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薬院法律事務所

刑事弁護

着衣の上からの無断撮影も盗撮か?


2019年07月15日刑事弁護

この論点については、2つの重要な最高裁判例があります。

結論として、一定の場合は「卑わいな言動」として迷惑行為防止条例違反になります。各地の警察が作成している迷惑行為防止条例の逐条解説でもだいたい引用されている最高裁判例です。撮影態様、対象、時間といった事情が考慮されて判断されます。明確な基準がないので、立件できるかどうかは個別判断になります。

そこには、無断撮影行為が処罰に値するような卑わいな言動といえるかという問題があります。無断撮影という意味では、マスコミやYouTuberが群衆を撮影することも無断撮影ですので、どこから処罰対象にするのかという問題があります。

時折逮捕されている事例がありますが、起訴まで至らずに終了している事件も多いと思います。逆にいえば、最終的に処罰されない事案でも、現行犯逮捕されたり、逮捕状がでることはあるということです。

 

まず、第一の重要判例です。

 

事件番号
平成19(あ)1961

事件名
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反被告事件

裁判年月日
平成20年11月10日

法廷名
最高裁判所第三小法廷

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=37011

判示事項

1 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)2条の2第1項4号にいう「卑わいな言動」の意義
2 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)2条の2第1項4号の「卑わいな言動」の要件は不明確か
3 ズボンを着用した女性の臀部を撮影した行為が,被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるような卑わいな言動に当たるとされた事例

裁判要旨

1 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)2条の2第1項4号にいう「卑わいな言動」とは,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいう。
2 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)2条の2第1項4号の「卑わいな言動」は,同条1項柱書きの「公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような」と相まって,日常用語としてこれを合理的に解釈することが可能であり,不明確ではない。
3 ショッピングセンターにおいて女性客の後ろを執ように付けねらい,デジタルカメラ機能付きの携帯電話でズボンを着用した同女の臀部を近い距離から多数回撮影した本件行為(判文参照)は,被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるような卑わいな言動に当たる。
(3につき反対意見がある。)

 

(判決文)

【被告人は,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時ころ,旭川市内のショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,女性客(当時27歳)に対し,その後を少なくとも約5分間,40m余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3mの距離から,右手に所持したデジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,細身のズボンを着用した同女の臀部を同カメラでねらい,約11回これを撮影した。
以上のような事実関係によれば,被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるものといえるから,上記条例10条1項,2条の2第1項4号に当たるというべきである。これと同旨の原判断は相当である。】

 

担当した最高裁調査官の判例タイムズでのコメントは以下のとおりです。

【本件事案の罰則該当性に係る判断についても,注目されるものと思われる。すなわち,本件のような事案においては,公共の場所において隠されていない部分を見ること自体は基本的に許された行為ではないか,そして,その写真を撮ることも,本件罰則の適用に関しては,見ることとの間で質的な違いはないというべきではないか,などの問題が考えられるからである(問題点については,田原裁判官の反対意見において多角的に論じられているところである。)。多数意見は,初めに,被告人は,ショッピングセンター内で,女性客の後ろを少なくとも約5分間,40m余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3mという近い距離から約11回にわたって細身のズボンを着用した同女の臀部を撮影しているなどの本件事案の具体的状況・態様を判示し,それを前提に本件行為の罰則該当性を肯定している。これによれば,本件においては,ねらった対象が臀部であること,また,相当に執ような態様で撮影していることなどが指摘できるのであり,多数意見が,本件撮影行為について,その対象が隠されていない部分であるにもかかわらず,「被害者を著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような,卑わいな言動」に当たるとした判断は,こうした本件における具体的な事情を踏まえたものであったと考えられる。

このように,本件の罰則該当性に係る判断は,飽くまで事例判断ではあるが(盗撮行為等については,様々な態様があり得ることにつき,中村孝「いわゆる迷惑防止条例違反の成否が問題となった事例」研修 671号 117頁等参照。),具体的に重要と考えられる事実を挙げた上で,衣服の上からの撮影も迷惑防止条例違反罪に当たる場合があることを示したものであり,その前提として判示された「卑わいな言動」の定義,その構成要件が不明確でないとの判断とともに,実務上重要な意義を有すると思われる。】(判例タイムズ1302号111頁)

 

警察の取り扱いを書いた文献ではこういった記載があります。

ただ、これらは10年以上前の文献ですので、今でも同じ運用であるかどうかは保証できません。

 

警察実務研究会編『平成21年版警察実務重要裁判例』119~120頁

【本件最高裁決定は…同決定や控訴審判決の補足説明を読めば分かるとおり、本件の具体的事情を踏まえた判断であることに注意を要する…したがって、同種事案の事件処理に当たっては、単に被害者の臀部等を狙って撮影したかや、被害者の身体のどの部位が撮影されたかだけではなく、このような撮影方法の執拗性や当該撮影された被害者の心情等についても十分捜査する必要があろう。】

 

そして、こちらが第二の重要判例です。

 

令和4年12月5日最高裁判所決定は「前かがみになった女性のスカートの裾と同程度の高さで至近距離からカメラを構えており、人を著しく羞恥させる行為だ」としているようです。以前は平成20年の判例が限界事例と見られていましたが、それより執拗さがない事案で有罪にしています。今後は、より検挙されやすくなると思います。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/574/091574_hanrei.pdf

 

同判例についての私の解説はこちらをご覧ください。

https://www.bengo4.com/c_1009/n_15373/

 

さらに、直接盗撮について記載したものではないですが、清水康平「実務刑事判例評釈[case299] 大阪高判令元.8.8迷惑防止条例違反の罪の構成要件該当性」(警察公論2020年3月号85頁)がこの問題について詳しいです。

 

また、事案によっては、迷惑行為防止条例の「卑わいな言動」にはあたらなくても、軽犯罪法違反(つきまとい)での立件も考えられるところです。いずれにしても難しい判断が必要になりますので、この種事案が刑事事件として立件された場合には、弁護士に面談相談すべきでしょう。

軽犯罪法

第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

二十八 他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者

※近時は厳しく立件され、処罰されるようになっています。

記事紹介 梶山健一郎「ショートパンツを着用した被害者が自ら露出している膝裏付近の動画撮影行為であっても、社会通念上、性的道徳観念に反する下品でみだらな動作であり、被害者と同様の立場に置かれた人を著しく差恥させ、かつ不安を覚えさせるような行為であると認められるとした事例(東京高判令5. 7. 11判決・確定」研修905号(2023年11月号)76-86頁