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薬院法律事務所

盗撮

職場内盗撮につき会社に対して慰謝料請求をできないかという相談(被害者側)


2021年09月11日盗撮

【相談】

 

Q、私は従業員数が50名の建設会社に勤めている女性です。会社には制服があり、更衣室で制服に着替えているのですが、更衣室は物置にもなっているので、鍵のかかっていない時は男性でも入ることができるようになっています。今回、更衣室に隠しカメラがあることを発見して、警察に通報しました。同僚が犯人だったということがわかり、あまりにも気持ち悪くて男性を信用できなくなりました。同僚は逮捕されているのですが、お金がないということで示談金30万円が提示されただけです。到底赦せないのですが、そもそも会社が更衣室に男性を立ち入ることができないようにしていれば盗撮はできなかったと思います。会社に対して慰謝料を請求できないでしょうか。

A、基本的には難しいことが多いですが、具体的な事案によっては会社に対して安全配慮義務違反を理由に賠償請求ができることもあり得ます。弁護士の面談相談を受けられてください。

 

【解説】

 

会社内で盗撮事件が起こることがあります。こういった場合、被害に遭った従業員は、安心できるはずの職場で被害に遭ったことで深く傷つきます。しかし、会社に対して賠償請求をすることは困難な事例が多いです。「犯罪をしないこと」は当然のことであり、「犯罪をしないように」従業員を監視しなかったということを理由に会社に対して安全配慮義務違反を問うことは難しいことが多いからです。もっとも、以前にも盗撮被害が起きたのに何も対応しなかった、などの事情があれば、会社に対して責任を問うことができる場合もありえます。

 

【参考裁判例】

 

平成25年9月25日/東京地方裁判所/民事第19部/判決/平成24年(ワ)6166号

判例ID 28220405
著名事件名 X社事件
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 棄却
出典
労働経済判例速報2195号3頁

