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薬院法律事務所

刑事弁護

警察官のウェアラブルカメラ導入で職務質問はどう変わる?―任意同行・所持品検査と刑事裁判への影響


2026年08月28日刑事弁護

警察庁は令和8年8月、「警察活動におけるウェアラブルカメラ活用の試行結果について」を公表しました。

警視庁、大阪府警、福岡県警では、令和7年9月から11月まで、街頭活動を行う地域警察官にウェアラブルカメラを装着するモデル事業が行われました。また、愛知県警、新潟県警、高知県警では交通取締りについて同様の試行が行われています。

警察庁は、この試行によってウェアラブルカメラの有用性が認められたとして、今後、本格的な実装に向けて予算の確保や運用ルールの整備を進めるとしています。

この動きは、今後の職務質問だけでなく、刑事裁判のあり方にもかなり大きな影響を与える可能性があります。

 

1 実際に「任意同行の任意性」の確認に使われている

 

今回の発表で特に注目したいのが、警察庁が具体的な活用事例として、

「薬物事件の被疑者が、任意同行の任意性を否定したため、同行を求めた際の状況が記録された映像を事後的に確認」

した事例を挙げていることです。

刑事事件では、

「警察官から任意同行を求められ、自分の意思で警察署へ行った」

という警察側の主張に対して、

「実際には多数の警察官に囲まれ、帰ることができる雰囲気ではなかった」

「拒否したのに、繰り返し同行を求められた」

「事実上強制的に警察署へ連れて行かれた」

などと被疑者・被告人側が争うことがあります。

同じ問題は、職務質問そのものだけでなく、所持品検査、車内検索、任意採尿などでも生じます。

法律上「任意」であることと、形式上「令状を使っていない」こととは同じではありません。

相手方が実際に拒否できる状況だったのか、警察官がどのような言葉を使ったのか、何人の警察官が取り囲んでいたのか、進路を塞いでいなかったか、身体や所持品にどの程度触れていたのかといった具体的な事情から、任意処分として許される範囲であったのかが判断されます。

 

2 これまでは警察官を法廷に呼んで確認する必要があった

 

これまで、このような職務質問の適法性が刑事裁判で争われると、結局、

「現場で何が起きていたのか」

を法廷で再現しなければなりませんでした。

そのため、職務質問を行った警察官、応援に来た警察官、その後任意同行した警察官などが証人として呼ばれ、

「被告人の前に立っていましたか」

「帰ろうとしたことはありませんでしたか」

「そのとき何と言いましたか」

「腕に触れたことはありませんか」

「何人で囲んでいましたか」

といった非常に細かな証人尋問が行われることがあります。

そして、警察官の証言と被告人の供述が食い違えば、最終的にはどちらが信用できるかを裁判所が判断することになります。

ウェアラブルカメラが普及すると、この構造がかなり変わる可能性があります。

モデル事業の運用要領では、地域警察官は原則として警察施設外で職務執行を開始するときから撮影を開始し、警察施設に戻るまで撮影を続ける仕組みが採られていました。撮影中であることを示す表示や赤色ランプも外から確認できるようにされています。

したがって、職務質問が始まった瞬間だけではなく、場合によっては、警察官が対象者を発見してから声を掛けるまでの状況まで記録されることになります。

職務質問の必要性・相当性を判断するうえでも、これは重要な資料になります。

 

3 警察官の証人尋問は減る可能性がある

 

もちろん、ウェアラブルカメラが導入されたからといって、警察官の証人尋問がなくなるわけではありません。

カメラには死角がありますし、警察官が実際に何を認識していたのかについて証言が必要になる場合もあります。また、撮影されていない部分が問題になったり、映像の保存・管理状況について確認したりする必要が生じることも考えられます。

しかし、

「その場で何が起きたか」

という純粋な事実確認については、映像を見る方がはるかに早く、正確です。

職務質問の開始から任意同行まで一連の経過が映像と音声で残っていれば、従来のように複数の警察官を裁判所に呼び、一人ずつ当時の状況を詳しく尋問する必要性はかなり低くなるでしょう。

