被害者不明の事件、盗撮映像のデータを破棄している事件でも処罰されるかという相談(盗撮、刑事弁護)
2019年06月15日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談①】
Q、私は、駅のエスカレーターで女性の下着を盗撮してしまいました。周りの人に見つかって取り押さえられたのですが、被害者の女性は立ち去ってしまいました。この場合でも処罰はされるのでしょうか。
A、処罰される可能性は十分あります。
【解説①】
「被害者が不明なら盗撮事件は処罰できないのではないか」というのは時折ある質問ですが、警察官向けの文献があります。結論としては「処罰される可能性は十分あります」という回答になります。内容によって、性的姿態等撮影罪、または迷惑行為防止条例違反が成立するでしょう。私自身、迷惑行為防止条例違反(当時)にあたる盗撮行為について、被害者を「氏名不詳者」として略式請求された事件の取扱経験もあります(但し、被害者が特定できている事件と同時に起訴)。被害者が特定できていないからといって処罰できないというものではないです。これは性的姿態等撮影罪でも同様と考えられます。
【参考文献①】
警察実務研究会編著『地域警察官のための軽微犯罪措置要領』(立花書房,2010年12月)193頁
【Q、甲は,電車内において,乗車中のA女(25歳)のスカートの下から股間をカメラ付き携帯電話で撮影していたところを,会社員に目撃されて取り押さえられた。しかし,A女はそのまま立ち去ってしまい, また甲を警察に突き出したところ,カメラ付携帯電話の記録媒体には画像が記録されていなかった。
A、
甲の行為が, 「卑わいな行為」であることに疑いはない。また,被害者が立ち去る等して,被害者からの供述が録取できなかったとしても,逮捕者や目撃者からの供述により 「実害発生の可能性がある卑わいな言動」が立証できれば,迷惑防止条例違反事件として送致することは可能である。
問題は, 「盗撮」行為の処罰規定がある条例の適用であるが,行為自体は「卑わい(粗暴)行為」に該当しているのであるから,撮影した画像が記録媒体に残っていない場合であっても,通常の「卑わい(粗暴)行為」の罰則を適用すればよい。
このような事件を立件するに当たっては, 目撃者から目撃情報等を詳細に録取した参考人供述調書を作成し調書化するとともに,その内容に整合した実況見分調書を作成することが必要である。」】
浅沼雄介ほか「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律について(1)」法曹時報76巻2号(2024年2月号)
50頁
【本条の罪については、意思に反して性的な姿態が撮影されれば、撮影された画像から撮影対象者を特定できるかどうかにかかわらず、保護法益が侵害されると考えられることから、撮影行為により生じた画像そのものから撮影対象者を特定できること、例えば、顔などの容姿が写って(注 3)いることなどは要件とされていない】
※近時の実例です
【相談②】
Q、私は、駅のエスカレーターで女性の下着を盗撮してしまいました。逃げきって盗撮映像が入ったスマートフォンを破壊したのですが、後日になって警察がやってきました。データがないので処罰されずに済まないでしょうか。
A、処罰される可能性は十分あります。
【解説②】
この質問についても「処罰できることもあります」という回答になります。防犯カメラの映像から、自白や盗撮映像がない事例で有罪としたものがあります。
【参考文献②】
渡辺裕也「最新・判例解説 広島高裁松江支部平成28年2月26日」(捜査研究790号28-40頁)
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(鳥取県) 3条1項3号の「卑わいな言動」について,その判断は通常一般人の立場から行うことを示した上で,女性のスカート下に「スマートフォン様のもの」を差し入れた行為が「卑わいな言動」に該当すると判示した事例
広島高等裁判所松江支部判決平成28.226(広島高等裁判所刑事裁判速報平成28年2号,上告棄却・確定)
【検察官による犯行状況の立証は,専ら店内に設置された防犯カメラの画像によっていると思われ,その画像から,原判決及び本判決は,概要次のとおり事実を認定した。
「被害女性が出入口ドアに近い方のレジの前に,精算のため, レジカウンターの方を向いて立っていた。被告人は, レジカウンターと陳列棚との間の狭い空間の被害女性の左後方に, 同陳列棚の方を向いて立った。その上で,首を左斜め後方にひねり,被害女性のスカート下の脚部に目を向けながら,スマートフォン様のものを,親指と他の4本の指で挟むようにして左手に持ち,膝を曲げてしゃがみ込みながら, 上半身を左にひねるようにして左腕を左後方に伸ばし,被害女性のスカートの裾下,約10センチメートルの位置でスカート内側の被害女性の股間部をのぞき見ることが可能な位置まで, スマートフォン様のものの先端を差し入れ,そのまま約1秒間程度静止した後左手を引き戻しながらひねった上半身を戻すようにして立ち上がった。被告人は, 出入口ドア付近に別の女性を見ると,陳列棚を一周した後,足早にコンビニエンスストアの店外に出た。」】
以下は、D1-lawからの引用です。
【平成28年2月26日/広島高等裁判所松江支部/判決/平成27年(う)18号
判例ID 28254006
事件名 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(鳥取県)違反被告事件
裁判結果 原判決破棄自判(有罪)