労働法例通信No.2358の14頁に評釈があります。

判例実務研究会
特定社会保険労務士中村昭太郎

■28220405

東京地方裁判所

平成24年(ワ)第6166号

平成25年09月25日

原告 A
同訴訟代理人弁護士 古屋紘昭
同訴訟復代理人弁護士 合田雄治郎
被告 X株式会社
同代表者代表取締役 Y
Y’
同訴訟代理人弁護士 對﨑俊一

主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、210万円及び200万円に対する平成23年6月29日から、10万円に対する同年12月22日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 訴訟物
本件は、被告に雇用されていた原告が、被告に対し、被告が雇用していたBが職場で原告の着替えを盗撮したことに関し、民法715条1項に基づき、被告が被用者の盗撮行為を防止すべき雇用契約上の義務を怠ったとして同法415条に基づき、また、盗撮発覚後に被告は事実をもみ消そうとするといった不誠実な対応をしたとして同条に基づき、慰謝料200万円及びこれに対する不法行為時である平成23年6月29日から支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金、並びに、平成23年12月分の賞与のうち不足分10万円及びこれに対する賞与支給日である同年12月22日から支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
2 争いがない事実
平成8年、原告は被告に採用されて千葉支店に正社員として勤務していた。平成23年6月29日、被告千葉支店の支店長であったB(以下「B」という。)は、同日午前8時36分ころから46分ころまでの間、被告千葉支店のロッカーにおいて、原告の着替えをのぞき見る目的で同室内の紙袋にデジタルビデオカメラ(以下「ビデオカメラ」という。)を入れ、原告の姿を撮影して録音し、盗撮及び盗聴をした(以下「本件盗撮行為」という。)。
3 争点
(1) 本件盗撮行為は、「職務の執行につき」(民法715条1項)なされたものか。
(原告)
本件盗撮行為は、Bが、被告本社により、原告の千葉支店内の言動を監視するようにとの業務命令を受け、防犯カメラを通じて原告を監視しているうち、原告の下着姿、着替えの姿を見たいと欲して被告所有のビデオカメラを用いて行ったものであり、「職務の執行につき」といえる。Bは、本件盗撮行為の契機について、被告本社の承諾を得て防犯カメラを確認して原告の千葉支店内での行動を監視するようになったと述べており、被告の指示があったことは明らかである。
(被告)
被告がBに対して原告の行動を監視するよう指示をしたことはなく、本件盗撮行為と職務とは何らの関係もない。Bが支店長として勤務中の原告の言動を監督するのは当然の職責であるが、監視はさせていない。
原告は、平成8年に被告の千葉支店長であったC(以下「C」という。)の紹介で入社し、Cが平成20年1月に定年退職するまで同じ職場に在籍していた。被告は、Cの背任行為について、Cを被告として訴訟を提起していたため、Bは、Cと親しかった原告が勤務時間中にCと連絡を取っていないか、Cのため書類作り等の協力活動をしていないか、注意していたはずである。しかし、そのことと本件盗撮行為とは何らの因果関係もなく、Bの個人的資質の問題である。警察官又は検察官作成の供述調書(書証略)において、Bは本件盗撮行為の契機として、被告から原告の行動に注意するよう言われていたとか、被告本社の承諾を得て防犯カメラの映像を確認していた等と供述しているが、Bが自己の刑責を軽くしようと事実と異なることを述べたもので信用性はない。
(2) 本件盗撮行為は被告の防止義務違反により生じたものか。
(原告)
被告は、雇用契約上、従業員に対し、労務の提供に関して良好な職場環境の維持確保をすべき義務を負い、職場において、盗撮や盗聴等のセクシャルハラスメント等が発生しないように適切な措置をとるべきであり、女子更衣室を設けるべきであったが、これを設けずに、備品が置かれている部屋を更衣室として使用させた。また、被告は、Bを始め男子従業員に対し、盗撮等をしないよう日頃から注意すべきであるのに、注意しなかった。被告は、業務に必要なビデオカメラにつき、業務以外の目的で使用しないよう注意指導監督すべきであったのに、指導監督しなかった。これらの被告の注意義務違反により本件盗撮行為が惹起された。
