看護師としても勤務したとの事実のみをもって、原告の左膝内側側副靱帯損傷が、適切な治療が行われているにもかかわらず、上記勤務等により悪化したり、回復が遅れたりしたなどの事実を推認することはできない。したがって、原告に損害拡大防止義務違反の過失があるとの被告Dの主張は、採用することができない。】

 

民法

https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

(損害賠償の方法、中間利息の控除及び過失相殺)
第七百二十二条 第四百十七条及び第四百十七条の二の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。

【参考文献】

内田貴『民法Ⅱ[第3版]債権各論』(東京大学出版会,2011年2月)438頁
【故意の不法行為にも過失相殺は適用されるだろうか。この点については学説が分かれているが,当事者間の公平を維持するためには,故意の不法行為でも減額を相当とする場合がありうるから,当然には排除すべきではないだろう。たとえば,被害者の挑発によって加害者が加害行為を行なったような場合である(大阪地判昭和63年6月30日交民集21-3-687等)。同様に,加害者が無過失責任を負う場合や過失の立証責任が転換された「中間責任」(→401, 481頁)を負う場合も,過失相殺は可能である.】