裁判所にとっても、検察官にとっても、弁護人にとっても、そして警察官自身にとっても負担軽減につながります。

特に、事件から何か月も経過した後に警察官が法廷に呼ばれ、細かな位置関係や発言内容について記憶をたどりながら証言するより、当時の映像を見る方が合理的です。

刑事裁判における職務質問の適法性審査が、徐々に「警察官の記憶と証言」から「客観的記録の検証」へ移っていく可能性があります。

 

4 むしろ重要なのは、警察官自身の行動が記録されること

 

ウェアラブルカメラというと、

「警察が市民を撮影するもの」

という側面が注目されがちです。

しかし、法律実務上はむしろ逆の側面が重要です。

市民だけでなく、警察官の行動も記録されるのです。

警察庁のモデル事業でも、撮影した映像を幹部が定期的に視聴し、交通取締りが適正に行われていたかを確認するという使い方が実際に行われています。警察庁自身も、モデル事業を実施した警察から「職務執行状況の客観的な確認が可能になった」との意見があったとしています。

つまり、映像を見るのは被疑者や弁護人だけではありません。

上司も、検察官も、場合によっては裁判官も見ることになります。

そうなれば現場の警察官としても、

「本当に任意だと言える状況になっているか」

を従来以上に意識せざるを得ません。

例えば、

「これは任意です」

「応じたくなければ断ることができます」

と説明する。

所持品を確認するときにも、

「見せてもらえますか」

と明確に承諾を求める。

拒否された場合には、なお強く迫るだけの法的根拠があるのかを考える。

任意同行であれば、対象者が本当に自分の意思で同行していることが映像上も分かるようにする。

こうした対応が、警察官自身を守ることにもなります。

適正な職務執行をしていれば、後になって「強制的に連れて行かれた」と主張されたとしても、映像を見れば確認できるからです。

逆に、不適切な圧迫や事実上の強制が行われていれば、それも映像に残ります。

ウェアラブルカメラには、警察官の行動を慎重にさせ、任意性をより明確に確保させる一種の「規律効果」が期待できると思います。

 

5 弁護人にとっても非常に重要な証拠になる

 

刑事弁護の立場からも、ウェアラブルカメラの普及は重要です。

被疑者から、

「無理やり警察署へ連れて行かれた」

「拒否したのにバッグを開けられた」

「帰りたいと言っても帰らせてもらえなかった」

などという相談を受けた場合、今後はまず、

その場面を撮影したウェアラブルカメラの映像が存在しないか

を確認する必要が出てくるでしょう。

逆に映像を確認した結果、被疑者の記憶とは異なり、警察官が十分な説明を行い、本人も明確に同意していることが判明する場合も当然あります。

ウェアラブルカメラは、警察側だけ、あるいは被疑者側だけを有利にする証拠ではありません。

何が実際に起こったのかを確定するための証拠です。

それこそが最大の価値でしょう。

なお、モデル事業の運用要領では、映像ファイルは原則90日間保存し、その後自動消去する仕組みとされていました。

本格導入時の保存期間や開示・保存のルールがどのようになるかは今後の制度設計を確認する必要がありますが、少なくとも弁護人としては、問題のある職務質問や任意同行があったという申告を受けた場合、早い段階で映像の存在確認と保存を求めることが重要になると思われます。

 

6 「言った・言わない」の職務質問から、検証可能な職務質問へ

 

私は、ウェアラブルカメラの導入自体は、適正な警察活動にとっても刑事弁護にとっても基本的には望ましい方向だと考えています。

適法な職務質問であれば、その適法性を客観的な映像によって容易に説明できます。

不適切な職務質問であれば、それを事後的に検証することができます。

その結果、刑事裁判で警察官を何人も呼び、数か月前の出来事について細部まで証言してもらう必要も減っていくでしょう。

そして何より、

「後から映像を見られる」ことを前提として警察官が職務を行う

ということ自体が重要です。

職務質問、所持品検査、任意同行など、本人の任意の協力を前提とする警察活動については、警察官自身が「これは本当に任意なのか」をより意識するようになるでしょう。

ウェアラブルカメラの本格導入によって、日本の職務質問は、

警察官と対象者の供述のどちらを信用するかという世界から、客観的な記録を後から検証できる世界へ

少しずつ変わっていくのではないかと思います。

 

警察庁 警察活動におけるウェアラブルカメラ活用の試行結果について

https://www.npa.go.jp/news/release/2026/20260813001.html