(被告)
争う。本件盗撮行為は、Bの個人的な欲求を満たすための行為である。本件盗撮行為に被告の備品のビデオカメラが使用されたのは偶然であり、被告としては、盗撮行為に使われないよう防ぐ手立てはなかった。
(3) 本件盗撮行為後の被告の調査、対処につき誠実義務違反があるか。
(原告)
被告は、本件盗撮行為が発覚した後、事実関係を迅速に調査し、適正に対処すべき義務を負っているのに、Bを懲戒解雇にするのに消極的な態度をとり、E総務部長(以下「E総務部長」という。)は、原告に対し、Bを懲戒にするのには警察の書類が必要であるとか、労働基準監督署に届け出をしなければならないとか、盗撮行為の確認がとれていない等と述べた。
本件盗撮行為の当日、被告のE総務部長及びF管理部長は、警察において、事件の詳細を聞き、盗撮のビデオの確認を求めてその確認をしたのに、E総務部長は、原告に対し、ビデオを見ていないから盗撮の確認ができていないと述べ、原告の懲戒の申し出をあきらめさせようとした。
被告からBを懲戒処分にした旨の電話を受けた原告が、解雇通知書を確認したいと要望すると、被告のE総務部長は、同書を外に出さないよう強く確認し、会社の印のない文書をファクシミリで送ってきた。原告がBの懲戒解雇を社内で公表するよう求めたところ、被告はこれを拒否した。原告としては、被告がBを本当に処分したのか疑問に思った。
これらの被告の対応は、誠実義務違反にあたる。
(被告)
争う。被告がBを懲戒解雇するのに消極的であったことはない。本件盗撮行為の当日、原告から、警察に行くとの連絡があり、その後、警察署から電話があったので、被告の代表者、F管理部長、E総務部長が出向いたが、ビデオの確認はしていない。平成23年7月1日、被告は、Bの事情聴取を行い、Bは本件盗撮行為を認め、退職届を提出した。被告は、Bの懲戒解雇もあり得るため、受理はしなかった。同月5日、被告は、原告からも事情聴取をし、被告女子社員が警察署で原告が写っているビデオの確認をした。また、被告は、同日、Bに盗撮行為の開始時期や回数を訊ねたが、Bは明確に答えなかった。
以上の経過で、同月7日、被告は、取締役会を開催し、同年6月30日付けでの懲戒解雇を決定した。
被告は、これを原告に知らせ、原告の希望に応じて解雇通知書を原告にファックスで送信した。
(4) 本件盗撮行為ないし前記(2)(3)の義務違反による原告の損害額
(原告)
本件盗撮行為により、原告は筆舌に尽くし難い精神的肉体的苦痛を味わった。これにより、原告は不安障害、睡眠障害及び胃腸障害になり、通院中である。これらの苦痛を慰謝するには200万円が相当である。また、前記(2)(3)の義務違反による原告の苦痛も同様である。
(被告)
争う。
(5) 平成23年12月の賞与不足金として10万円の請求権があるか。
(原告)
同月22日、被告は、原告に40万円(控除前)の賞与を支払ったが、他の社員に比較して不当に低廉である。原告が本件盗撮行為を刑事事件にしたことを責め、減額したもので、不足金10万円の支払を請求する。
(被告)
平成23年12月22日に支払った賞与の額は認めるが、その余は争う。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)― 本件盗撮行為は、「職務の執行につき」(民法715条1項)なされたものか。
(1) 証拠(略)、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
ア 被告は、土木建築の請負等を業務とする株式会社であり、東京都○○区に本店を置いている。
原告(昭和38年生の女性)は、平成8年に被告に雇用され、被告の千葉支店で勤務していた(書証略)。Cは、平成8年当時の千葉支店の支店長であり、原告はCの紹介で被告に入社した。その後、Cは平成20年1月に定年退職するまで千葉支店の支店長であった(書証略)。
B(昭和24年生の男性)は、Cの後任として千葉支店の支店長に就いた(書証略)。
