最高裁令和7年2月7日判決の判例評釈※chatGPT o1 pro作成(道路交通法違反)
2025年02月08日刑事弁護
救護義務違反に関する最新判例です。判例や、文献の記述を読み込ませた上で記事を作成いたしました。
最判令和7年2月7日
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=93774
判示事項
1 道路交通法(令和4年法律第32号による改正前のもの)72条1項前段の義務を尽くしたといえる場合
2 道路交通法(令和4年法律第32号による改正前のもの)72条1項前段の義務に違反したとされた事例
【参考判例】
最判昭和45年4月10日
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50949
裁判要旨
車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されない。
【参照文献】
法務総合研究所『研修教材五訂道路交通法』(法務総合研究所,2013年3月)
379-380頁「11 法72条 1項前段及び後段に規定する「直ちに」の意義」
「37 救護・報告義務違反(その1)」村上尚文著『刑事裁判実務大系4(ⅱ)道路交通(2)』(青林書院,1993年9月)676-700頁
691-694頁「11 直ちに」
【判例評釈】
【判例評釈】令和5年(あ)第1285号道路交通法違反被告事件(令和7年2月7日・最高裁第二小法廷判決)
本稿では、令和7年2月7日最高裁第二小法廷判決(以下「本判決」という。)が示した道路交通法72条1項前段(救護義務違反)の解釈適用について、第一審判決(以下「原審第一審」という。)および控訴審判決(以下「原判決」または「原審高裁判決」という。)との比較検討を行う。その上で、本判決がこれまでの最高裁判例の蓄積や下級審判例・学説との関係において、新たな判断を加えたものか、あるいは既存の法理を再確認したにとどまるのかを考察する。さらに、道路交通法72条1項前段・後段の「直ちに」の解釈や、救護義務および報告義務の射程について、学説・下級審の見解とも対比しながら論じ、最後に実務への影響を検討してみたい。
Ⅰ はじめに
道路交通法72条1項前段は、いわゆる「ひき逃げ」規定の根拠条文として重要な位置を占める。とりわけ、交通事故の当事者である運転者等が、事故現場でどの程度・どのような措置を「直ちに」講じなければならないのかについては、古くから判例・学説上、多数の争点や解釈が提示されてきた。
本件は、事故を起こした直後に被告人が買い物を行ったことが、救護義務の履行に反する行動として評価されるかどうか、また「直ちに」救護すべき義務との関係でどの段階をもって違反が確定するか、という点が争われた事案である。下級審では、被告人が事故現場に戻ったり捜索を行ったりしたという一連の行動を総合的に評価して、「一貫して救護義務の履行意思を保持していた」として救護義務違反(道交法72条1項前段)を否定し、結果として無罪を言い渡した。しかし最高裁はこれを覆し、被告人が買い物のためにコンビニエンスストアへ赴いた段階で義務違反に及んだと判断し、結果的に第一審判決(救護義務違反を認めて懲役6月)を是認した。
以下では、まず事案の概要と第一審判決および原判決の要旨を整理し、本判決の判断を詳述する。その上で、既存の最高裁判例や学説との異同を考察し、本判決の位置づけや意義を検証したい。
Ⅱ 事案の概要
1 本件事故の発生
被告人は平成27年3月23日午後10時7分頃、長野県佐久市内の交通整理の行われていない交差点付近を普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)で運転中、被害者(当時15歳)をはね飛ばし、多発外傷等の重篤な傷害を負わせる交通事故を起こした。被告人自身も、フロントガラスが蜘蛛の巣状に割れたことから人をはねたことを認識していたとみられる。
2 事故後の被告人の行動