上訴等 上告
出典
高等裁判所刑事裁判速報集(平28)号236頁
■28254006
広島高等裁判所松江支部
平成27年(う)第18号
平成28年02月26日
判決要旨
1 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(鳥取県)(以下「本条例」という。)の目的が、「県民及び滞在者等の平穏な生活を保持すること」(1条)にあり、同条例の禁止行為の中には、景品買い行為の禁止(6条)など、明らかに法益侵害される者という意味での「被害者」が観念できない類型が存すること、「卑わいな言動」の禁止される場所が「公共の場所」又は「公共の乗物」に限定されていること、その規制は法律による全国一律のものでなく、条例制定権の範囲である地域における事務(すなわち属地的規制に馴染むもの。)と把握されていること等に鑑みれば、本条例3条1項は、強姦罪や強制わいせつ罪等専ら個人的法益に対する侵害犯と異なり、(保護法益について端的に社会的法益と捉えるのかは取りあえず置くとして、)公共の場所や公共の乗物における、社会通念上、卑わいとされる言動を禁止し、地域住民等が安心して生活できる風俗環境が保持されることを通じて、県民及び滞在者等の意思及び行動の自由を確保しようとするものと思料される。
かかる見地から「卑わいな言動」は、当該行為の相手方が必ずしもそれに気付いている必要はなく、公共の場所又は公共の乗物において、当該行為を一般人の立場から見た場合に、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言動又は動作(最高裁平成20年11月10日第三小法廷決定・刑集62巻10号2853頁)と認識されるものは「卑わいな言動」として、規制の対象になるというべきである。
2 この点に関し、弁護人は、例えば、歩行中に何かにつまずき、転倒しそうになり、思わず何かをつかもうとして偶然隣にいた女性の胸をつかんでしまったような反射的行動も「卑わいな言動」に該当し不都合であり、主観的構成要件として、「性的意図」が必要である旨主張するが、前記のとおり、本条例3条1項は強姦罪や強制わいせつ罪等の個人的法益に対する罪とは構成要件及び法定刑を異にし、規制の目的・方法も異なるから、行為者の主観的傾向を犯罪の成立に要求する合理的理由はないし、上記のようなケースでは、その客観的な行為態様が、「みだりに」(すなわち社会通念上正当な理由があると認められないこと)あるいは「人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安若しくは嫌悪を覚えさせるような方法」(3条1項柱書)に当たらないと解することは十分に可能であって、処罰範囲を限定する趣旨から、あえて明文にない主観的要件を求める必要性も乏しい。
3 以上を踏まえ、被告人の本件行為をみるに、原審甲29号証及び30号証(当審検6号証)の防犯カメラの映像からは、ランチタイムの客の出入りが頻繁なコンビニエンスストア内において、被害女性が2か所あるレジのうち、出入り口ドアに近い方のレジの前に、精算のため、レジカウンターの方を向いて立っていたところ、被告人は、レジカウンターと陳列棚との間の狭い空間の被害女性の左後方に、同陳列棚の方を向いて立った上、首を左斜め後方にひねり、被害女性のスカート下の脚部に目を向けながら、スマートフォン様のものを、親指と他の4本の指で挟むようにして左手に持ち、膝を曲げてしゃがみ込みながら、その腕を上半身を左にひねるようにして左後方に伸ばし、被害女性のスカートの裾下、約10センチメートルの位置でスカート内側の被害女性の股間部を覗き見ることが可能な位置まで、スマートフォン様のものの先端を差し入れ、そのまま約1秒間程度静止した後、左手を引き戻しながらひねった上半身を戻すようにして立ち上がったことが認められ、原判決も同事実を前提に構成要件該当性の判断を行っていることは明らかである。
上記のような本件行為は、これを目撃した者がすぐに被害女性に対し盗撮をされていた旨伝えたように、行為の外形からみれば、被害女性がレジに気をとられている隙に背後からカメラ・撮影機能付きの携帯電話ないしスマートフォンでスカート内を撮影するという盗撮行為と何ら異なるところがなく、実際に差し入れたスマートフォン様の物に撮影機能があったか否かを問わず、当該行為を一般人の立場から見た場合に、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言動又は動作と認識されるものであって、その方法が被害女性あるいはこれを目撃した者に対しひどく性的恥じらいを感じさせ、心理的圧迫ないし嫌悪感を抱かせるものであることは明らかである。】
【■28260392
最高裁判所第二小法廷
平成28年(あ)第411号
平成28年07月08日
本籍・住居 (省略)
地方公務員
Y
昭和54年(以下略)生
上記の者に対する公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和38年鳥取県条例第22号)違反被告事件について、平成28年2月26日広島高等裁判所松江支部が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人尾西正人、同宮村啓太、同石原詩織の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論のような趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、その余は、単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