イ 平成20年、Cが被告を定年退職してまもなく、Cは、東京地方裁判所に対し、被告を被告として、「平成12年3月に被告について始まった税務調査の対策として、『被告千葉支店長であるCが、被告の発注先から架空の請負代金合計4億円余をC管理の口座に振り込ませて同金員を費消し、被告に同額の損害を与え、Cが被告に損害賠償債務を負担している。その一部弁済としてCが被告に金員を支払った。』との外形を作出する目的で、被告とCとの間で、Cの財産を被告に一時的に預託することを合意し、Cは、被告に対し、その合意に基づいて合計6282万円1622円を預託した。」等と主張して、預託金返還請求権を含む1億0150万円余の支払を請求する訴えを提起した(平成20年(ワ)第24169号。書証略)。
同年、被告は、同裁判所に対し、Cを被告として、「Cが、千葉支店長の地位を利用して、被告の受注先に請負代金を水増しして被告に請求させ、事情を知らない被告が発注先に支払った後に、受注先から外注費名目で水増し分合計4億円余をC管理の口座に振り込ませて同金員を着服した。」等と主張して、労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償として3億円余の支払を請求する訴えを東京地方裁判所に提起した(同第23474号。書証略)。両事件は併合されて審理されていた(書証略)。
同訴訟において、Cが、被告が管理しているはずの書類(ないしその写し)を書証として提出したことから、被告代表者は、被告本社及び被告千葉支店からの情報漏洩を疑い、平成20年ころ、専門業者を呼んで両事業所で盗聴器を探索したことがあった(証拠略)。また、平成22年ころ、被告千葉支店において、被告代表者らが、原告及びBに対し、被告の書類ないしその写しを第三者に渡すことが窃盗罪になることを注意し、原告立会いの下、書類の管理場所の点検を行ったことがあった(証拠略)。
平成24年5月31日、東京地方裁判所は、同訴訟につき、被告のCに対する損害賠償請求を一部認容する等の判決をした(書証略)。当事者双方が、同判決中敗訴部分を不服として控訴し、現在、同事件は東京高等裁判所に係属中である(書証略、弁論の全趣旨)。
ウ 千葉支店の事務室には、平成19年ころから防犯カメラが設置されており、防犯カメラの映像は被告本店及び千葉支店において確認することができた(書証略)。このことは被告社員には周知のことであった(書証略)。
平成23年2月ころからは、被告千葉支店に常時勤務する社員は支店長のBと原告の2名のみであった(書証略)。原告は、毎朝、千葉支店に出勤後、ロッカー室(防犯カメラは設置されていない。)で、勤務時に着用する事務服に着替えていた。
エ Bは、被告千葉支店のロッカー室での原告の着替えをのぞき見る目的で、同年6月29日午前8時37分ころから同日午前8時46分ころまでの間、被告千葉支店のロッカー室において、同室内の紙袋の中に隠し置いた被告の業務用のビデオカメラを作動させ、着替え中の原告の姿を録画撮影した(書証略)。
Bは、出勤した原告がポットの湯を沸かす等の作業をしている間に、施錠されていないロッカー室に入り、ビデオカメラを作動させて退出し、その後に入室した原告が着替えをするのを盗撮していたものであり、Bは、これと同様の行為を少なくとも同年6月初旬ころから同月28日ころまでに週に1、2回行っていた(書証略)。
オ 平成23年6月29日、原告は、事務服に着替えた後に、ビデオカメラが作動しているのを発見し、Bが離席したすきに、ビデオカメラを持って千葉中央警察署に行き、前記エの被害を申告した(書証略)。
(2) 「事業の執行につき」とは、使用者の事業ないし被用者の職務の範囲内に属する行為、ないしは、その外形を備えている行為をいう。前記(1)アエオによれば、原告は、被告千葉支店のロッカー室において、直接の上司であった千葉支店長のBから、私服から事務服に着替える様子をビデオカメラで撮影される被害を受けたことが認められるが、Bの本件盗撮行為は、原告が着替えをする姿を見たいというBの欲望を満たす行為であって、事業上の必要性に基づくものではなく、その態様も、被告の業務用のビデオカメラを使用しているものの、原告に気づかれないよう隠匿したビデオカメラで隠し撮りをするというものであって、Bの職務上の権限や上司としての地位を利用したものともいえないから、土木建築業者である被告の事業の範囲ではなく、被用者であるBの職務の範囲内に属する行為でもなく、その外形を備える行為でもない。したがって、本件盗撮行為は「事業の執行につき」行われたと認めることはできない。