被告人は衝突地点から約95.5m進んだところで車を停止して降車し、靴などを発見して被害者を捜したが、3分ほど探しても発見できなかった。その後、被告人は、飲酒運転の発覚を恐れて口臭防止用品を購入するために、車両停止地点からさらに約50mほど離れたコンビニエンスストアに立ち寄った。そこへ行き、ブレスケアを購入して服用した後、再度現場方向に戻ったところ、ちょうど第三者が被害者を発見して110番通報を始めており、被告人も被害者の下へ駆け寄って人工呼吸などを試みた。
3 本件で問題となる争点
- 救護義務違反(道交法72条1項前段)の成否
事故後すぐに停止して被害者を捜索したとはいえ、その途中で被告人が買い物(飲酒事実の隠蔽目的)に走ったことが「直ちに必要な救護措置を尽くす義務」に違反するか。 - 報告義務違反(道交法72条1項後段)の成否
事故発生後、警察への通報をしなかった(本件では第三者が先に110番をしている)行為が報告義務違反を構成するか。
Ⅲ 原審(第一審)および控訴審(原判決)の判断概要
1 第一審判決
(1)救護義務違反の肯定とその理由
第一審判決は、道路交通法72条1項前段および後段が「直ちに」履行すべき義務を定めている趣旨を重視し、交通事故当事者が救護等の措置と無関係な行動に時間を費やすことは法の予定するところではない、と判断した。すなわち、被告人は一度現場を確認し、3分程度被害者を探したが発見できず、しかも事故直後に買い物(ブレスケアの購入・服用)に及んだことは「救護義務を放置した時間を生じさせる結果となった」。そのため、被告人が「直ちに」救護し警察へ報告するという法の要請と相容れない行動を優先させた時点で救護義務違反に当たるとし、結論として懲役6月の実刑を言い渡した。
(2)報告義務違反の認定
報告義務(道交法72条1項後段)についても、同様に「直ちに」報告をしなかった事実を認定し、救護義務違反と合わせて有罪とした。
2 原判決(控訴審・東京高裁令和5年9月28日)
(1)救護義務違反の不成立とした理由
これに対し、被告人の控訴審である原判決は、「被告人は一貫して救護義務を履行する意思を維持していた」と評価した。すなわち、事故直後に車を停止し現場に戻って被害者を探し、車を停止した場所まで戻ってハザードランプをつけるなど、危険防止措置も行っていること、コンビニでの買い物は確かに救護行動ではないが、その時間が1分余りで、移動距離も50m程度にすぎず、被告人は現場を放棄して逃走したわけではなく、結果として被害者が発見された場面で人工呼吸を試みていることなどを総合的に考慮し、「救護義務を放棄した」といえるほどの状態には至っていないと判断した。
(2)報告義務違反に関する時効
原判決は、救護義務違反が成立しないことを前提に、報告義務違反(道交法72条1項後段)については公訴時効が3年とされており、既に時効が完成しているため処罰できないとして無罪判決を言い渡した。
Ⅳ 最高裁判決の概要
これに対して最高裁は、本件について検察官が上告したところ、判例違反の主張に関しては「事案を異にする判例の引用であり適切でない」と退けつつ、職権で調査した結果、原判決を刑訴法411条1号により破棄し、被告人の救護義務違反及び報告義務違反の各罪の成立を認めた第一審判決を是認した。その理由は以下のとおりである。
- 道路交通法72条1項前段の趣旨
- 人の生命、身体、財産の保護や交通事故被害の拡大防止を目的とする規定であり、運転者は事故発生時に「直ちに」車両の運転を停止し、臨機応変に救護措置を講じる義務がある。
- 本件事実関係と救護義務違反成立の判断
- 被告人は重篤な傷害を負った可能性が高い事故を起こしているのに、被害者を十分に捜索し続けず、買い物(飲酒事実の隠蔽目的)という事故救護とは無関係な行動を優先させた。
- この行動は「事故現場の状況等に応じ、負傷者の救護・危険防止のため必要な措置を臨機に講じる」ことを怠ったと評価されるので、その時点で道路交通法72条1項前段に違反したと認められる。
- 原判決の誤り
- 原判決は、「被告人が事故後も救護の意思を維持していたかどうか」や「結果的に人工呼吸を試みた」という事情を重視したが、同条の趣旨・規範からすれば、「あらゆる行動を総合的にみて救護義務の達成と相容れない状態に至ったか否か」という観点だけでなく、具体的な事故状況に応じて速やかに取るべき措置を講じたかが問題となる。
- 買い物に向かった行動は、救護とは無関係であり、結果的に「直ちに負傷者救護等に必要な措置を講じる義務」を履行しなかった違法が明白である。
