救護義務違反(ひき逃げ)で会社に知られたくない場合という相談
2026年06月02日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は会社員です。営業の仕事をしており、日常的に自動車を運転しています。
先日、私用で車を運転していたところ、自転車と接触したような気がしました。しかし、相手がそのまま立ち去ったように見えたことや、たいした事故ではないと思ったことから、その場を離れてしまいました。後日、警察から連絡があり、相手がけがをしているので、救護義務違反、いわゆるひき逃げの疑いがあると言われました。
私は会社に知られたくありません。会社で自動車を運転する必要があるので、免許が取り消されると仕事ができなくなります。インターネットを見ると、ひき逃げは免許取消になると書いてあり、不安です。
会社に知られないようにするためには、どうすればよいでしょうか。
A、まず動くべきことは、会社にどう説明するかではなく、免許取消処分を回避できないかを検討することです。
救護義務違反、いわゆるひき逃げと判断されると、運転免許の行政処分上、非常に重い点数が付けられます。軽傷事故であっても、救護義務違反として扱われれば、原則として免許取消処分の問題になります。
そのため、まずは刑事弁護の段階から、警察と検察官に対して、救護義務違反に当たらないこと、少なくとも救護義務違反として違反等登録をすべきでないことを意見書で示す必要があります。行政処分の意見の聴取通知が来てから対応するのでは、既に警察側で「ひき逃げ」として処理が進んでいるため、覆すことが難しくなります。
もっとも、会社に絶対に知られないようにすればよい、という話ではありません。
免許が必須の仕事をしている場合に、免許取消処分を受けることになれば、最終的には会社に伝えざるを得ません。免許を失ったのにそれを隠して運転業務を続けることはできませんし、会社の業務にも重大な影響を与えます。
したがって、結論としては、まず免許取消回避に全力で動くべきです。そのうえで、もし免許取消の可能性が現実化した場合、遅くとも行政処分の意見の聴取通知が届いた時点では、弁護士と相談しながら会社への報告を検討すべきです。
【解説】
1 救護義務違反は、刑事処分だけでなく免許への影響が重大です
交通事故を起こした運転者は、直ちに車両を停止し、負傷者を救護し、道路上の危険を防止し、警察官に事故を報告しなければなりません。
これに違反した場合、いわゆる「ひき逃げ」として、刑事処分の対象になります。
もっとも、実務上、依頼者にとって非常に深刻なのは、刑事罰だけではありません。運転免許の行政処分です。
救護義務違反とされると、それだけで非常に重い点数が付けられます。さらに、原因となった人身事故の点数や、過去の違反点数が加わることもあります。そのため、軽傷事故であっても、救護義務違反として扱われれば、免許取消処分に直結することがあります。
仕事で自動車を運転している人にとって、免許取消は生活に直結します。営業職、配送業、建設業、運送業、介護・訪問系の仕事、地方で車通勤が必須の仕事などでは、免許を失うことが、勤務継続そのものに大きな影響を与えます。
そのため、救護義務違反の事件では、単に罰金で済むかどうかではなく、免許取消処分を回避できるかを最初から見据える必要があります。
2 「会社に知られたくない」なら、まず免許取消回避に動くべきです
会社に知られたくないという相談は、非常によくあります。
しかし、ここで重要なのは、会社に隠す方法を考えることではありません。まず考えるべきことは、免許取消処分を回避できないかということです。
仮に、救護義務違反として処理され、免許取消処分を受けることになれば、免許が必須の仕事では、会社に知られずに済ませることは現実的ではありません。
たとえば、営業車を運転する仕事、配送の仕事、現場に車で向かう仕事で、免許が取り消されたにもかかわらず会社に黙っていれば、仕事そのものができなくなります。会社に黙って無免許運転をすることは論外ですし、就業規則違反、虚偽報告、会社への損害発生など、別の問題を招きます。
したがって、「会社に知られたくない」という希望を実現するためにも、最初にすべきことは、免許取消処分を回避するための弁護活動です。
会社対応は、その後の問題です。
3 行政処分の段階だけで争うのでは遅いことがあります
救護義務違反の事件では、刑事処分と行政処分は別に進みます。
つまり、刑事事件として不起訴になったとしても、公安委員会が救護義務違反を認定し、免許取消処分をする可能性があります。逆にいえば、刑事事件だけ見ていればよいわけではありません。
もっとも、行政処分の意見の聴取通知が来てから初めて弁護士に相談しても、既に警察側で「救護義務違反」として違反等登録が進んでいることがあります。その段階で、意見の聴取だけで免許取消処分を覆すことは、簡単ではありません。