(3) 原告は、本件盗撮行為は、被告本社により、原告の千葉支店内の言動を監視するようにとの業務命令を受け、防犯カメラを通じて原告を監視しているうち、原告の下着姿、着替えの姿を見たいと欲して、被告所有のビデオカメラを用いて行ったものであり、Bもこれに沿う供述をしている(書証略)から、「事業の執行につき」といえると主張する。
確かに、前記(1)イの各事実によれば、被告は、原告によるCへの情報漏洩を疑っていたことは優に認められる。そうすると、被告本社から原告の行動に注意するよう指示を受けていた旨のBの供述(書証略)は信用できるもので、被告本社が、Bに対し、原告の千葉支店内の言動に注意するよう指示していた事実はこれを認めることができ、これを否定する被告の主張及び証拠(略)は採用できない。
しかし、被告代表者らが情報漏洩の原因の探索をしたのは平成20年や平成22年ころであったから((1)イ)、平成23年5月時点に至って原告のロッカー室での言動を秘密録音してまで採取する必要性は乏しい。したがって、「原告がロッカー室で情報漏洩をしていることを疑って、平成23年5月上旬にその音声を秘密録音した。」旨のBの供述(書証略)は、にわかに採用し難い。また、仮に、Bが、同月上旬にロッカー内の原告の言動を秘密録音しており、その秘密録音を契機として、ロッカー内の原告の着替えの姿を見たいと欲して本件盗撮行為に至ったとしても、ロッカー室の女性の着替えを盗撮する行為は秘密録音から自然の勢いで発展する行為とはいえず、時間的隔たりもあるから、本件盗撮行為が、会社の事業の執行行為と密接な関連を有する行為に当たると認めることはできない(最高裁判所第三小法廷昭和44年11月18日判決・民集23巻11号2079頁、最高裁判所第一小法廷昭和58年3月31日判決・判例時報1088号72頁参照)。
したがって、Bが、原告の千葉支店内の言動を監視するという業務命令に基づき、原告の行動を注意していたとしても(また、仮に、同業務命令に基づき原告の音声を秘密録音していたとしても)、本件盗撮行為は、これと密接な関連を有する行為とは認められないから、原告の主張は採用できない。
2 争点(2) ―本件盗撮行為は被告の防止義務違反により生じたものか。
前記1(1)によれば、本件盗撮行為は、原告の出勤後、Bがロッカー室に入って紙袋に隠匿したビデオカメラを作動させ、原告に知られぬまま、原告がロッカー室で着替える姿を撮影するというものであり、軽犯罪法に違反する犯罪行為であって(書証略)、Bにおいて原告はもちろん他の被告社員にも知られぬよう行うものであり、被告においてかかる本件盗撮行為を予測し、防止することはできなかったと認められる。そうすると、被告が本件盗撮行為を予測して、その防止のため女子更衣室を設けたり、ビデオカメラの保管を厳重に行ったりする義務があるとはいえず、本件盗撮行為が発生したことについて被告に防止義務違反があるとは認められない。
また、本件盗撮行為という軽犯罪法に該当する行為をしないこと、及び、被告の備品を業務以外に使用しないことは、被告の従業員として当然の責務であるから、被告がBに改めてこれを注意指導する必要があるとはいえず、注意指導をしなかったことと本件盗撮行為との間に相当因果関係があるとはいえない。
以上から、この点についての原告の主張は理由がない。
3 争点(3)について
(1) 証拠(略)、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件盗撮行為後の経過について、以下の各事実が認められる。
ア 平成23年6月29日、原告は、事務服に着替えた後、紙袋の中でビデオカメラが作動しているのを発見したため、Bが離席したすきに、同カメラを持って千葉中央警察署に行った(書証略)。同署に向かう途中、原告は、被告本社に電話し、被告千葉支店のロッカー室にビデオが仕掛けてあり、Bが原告のロッカー室内の姿を盗撮したらしいことを報告した。E総務部長は、同署に向かう途中の原告に対し、電話で、「原告が警察に行くなら止めることはしない。」旨伝えた。
原告は、千葉中央警察署において、同カメラに原告の着替えが映っていること(以下「本件盗撮映像」という。)を確認した(書証略)。同日、千葉中央警察署は、Bを任意に出頭させて事情を聴取した。同日夕方、E総務部長らは、同署の連絡を受けて、Bの身柄を引き取りに赴き、警察官から、Bを被告千葉支店から異動させるよう指導を受けたほか、Bが本件盗撮行為を行ったこと、任意で捜査することを伝えられた。被告は、Bに対して自宅待機を命じ、Bはこれを受け入れた。