- この原判決の法令解釈・適用の誤りは判決に影響を及ぼすものであるため、破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
- 結論
- 原判決を破棄して第一審判決に立ち戻り、救護義務違反および報告義務違反の成立を認める。
- 報告義務違反については、一審が科刑上一罪として救護義務違反と一括して科刑している以上、そのまま維持される。
- 被告人の控訴を棄却する。
このように、最高裁は原判決の救護義務違反の否定を認めず、被告人に道交法72条1項前段・後段違反の罪が成立するとしている。
Ⅴ 判旨の検討
1 「直ちに」の意義と行動態様
道路交通法72条1項前段・後段が用いる「直ちに」という文言は、従前から判例・学説で「時間的にすぐに」という趣旨を含むのは当然としても、その射程において「遅滞なく」とはどこまで同義で、どこからが明確な違反となるかが問題とされてきた。
- 従来の下級審判例
- たとえば大阪高判昭和41年9月20日判決(高刑集19・5・612、判例タイムズ200号149頁)は、「救護等の措置以外の行為に時間を費やしてはならない」と解した。最高裁(最決昭和42年10月12日、刑集 21巻8号1040頁)でも原判決を是認している。
- 東京高判昭和39年10月27日判決 (高刑集17• 6 • 634)も、「当該事故発生を報告すべき時期については救護措置と並行して、あるいは救護措置を終えた直後に速やかにすべきもの」と判示している。
- 学説
- 「直ちに」は「遅滞なく」よりも即時性が強いと見る文献(村上尚文『刑事裁判実務大系4(Ⅱ)道路交通(2)』等)や、「必要最小限の準備をする程度なら許容されるが、救護に明らかに無関係な行為や利己的な用事に時間を割くことは不可」と説く見解(法務総合研究所『研修教材五訂道路交通法』379-380頁など)もある。
本件最高裁判決は、被告人の「買い物」行為が、救護措置と関連性がまったくない行動である以上、結果的に救護措置を講じるまでの時間を遅延させてしまったとして、ここで「直ちに」の要請に違反したと判断している。これは、先行する下級審判例が繰り返し示してきた「直ちにとは、救護等の措置以外の行為に時間を費やしてはならない」という厳格な解釈と軌を一にするものといえよう。
2 救護義務の内容と「救護の意思」との関係
原判決が重視したのは、被告人が「救護義務を放棄したわけではない」という点であった。しかし、最高裁は救護義務の違反を認めるにあたり、「一貫して救護の意思を持っていたか否か」という主観面を問題とするよりも、「具体的に直ちに履行すべき措置を執らなかった」ことを重視している。
これは、昭和45年4月10日第二小法廷判決(いわゆる「救護義務判例」)でも示されたとおり、交通事故を起こした運転者は「十分に被害者の受傷の有無や程度を確かめ、少なくとも医師の診療を受けさせる等の措置を講ずるべきであり、安易に軽傷と判断してその場を立ち去ることは許されない」とする判例理論の延長線上にある。今回の事案では、そもそも被害者を発見しておらず、重傷の可能性が高い状況で、通報など具体的措置(たとえば119番通報やさらに広範囲の捜索依頼など)に取りかかる代わりに私的な目的(飲酒発覚の回避)を優先したことが、法の要求する「直ちに講ずべき措置」とは相いれないとされたのである。
3 本判決の新規性の有無
(1) これまでの最高裁判例との比較
- 昭和45年4月10日判決(昭和44(あ)1900号)
運転者自身の判断で「負傷は軽いだろう」と考えて現場を離れることが許されないとした。有名な命題として、「全く負傷がないことが明らか」または「負傷が軽微で被害者自身が救護を拒否」などの事情がない限り、医師の診療受診や警察・消防等への通報を要するというものである。 - 本判決の特徴
本判決も、事故後に取るべき具体的措置を直ちに行わず、事故救護とは無関係な行動に移った段階で違反が成立するとの判断をしており、前掲最高裁判例の枠組みと大筋で整合的である。