そのため、救護義務違反の疑いがある事件では、警察段階から対応することが重要です。
具体的には、警察署及び検察官に対して、次のような事情を整理した意見書を提出することが考えられます。
・事故の態様
・接触や衝撃の程度
・相手方の動静
・負傷を認識できたか
・相手方がその場を立ち去った事情
・運転者が事故や負傷を認識していたといえるか
・現場に戻ったか、警察に連絡したか
・ドライブレコーダー、防犯カメラ、車両損傷、現場状況
・被害者の負傷内容
・任意保険による被害弁償
・示談状況
・再発防止策
・運転免許取消による生活上・職業上の影響
特に、救護義務違反としての故意が認められるか、すなわち、負傷者がいる事故であると認識しながら現場を離れたといえるかは、事案によって慎重に検討すべきです。
単に事故現場を離れたからといって、常に救護義務違反が成立するわけではありません。事故の認識、負傷の認識、相手方の動き、現場の状況などを具体的に検討する必要があります。
4 弁護活動の目標は、刑事処分と行政処分の両方です
救護義務違反の事件では、弁護活動の目標を分けて考える必要があります。
第1に、刑事処分です。
救護義務違反について、嫌疑不十分不起訴を目指すことがあります。事案によっては、過失運転致傷については処分を受けるとしても、救護義務違反については成立しない、又は証拠が不十分であるという主張をすることがあります。
第2に、行政処分です。
刑事処分とは別に、運転免許の取消処分を避ける必要があります。そのためには、警察段階で「救護義務違反」として違反等登録されることを防ぐことが重要です。
第3に、会社対応です。
免許が必須の仕事である場合、免許取消処分の可能性が現実化すれば、会社に報告せざるを得ない場面が来ます。その時に、何を、どのような順序で、どこまで説明するかを考える必要があります。
この3つをバラバラに考えると、対応を誤ります。
たとえば、刑事事件だけを見て「罰金で済めばよい」と考えると、免許取消処分で仕事を失う可能性があります。逆に、会社に隠すことだけを考えると、免許取消後に業務ができなくなり、会社への説明がさらに困難になります。
救護義務違反の弁護では、刑事処分、行政処分、社会生活への影響を一体として見る必要があります。
5 会社にいつ報告すべきか
会社にいつ報告すべきかは、事案によって異なります。
まず、就業規則、車両管理規程、服務規程、社用車使用規程などを確認する必要があります。交通事故や刑事事件、免許停止・取消の可能性について報告義務が定められている場合には、その規程を無視することはできません。
また、勤務中の事故、社用車での事故、通勤中の事故、会社名義の車両の事故、会社の保険を使う事故であれば、早期に会社へ報告すべき場合が多いでしょう。
一方で、完全な私用中の事故であり、現時点では逮捕されておらず、報道もされておらず、免許取消処分も確定していない場合には、直ちに会社へ全てを報告すべきかは慎重に検討する必要があります。事実関係が未整理の段階で「ひき逃げをしました」と断定的に報告すると、本来争える点まで不利に固定されるおそれがあります。
もっとも、免許が必須の仕事の場合には、どこまでも黙っていてよいわけではありません。
遅くとも、行政処分の意見の聴取通知が届いた時点では、会社への報告を検討すべきです。
意見の聴取通知が届くということは、公安委員会側で免許停止90日以上又は免許取消処分が予定されているということです。取消処分が決定される可能性が現実化しており、免許を前提とする業務に影響が出る段階です。
この段階でなお会社に黙っていると、会社は勤務配置や業務運行の準備ができません。取消処分が出た後に突然「明日から運転できません」と伝えることになれば、本人への信頼をさらに損なう可能性があります。
したがって、免許が必須の仕事であれば、遅くとも行政処分の意見の聴取通知が来た時点で、弁護士と相談しながら会社に報告すべきでしょう。
6 会社への報告では、言い方が重要です
会社に報告する場合には、感情的に謝るだけでは不十分です。また、必要以上に不利な断定をすることも避けるべきです。
たとえば、救護義務違反の成否を争っている段階で、自ら「ひき逃げをしました」と断定する必要があるとは限りません。
むしろ、次のように、事実関係と現在の手続状況を正確に説明することが重要です。
・私用中に交通事故を起こしたこと
・警察から救護義務違反の疑いで捜査を受けていること
・弁護士に依頼して対応していること
・被害者対応は任意保険を通じて進めていること
・救護義務違反の成否については、事故態様や認識を踏まえて弁護士が意見書を提出していること
・免許取消処分を避けるため、刑事・行政の両面で対応していること
・行政処分の意見の聴取通知が届いており、今後免許に影響が出る可能性があること
・会社の業務に影響が出ないよう、配置や運転業務について相談したいこと
会社への報告は、刑事事件の自白とは違います。会社に対して誠実であることは重要ですが、不正確な断定や、法的評価まで自分で決めつける必要はありません。