イ 平成23年7月1日、E総務部長は、被告本社に出頭したBから事情聴取を行ったところ、Bは本件盗撮行為を認め、同年6月30日付け退職届を提出した(書証略)。E総務部長は、Bに対し、懲戒解雇があり得るので、退職届は受理しない旨伝えた。その後、Bは、同月30日付け顛末書を被告に送付した(書証略)。
同年7月1日、原告は、被告に対し、Bを直ちに懲戒解雇するよう申し入れた。これに対し、E総務部長は、Bは本件盗撮行為を認めているが、裏付けとなる盗撮映像の確認をしていないため刑事処分の結果をみてから検討する等と伝えた。そこで、原告は、千葉中央警察署に確認した上、E総務部長に対し、原告の立会の下であれば、被告の社員も盗撮映像を確認できることを伝えた。
ウ 平成23年7月5日、E総務部長は、原告から本件盗撮行為の発覚の経緯等を聞いた後、被告本社の女性社員に、千葉中央警察署で原告立会いの下、本件盗撮映像の確認をさせた。
エ 平成23年7月7日、被告の取締役会で、就業規則62条、表彰および懲戒規定4条2項9号の「セクシャルハラスメントにより円滑な職務遂行を妨げ、就業環境を害し、または、一定の不利益を与えるような行為を行ったとき」に該当するとしてBを懲戒解雇とすることを決定した(書証略)。同日、被告は、Bにこれを通知した(書証略)。
その後、被告は、原告に対し、Bを懲戒解雇としたことを伝え、原告の要望に応じて、Bに対する懲戒解雇の通知書の控えをファックスで送信した。原告は、被告社内に対し、Bを本件盗撮行為により懲戒解雇したことを周知してほしい旨要望したが、被告は周知しなかった。
(2) 前記(1)によれば、被告は、本件盗撮行為発覚後、B及び原告から事情聴取を行い、本件盗撮映像の確認をして本件盗撮行為の裏付けを得た上、本件盗撮行為が発覚した日の8日後にBを懲戒解雇したことが認められる。そうすると、被告が、本件盗撮行為後の調査義務、適正対処義務に違反したとはいえず、この点に誠実義務違反はないから、原告の請求は理由がない。
(3)ア 原告は、被告のE総務部長は、原告に対し、Bを懲戒にするのには警察の書類が必要であるとか、労働基準監督署に届け出をしなければならないとか、盗撮行為の確認がとれていない等と述べて、ことさら懲戒解雇に消極的な態度をとり、原告の懲戒の申し出をあきらめさせようとした旨主張する。
確かに、E総務部長が、早期に懲戒処分をするよう求める原告に対し、本件盗撮行為の裏付けとなる盗撮映像の確認をしていないため刑事処分の結果をみてから検討する等と述べたことはあるが((1)イ)、懲戒処分は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効となるのであるから(労働契約法15条)、被告が客観的証拠の裏付けがないと懲戒処分ができないとしたのは理解できる態度であり、ことさら懲戒解雇に消極的な態度をとっていたとは評価できない。
イ 原告は、被告のE総務部長が、原告に対し、Bに対する懲戒解雇の通知書を外に出さないよう強く確認したり、Bの懲戒解雇を社内で公表しなかったりしたこと((1)エ)が、被告の適正対処義務違反になる旨主張する。
しかし、懲戒解雇は、被告とBとの個別的な労使関係においてなされる処分であるから、特段の事情がない限りこれを社内に公表する必要はないもので、本件において、被告が原告に懲戒解雇の通知書を外部に出さないよう要望したことや、懲戒解雇したことを被告社内で公表しなかったことが違法になるとはいえない。
4 争点(5)について
証拠(書証略)によれば、被告の社員賃金規程には、「賞与は、会社の営業成績、ならびに各人の職務能力、勤務成績および貢献度等を考慮し、原則として年2回(7月、12月)支給することがある。ただし、業績を考慮して支給しない場合もある。」旨の定めがあることが認められる。この規程によれば、被告とその被用者との間における賞与請求権は、被告がその金額を決定して初めて労働者の具体的権利として発生すると解するのが相当である。
したがって、支給された賞与額に不足分があり、不足分についての賞与請求権があるとの原告の主張は、理由がない。
5 結論
以上から、その余の点(争点(4))について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