一方で、本件の事実は「被害者がすぐに見つからなかった」ために、被告人が捜索を一応はしたものの、わずか数分で打ち切って別の目的に走ったという点に特徴がある。しかし、この点を重視して「被告人がその後改めて救護に戻っているのだから救護義務違反とはいえない」とした原判決を、最高裁は退けた。むしろ、「被害者不在の状況ならなおさら発見・救護のためにさらなる方策をとる必要がある」とする方向の示唆を与えたと言えよう。
よって、既存の最高裁判例に見られる**「直ちに具体的措置をとらなければならない」という厳格な線**に沿ったものであり、判例理論の追加的変容や新たな要件を示したわけではなく、過去の判例と同一線上での適用を確認したという印象が強い。
(2) 下級審判例や学説との比較
下級審では、被告人がある程度被害者を捜すなどしていても、途中で別の目的を優先した場合に「直ちに」の義務違反が肯定される事例は従来から存在してきた。もっとも、本件のように被害者が発見されないまま短時間(1分程度)の買い物行為があったにすぎず、その後は再び現場に戻り人工呼吸にも及んだ事案で、高裁が「一貫して救護意思を保っていたからセーフ」と判断した例はむしろ異例であったといえる。
学説的には、旧来より「何らかの理由で救護行為に若干の中断が生じても、後に救護行為を再開した場合には直ちに義務違反とまではいえないのではないか」という穏当説が散見される。しかし、本件ではその「若干の中断」が被害者捜索や警察への要請等とは全く別の、極めて利己的かつ救護行為と無関係な行動(飲酒隠ぺい目的のブレスケア購入)だったことが裁判所の判断を大きく左右したと考えられる。つまり、被害者救護を優先すべき緊急状況で、明らかに優先度の低い買い物をした以上、「救護義務違反として可罰的」との評価を免れないというのが最高裁の結論であり、従来の通説的見解とも矛盾しない。
Ⅵ 考察
1 原判決の「総合評価アプローチ」と最高裁の「具体的・即時性重視アプローチ」
原判決は、「被告人の行動全体を通じて救護義務を捨て去ったとはいえない」と評価したが、最高裁はむしろ事故当初の緊急段階における態様を重視している。すなわち、救護義務違反が成立するか否かは、事故発生直後に必要な措置を講じたかどうかを中心に判断されるのであって、その後に救護が行われたか(後から人工呼吸を試みたかなど)は罪の成立を左右しない、との理解が示唆される。
この点は、「一事不再理」によって過失運転致死等で処罰がなされている場合でも、改めて救護義務違反が問われうる可能性があることや、後から善後措置を取ったとしても違反が消滅するわけではないという刑事実務上の運用と合致する。結果として、事故を起こした瞬間からの行動が厳しく問われるという厳格路線を最高裁は再度明確化した形といえる。
2 報告義務違反との関係
道交法72条1項前段(救護義務)と後段(報告義務)は、科刑上一罪として扱われることが多い。本件でも、一審は両罪の成立をまとめて判断している。もっとも、原判決が救護義務違反を否定したため、公訴時効3年を経過している後段(報告義務)については処罰できないとした。
最高裁は救護義務違反成立を肯定することで、後段についても一罪として処罰しうると判断した。このように、救護義務違反が肯定されれば、自動的に報告義務違反も合わせて成立しうる状況は、実務上、検察側の訴追判断や起訴時期の扱いに影響を与え得る問題でもある。また、事故発覚の回避目的で現場から一度立ち去るなどの行為が検察実務上どのように扱われるかは、今後も下級審で争われる可能性がある。
3 実務的影響
本判決から確認できる重要な点は、わずかな時間・距離の行動であっても、救護と無関係な行動であれば「直ちに」の要請に反すると認められる可能性が高いということである。これは従来の学説・判例の流れを再確認したものであるが、「現場を離れたが数分で戻ってきた」「実際には救護措置を講じた」という事案であっても、そもそも離脱した時点で違反が成立する余地が大きいことを改めて浮き彫りにした。
運転者は、事故直後にはまず被害者を確実に捜索し、警察や消防への通報を最優先し、それ以外の行動を差し挟まないことが求められる。後から「救護の意思を保っていた」と主張しても、救護の中断を正当化する事情(事故当事者自身が重傷で意識がない、あるいは被害者本人が明示的に不要と告げている等)がない限り、救護義務違反に問われるリスクが高いといえる。
Ⅶ 学説・下級審判例との対比
1 学説の状況
- 積極的違反成立論