大事なのは、事実、手続状況、今後の見通し、業務への影響、再発防止策を整理して伝えることです。
7 会社に黙っていてはいけない場合
次のような場合には、会社に黙っていることは危険です。
・社用車で事故を起こした
・勤務中又は業務中の事故である
・会社の任意保険を使う必要がある
・就業規則上、刑事事件や交通事故の報告義務がある
・会社から交通違反や事故の有無を確認されている
・免許停止又は取消により業務運転ができなくなる
・行政処分の意見の聴取通知が届いた
・逮捕、報道、警察から会社への連絡などにより発覚可能性が高い
・会社に黙ったまま運転業務を続けることになる
特に、免許停止又は取消処分を受けた後に、会社に黙って運転することは絶対に避けなければなりません。
無免許運転は新たな犯罪です。会社にも重大な迷惑をかけます。仮に交通事故を起こせば、会社、被害者、本人の人生に深刻な影響が出ます。
会社に知られたくないという気持ちは理解できます。しかし、免許を失う可能性が現実化した場合には、隠し通すのではなく、報告する時期と内容を整える方向に切り替える必要があります。
8 免許取消回避のために準備すべき資料
救護義務違反で免許取消を回避したい場合には、早期に資料を集める必要があります。
たとえば、次のような資料です。
・ドライブレコーダー映像
・防犯カメラ映像の有無
・事故現場の写真
・車両の損傷写真
・現場の道路幅、見通し、交通量
・事故直後の通話履歴、警察への連絡履歴
・相手方の診断書、負傷内容
・相手方が事故直後にどのように行動したか
・任意保険会社とのやり取り
・示談書、宥恕文言、処罰意思に関する資料
・運転免許が仕事に不可欠であることを示す資料
・再発防止策
・安全運転講習の受講資料
・家族や勤務先以外の身元引受人の資料
事故から時間が経つと、映像が消えたり、現場状況が変わったり、記憶が曖昧になったりします。早期の証拠保全が重要です。
9 してはいけないこと
会社に知られたくない、免許を失いたくないという焦りから、してはいけないことがあります。
・警察に虚偽の説明をすること
・被害者に口止めを求めること
・ドライブレコーダー映像を消すこと
・会社に虚偽報告をすること
・免許停止又は取消後に運転すること
・行政処分の通知を無視すること
・意見の聴取を欠席すること
・弁護士に不利な事情を隠すこと
・インターネット情報だけで自己判断すること
特に、行政処分の意見の聴取通知を無視してはいけません。欠席しても、処分手続は進みます。むしろ、弁明や資料提出の機会を失うことになります。
10 弁護士に相談すべきタイミング
救護義務違反の疑いがある場合には、できるだけ早く弁護士に相談すべきです。
特に、次の段階では早急な相談が必要です。
・警察から「ひき逃げ」と言われた
・後日、警察から呼出しを受けた
・事故現場を離れたことについて供述調書を作られそうになっている
・被害者が診断書を出した
・免許取消が不安である
・仕事で免許が必要である
・会社に知られたくない
・行政処分の意見の聴取通知が届いた
・検察庁から呼出しを受けた
・略式起訴や罰金の話が出ている
行政処分の意見の聴取通知が来てからでは遅いことがあります。もちろん、その段階でも弁護士に相談すべきですが、本来は警察段階、できれば最初の取調べの前後から対応する方が望ましいです。
まとめ
救護義務違反、いわゆるひき逃げで会社に知られたくない場合に、最初にすべきことは「会社にどう隠すか」を考えることではありません。
まず、免許取消処分を回避できないかを検討すべきです。
救護義務違反として処理されると、軽傷事故であっても免許取消処分の問題になります。仕事で免許が必要な人にとって、これは刑事罰以上に重大な問題になることがあります。
そのため、警察段階から、救護義務違反に当たらないこと、少なくとも救護義務違反として違反等登録すべきでないことを、意見書や資料で示す必要があります。
一方で、免許が必須の仕事をしている場合に、免許を失うことになれば、最終的には会社に伝えなければなりません。免許取消処分を受けたのに会社に黙って運転業務を続けることはできません。
したがって、対応の順序は次のとおりです。
第1に、免許取消回避に向けて警察・検察に早期に働きかける。
第2に、刑事処分と行政処分の双方を見据えて資料を整える。
第3に、会社への報告義務や就業規則を確認する。
第4に、免許取消の可能性が現実化した場合には、報告内容を整理する。
第5に、免許が必須の仕事であれば、遅くとも行政処分の意見の聴取通知が届いた時点で、会社への報告を検討する。
救護義務違反の事件では、刑事処分、免許取消、会社対応が一体となって問題になります。
会社に知られたくない方ほど、早期に弁護士に相談してください。
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