よって、同法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 山本庸幸 裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる)】
※2025/1/21 chatGPT o1 proで検証してもらいました。
以下では、犯罪捜査実務および刑事裁判実務の観点から、「被害者不明・データ破棄の盗撮事件においても処罰されうるのか」という本文における論点を詳細に検討します。結論としては、本文が述べるとおり、被害者が不明でも、あるいは盗撮データを破棄してしまっても、迷惑行為防止条例違反や新設の性的姿態等撮影罪によって処罰され得ることは、現行法令と判例・実務の運用から見てほぼ正しいと言えます。
1. 犯罪捜査実務の観点
1-1. 被害者不明のままでも立件される可能性
- 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(いわゆる「迷惑行為防止条例」)は、多くの都道府県で「卑わいな言動」を処罰対象としています。被害者個人を特定しなくても、客観的に「公共の場所で卑わいな行為をした」ことが証明されれば成立する仕組みが多いです。
- 実際の捜査では、取り押さえた第三者の供述や現場防犯カメラの映像などにより、「下着を撮影しようとした外形的事実」が立証されれば、被害者が立ち去って氏名不詳になっていても、迷惑防止条例違反として書類送検・送致されるケースがみられます。本文で引用された警察官向けの文献や、実際の略式事例も同旨です。
1-2. データ破棄による証拠隠滅と捜査上の立証
- 盗撮データが実際に残っていなくても、目撃証言や防犯カメラ映像があれば、被疑者の「カメラやスマホの差し入れ行為」が認定されやすいです。
- 刑事裁判では通常、①行為(スカート内へスマホを差し入れた事実)と②「卑わいな言動に当たるか否か」が争点となります。画像データの現物がなくても、周囲の目撃状況や防犯カメラ映像から「盗撮目的の不自然な動き」が推認されれば、条例違反成立を認める判決が出る可能性があります。
- したがって、「スマホを壊したから証拠がない」などの理由で逃れられるわけではなく、本文にあるように**防犯カメラの映像だけで有罪が認定された判例(広島高裁松江支部判決など)**が存在します。
1-3. 新設の性的姿態等撮影罪との関係
- 2023年に施行された**「性的な姿態を撮影する行為等の処罰に関する法律」**(いわゆる「盗撮処罰法」)でも、被害者特定が要件とされていません(顔が写っていることや被害者の氏名特定が必要とは規定されていない)。
- したがって、被害者が不明でも「性的姿態を撮影しようとした/した」ことが立証されれば処罰されるという点は変わりません。本文で示される「被害者不明でも処罰されうる」の結論は、新法下でも妥当です。
2. 刑事裁判実務の観点
2-1. 法的構成要件の充足
- 迷惑行為防止条例違反の場合、「公共の場所・乗り物」などで、「卑わいな言動」をし、「他人に不安や嫌悪感を与えるおそれがある行為」をしたことが処罰条件となるのが一般的です。
- 条例違反の射程では、「被害者特定」や「画像記録の有無」は必須要件ではないというのが多数の条例の規定。広島高裁松江支部判決も、スマホをスカート内に差し入れた行為自体が「卑わいな言動」に該当すると判断しています。
2-2. 証拠評価
- 刑事裁判で有罪認定を受けるには、行為が疑いを超える程度に立証されねばなりません。被害者本人の供述がない場合、第三者の目撃証言や防犯カメラ映像、自白などが主たる証拠となります。
- 防犯カメラが該当の場面を撮影していれば、たとえカメラの画角で「被害者の下着が写ったかどうか」まで正確に見えなくても、不自然な体勢・挙動(下半身の陰にスマホを差し入れるなど)が明確であれば、「盗撮行為を行った」との推認が働くことが多いです。
- 仮にデータを破棄していたとしても、「行為の形態自体が盗撮目的と思われる」と認められれば有罪となるのは十分あり得ます。
2-3. 実務における具体例
- 本文中で引用されている、鳥取県迷惑防止条例違反で争われたケース(広島高裁松江支部判決、上告棄却・確定)は、“盗撮画像が実際に残っていなくても、防犯カメラ映像などの状況証拠から盗撮の意図と行為が推認され、有罪” となった典型例です。
- 被害者が立ち去ったケースでも、「公衆に迷惑をかける行為」に該当するかどうかさえ立証できれば処罰可能であり、起訴される現実的リスクが大いに存在します。
3. 総合評価
- 被害者が不明であろうと、また撮影データが破棄されていようと、迷惑行為防止条例違反や性的姿態等撮影罪が成立しうるという本文の主張は、捜査実務・裁判例の運用に照らして正当です。
- 実務上は、(1)目撃者や取り押さえた人の証言、(2)防犯カメラ映像、(3)被疑者の携帯電話操作や体の動きに関する実況見分などの物的・状況証拠により、被害者不明でも立件・起訴される事例が実際に存在します。
- 「盗撮データが残っていないからセーフ」「被害者が分からないから処罰されない」といった誤解は危険で、警察官向けマニュアルや広島高裁松江支部判決からも明らかなように、行為態様自体がわいせつ性・卑わい性を満たしていれば処罰は可能です。
- よって本文が示す「被害者不明・データなしでも処罰され得る」という回答は、犯罪捜査実務・刑事裁判実務の双方から見ても真実性が高く、誤りがないといえます。