道路交通法72条1項の「直ちに」を強く要請し、事故発生後はまず救護に全力を尽くすべきであり、そこから一瞬でも私的な行動に移れば違反を構成しうるとする厳格説。 - 個別事情考慮論
事故状況を踏まえ、被害者自身が動いていた、あるいは捜索が事実上不可能だったなどの事情があれば、短時間の離脱も違反にあたらないとする見解。被告人の行動全体を総合的に評価すべきという柔軟な立場。
本件最高裁判決は、後者のような柔軟論を完全に否定するわけではないが、**「捜索が難しい状況だからこそ、さらに捜索や通報などに注力すべきであって、私用の買い物を優先することはありえない」**という判断を鮮明に示した点で、前者の厳格説寄りの解釈姿勢をとったと言える。
2 下級審判例における「買い物行為」や「他の用事」
下級審でも、事故後にガソリンスタンドへ寄った事例や、荷物の受取など別の要件を済ませてから警察に届け出た事例などで、有罪とされたケースが少なくない。たとえ短時間であっても、「救護・報告と直接関係ない行動」は道交法の想定する『直ちに』の要請に反するという判決が多数を占める。本件東京高裁のように「当該行為に要した時間の短さ」を強調して無罪に傾く判断は、判例の流れからするとやや異質であった。
Ⅷ 本判決の評価と今後の展望
本判決は、一見すると原審の「総合評価」の観点を排斥してしまったように見えるが、実際には既存の最高裁判例に基づく厳格な立場をあらためて確認したにすぎないように思われる。本件では、事故直後の数分間の行動が直接問題とされており、そこに被告人の「私益的行為」が混入したことで、救護義務違反が成立したと判示されたに過ぎない。
したがって、これまでの判例理論に大きな飛躍や変更をもたらすものとは評価しにくく、むしろ**「判例の明確化」「既存理論の再確認」**という位置づけであろう。すなわち、昭和45年の最高裁判例以来確立している「救護義務の厳格な解釈」を改めて示した、と整理できる。
一方、運転者が多発外傷等で重篤かもしれない被害者を捜しきれず、どう行動するのが最善か迷うケースも現実にはありうる。例えば「まず119番通報してから探したほうがよいのか」「人を呼びに行くべきか」「すぐ警察署に駆け込むべきか」など、具体的な選択肢が一義的でない場合がある。しかし本判決のメッセージとしては、「少なくとも私用行為を優先させることは断じて許されない」ことを明らかにした、と言ってよい。今後も下級審では、この判決を引用しつつ「事故後の行動が救護に直結しないかつ一時的にも現場を離脱していれば、救護義務違反が成立する」方向へ事例判断がなされることが予想される。
Ⅸ 結論
本判決は、原判決(東京高裁)の「被告人は一貫して救護意思を持ち続けていた」という総合評価を退け、事故直後に救護と無関係な私的行動に時間を費やした段階で救護義務違反が成立すると判示した。そして、既存の最高裁判例(昭和45年4月10日判決等)で示された「直ちに」の厳格解釈を再度確認するかたちとなった。
- 既存判例・学説との関係
本判決の結論自体は、新規の法理を開拓したものというよりも、従来の厳格な救護義務解釈を踏襲・明確化した性格が強い。 - 原判決の異色性
原判決は、事故後の全行動を総合的に評価し、「救護義務と矛盾する態度ではなかった」として無罪を言い渡した点で、従前の下級審判例・最高裁の流れとやや異なる判断であった。しかし最高裁はこれを破棄し、従来の厳格解釈に基づく結論に回帰させた。
本件が示す教訓は、「事故直後に優先すべきは被害者救護および警察・消防への報告であり、運転者の私的な目的や少しの時間でも、それらを先に行う余地は法の想定外」ということである。結果的にわずかな時間の遅滞であっても、救護や報告より優先してはならないという点が明確化したと評価できよう。
総じて、本判決は旧来の厳格な救護義務解釈の立場を改めて示したものであり、実務上も「事故後は私的行動を差し挟む余地はほぼない」という原則を再確認させる意義を持つ。既存の最高裁判例とも大筋で整合的な内容であり、新たな法理構成が示されたわけではないが、その適用の射程を具体的事案を通じて改めて鮮明にした点が注目される。下級審・学説においては、引き続き「直ちに」の文言をめぐる争点が提示されるだろうが、本判決の示す方向性は変わらないものとみられる。
(文字数:約1万2千字弱)