民事第19部

(裁判官 伊藤由紀子)

 

業務中に発生した従業員間の犯罪行為における使用者責任について、基準となる最高裁判例は次の通りです。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=66922

判示事項
被用者が事業の執行につき第三者に加えた損害にあたらないとされた事例

裁判要旨
使用者の社屋内更衣室において、被用者甲が被用者乙に対して加えた暴行が、前日の事業の執行行為を契機として発生した両者の口論にかかわり合いがある言葉のやりとりに端を発するものであつても、右暴行は必ずしも前日の口論から自然の勢いで発展したものではなく、しかも右前日の口論とは時間的にも場所的にもかなりのへだたりがあることなど、判示の事情のもとでは、右甲の暴行により乙の被つた損害は、使用者の事業の執行につき加えた損害にあたるとはいえない。

理由
上告代理人塩塚節夫の上告理由第一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二について
原審が適法に確定したところによれば、(1) 上告人と被上告人大山秀義(以下「被上告人大山」という。)は、昭和五五年八月五日午後三時ころ、被上告会社の生コンを運搬する作業に従事中、被上告人大山が上告人に対し「おいなんで積まんとや」といつたのに対し上告人が「無線の入つて積むなと言われとつとさ」と応答したことから右問答が繰り返されるという些細なことから口論となり、被上告人大山が上告人に対し暴力を加えるような素振りをしたので上告人は「わが用があるんやつたら、唐八景でもどこでもゆかんか」といつたところ、被上告人大山は、上告人が力による解決を挑んだものと思い込み、これに応ずべくその日の勤務を終えて帰宅する上告人の後を追つたが、途中で上告人を見失つた、(2) 被上告人大山は、翌八月六日午前八時ころ、被上告会社の更衣室において上告人を見るや「わいどこに逃げとつた、駅で待つとつたのに」といい、これに対し、上告人が「わいは大田尾に行つたとぞ、度胸もないくせに」と答えたところ、被上告人大山は激昂して上告人に対して原判決の暴行を加えた、というのである。そして原審は、右事実関係に基づき、本件暴行前日の被上告人大山及び上告人両名の口論が、被上告会社の事業の執行行為を契機として発生したものであり、本件暴行直前における被上告人大山と上告人との言葉のやりとりも前日の口論にかかわり合いがあると認められるが、本件暴行直前の口論の内容は被上告会社の業務にかかわることではなく、前日の喧嘩闘争が回避されたことにつき互に度胸がない趣旨のことをいつて嘲笑し合い、そのため被上告人大山が上告人の言辞に激昂して本件暴行に及んだものであり、また、本件暴行に至つた経緯は、前日の口論が直ちに喧嘩闘争へ移行することなく、当日いつたん終つており、翌日になされた被上告人大山の本件暴行は、必ずしも前日の事業執行行為に端を発した口論から自然の勢いで発展したものではなく、しかも右前日の口論と本件暴行とは時間的にも場所的にもかなりのへだたりがあることなどの事情が窺われ、これらの事情にかんがみれば、被上告人大山の上告人に対する本件暴行は被上告会社の事業の執行と密接な関連を有するものと認めることはできず、被上告人大山の本件暴行は同被上告人が被上告会社の事業の執行につきなされたものということはできない、として被上告会社の民法七一五条一項に基づく使用者責任を否定したものである。原審の右認定判断は、前記事実関係に照らし正当として是認することができ、所論引用の判例は本件と事案を異にし、本件に適切ではない。論旨は、採用することができない。
なお、右上告理由書には、原判決中の上告人の被上告人大山に対する請求に関する部分に対する不服理由と認められるものの記載がなく、右部分については、結局、上告人は上告の理由を記載した書面を提出しないものというべきである。
よつて、原判決中、上告人の、被上告会社に対する請求に関する部分についての本件上告を棄却し、被上告人大山に対する請求に関する部分についての本件上告を却下することとし、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条、三九八条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(中村治朗 藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一)