明示の拒絶がない事案で性加害を認めた裁判例・東京高判平成16年 8月30日判時1879号62頁(犯罪被害者)
2024年12月08日犯罪被害者
判例時報を整理していたところ、性被害者の代理人として参考になる裁判例がありましたので紹介します。
現在であれば、改正刑法176条1項8号で処罰できる可能性がある案件です。
当時の状況で「精神支配」の問題を的確に捉えて賠償を認めさせた原告代理人弁護士、裁判官に敬意を表します。
林陽子弁護士と、大村恵実弁護士です。
弁護士の魅力インタビュー林陽子弁護士
https://niben.jp/lawyer/interview/hayashi.html
The One Revolution
新・開拓者たち~ある弁護士の挑戦~
https://legal-agent.jp/attorneys/pioneer/pioneer_vol41/
東京高判平成16年 8月30日判時 1879号62頁
◆大学のゼミに招へいされた男性講師が、ゼミの懇親会後にホテル内において、同行した女子学生から拒絶されることなく性行為した場合においても、事実経過に照らし性的自由侵害等の不法行為が成立するとし、女子学生の慰謝料請求が認められた事例
【第三 当裁判所の判断
一 非暴力的な性的行為とその相手方の性的自由ないし性的自己決定権の侵害に関する当裁判所の考え方
後記認定のとおり、本件は、大学生(ゼミの受講生)である二二歳の女性が、それ以前は全く面識がなく、ある日の午後七時四〇分ころから九時一〇分ころまでゼミの招へい講師として講演をした後自分にかばんを持ち歩かせたマスコミ界の著名人である七三歳の男性から、その夜の午前〇時をかなり過ぎた時間に、ホテルの客室内で、衣服を脱ぐように命じられて全裸になり、胸や股間をなめられ、「浴衣のひもで目隠しをして」「手を後ろで縛って」「もっと苦しそうにして」「もっと足を開いて」などと指示され、全く抵抗せずに、言われるままに従い、男性の意のままに体に触られ、足(なお、控訴人は本件返信文書では「腹の上」と言っている。)に射精されるという性的行為を受けた事案である。
この事案の特徴的なことは、女性の側に、当該男性と性的行為に進むほどの愛情が生じたとか、「その場の乗りで」、「酔ったいきおいで」、「有名人と経験してみたいから」あるいは「好奇心から」その性的行為の誘いに応じたとか、また、彼の迫真の演技指導を受ける気になったとか、就職のための打算があったとか、その他その男性の性的行為を受け入れることを首肯せしめるような何らの理由も見いだすことができないということである。控訴人は、「こんなの自由恋愛でも何でもありません。バカバカシイ。」、「一種のゲーム」「遊び」であったというのであるが、事実はそうではない(控訴人の感覚として、強者が弱者をもてあそぶことを「一種のゲーム」「遊び」と表現しているのなら別である。)。この点は後記の事実関係をみれば明らかである。
ところで、行為者である男性が「一種のゲーム」「遊び」であったと説明するほかないような態様の性的行為について、たとえ外観的・物理的には、ホテルの客室に入るまでの間に、女性の側にいくらでも「ではこれで失礼します」「さようなら」と言える機会や黙って逃げる機会があり、客室の中でも、男性の性的行為を拒絶することができたといい得る状況であったとしても、それまでに至る過程の中で、その女性の精神状態に、その男性の誘いを拒絶することができない心理的な束縛が生じて、男性に対し「さようなら」を言ったり、その目の前から逃げたり、その誘いを拒絶する意思が働かず、又はその気持ちを行動に移す決断が生じなかったのであれば、そして、女性が精神的にそのような心理状態に陥ったことについて、男性の側にそのような状態にさせる明確な誘導の意図があると認められる場合には、その男性の女性に対する上記性的行為は、女性がその心理的状況において拒絶不能の状態にあることを利用し、女性を一時的な性的欲望の対象としてもてあそんだものと評価すべきであり、このような性的行為は、人の性的自由ないし性的自己決定権を侵害する不法行為を構成するというべきである。】
【これにより、控訴人の「じゃボクの云うことにともかく『ウン!』と云ってください」という「否」を言わさぬ押し付けに対し、被控訴人が「かしこまりました!!!!」と書いたころには、被控訴人には「もうしょうがない」というあきらめの気持ちが生じていた。
控訴人は、被控訴人が「ウン!!」と返答したところで筆談をやめ、被控訴人に対し、宿泊する部屋を予約する旨告げ、同ホテルの三階のフロントに向かった。この時点で、被控訴人は、精神的にあきらめの気持ちから無気力状態になり、黙って控訴人について行くほかなかった。】