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薬院法律事務所

刑事弁護

解説・顔貌鑑定(顔画像鑑定)


2022年07月16日読書メモ

講演用に作成していた原稿です。

解説・顔貌鑑定(顔画像鑑定)
弁護士 鐘ケ江 啓 司
第1 顔貌鑑定(顔画像鑑定)とは
1 顔画像鑑定について
まず、顔貌鑑定という言葉が使われることもあるが、正確には「顔画像鑑定」である。防犯カメラなどに残された顔画像と、警察が撮影した顔画像を比較するという内容の「鑑定」である。
「鑑定」と括弧書きしたのは、鑑定という響きほど正確性があるものではなく、あくまで手がかりに過ぎないからである。実は、令和2年4月1日には警察庁においても取扱いが変更されている。このことは後に述べる。
2 顔画像鑑定の3つの手法
顔画像鑑定には3つの手法がある。
(1) 形態学的識別法
画像に撮影されている顔の輪郭や構成部位(眉,眼,鼻,口および耳など)を鑑定人が観察し,形状を分類して比較する方法。この手法では、「出現頻度」が重要になる。ありふれた特徴が類似するからといって、同一人であるとはいえないからである 。
(2) 人類学的計測法
目や鼻、口など顔の各構成要素間の位置関係等を計測し、その計測値の比(指数)を比較する検査法。形態学的検査と併せて用いられる 。
(3)  スーパーインポーズ法
双方の顔画像を重ね合わせ,顔部輪郭線の形状および顔面各部の位置関係について異同識別を行う手法。かつては少なかったが、3次元顔画像が撮影できるようになってから良く使われるようになった。
3 顔画像鑑定の信用性
裁判例や文献においては、概して信用性を慎重に判断するものとされている。資料2の控訴趣意書提出後の警察向け文献をいくつか引用する。
(1) 警察公論2020年11月号付録令和2年度版警察実務重要裁判例
234頁
【顔貌鑑定については,裁判所は,専門家証人としての証言内容の合理性を鵜呑みにすることなく, その判断機序や判断根拠の合理性を入念に検討してその信用性を判断している傾向が明らかである。
本判決においては,写真が不鮮明であるため, スーパーインポーズ法を用いるには限界があること,形態学的観察にも主観性や限界があること等が入念に検討され,顔貌鑑定の信用性が否定されたものである。今後,顔貌鑑定書を検討する際の参考としていただければ幸いである。】
(2) 警察学論集74巻3号(2021年3月)
粟田 知穂「三つの裁判例 : 近時裁判例から学ぶ薬物事件等捜査の問題点(第9回)鑑定(その2)顔貌鑑定関係[東京高判平成29.11.2 他]」(粟田知穂『規範あてはめ刑事訴訟法』(立花書房,2021年9月)に収録)
【原判決を破棄して被告人を無罪とした本判決は、「形態学的検査・スーパーインポーズ法とも手法等に明らかに合理性がないとはいえない。」という前提に立ちつつ、鑑定資料であるオービス写真の画像の鮮明度が低いことを主な理由とし、顔貌鑑定をほぼ唯一の証拠として犯人性を認めることはできない(鑑定書にはそこまでの証明力が認められない) としているものと解されます。】

第2 顔貌鑑定の争い方
1 顔画像鑑定に関する論文を集めること
当時私が集めた文献を羅列する(★は控訴趣意書に引用)。なお、本判決後に公開されている科捜研の論文はないようである。
吉野峰生ほか「顔画像相互のスーパーインポーズ像における輪郭合致度の評価」(科警研報告54巻1号,2001年)
★宮坂祥夫「警察における顔画像鑑定の現状」(日本法科学技術学会誌10巻,2005年)
★厚地将・林葉康彦・池田典昭「3次元顔画像スーパーインポーズシステムを用いた顔貌鑑定事例」(日本法医学雑誌59巻1号,2005年)
★橋本慎太郎・戸山恭平・棚田徳彦「撮影条件による顔画像鑑定への影響について-速度違反自動取締装置で撮影された顔画像-」(日本法科学技術学会誌第14巻,2009年)
吉野峰生「頭蓋・顔写真スーパーインポーズ法1937-2009」(科警研報告61巻2号,2010年)
宮坂祥夫・小川好則・今泉和彦・吉野峰生「3次元顔画像識別システムの最近10年間の活用状況」(日本法科学技術学会誌第15巻,2010年)小川好則ほか「3次元顔画像からの顔部計測法について」(日本法科学技術学会誌15巻,2010年)
宮坂祥夫・小川好則・谷口慶・今泉和彦「顔写真を用いた人類学的計測検査のためのNasion代替点の設定方法に関する提案」(科警研報告63巻2号,2014年)
江川司ほか4名「運搬型3Dスキャナを用いた3次元顔画像鑑定及び3次元スーパーインポーズ法の検討」(日本法科学技術学会誌第16巻,2011年)
★小川義則・谷口慶・今泉和彦・宮坂祥夫「三次元顔画像からの人類学的計測法の検討」(法科学技術21巻1号,2016年)
谷口慶・小川好則・今泉和彦「3次元顔画像鑑定におけるArtec Evaの適用可能性の検証」(日本法医学雑誌69巻2号,2015年)★今泉和彦「顔画像鑑定に関連する各種とりくみについて-3次元顔画像の活用,顔の加齢処理他一…」(犯罪学雑誌83巻3号,2017年)
江川司ほか5名「非接触ハンディタイプ3Dカラースキャナーを用いたスーパーインポーズ法の模擬鑑定結果」(日本法科学技術学会誌第23巻2号,2018年)
2 鑑定の主文に注意すること
顔画像鑑定の主文が令和2年4月1日から変更されている。
かつては、顔画像鑑定の主文は、「同一人と考えられる」「同一人と考えて矛盾しない」「別人と考えられる」といった同人か否かに言及する表現が用いられていたが、令和2年4月1日から「極めて高い類似性が認められる」「高い類似性が認められる」「類似性が認められる」「相違性が認められる」という表現に変わっている。
これは、出現頻度について立証する必要がないようにしたものかもしれないが、極めて高い類似性があるからといって同一人であるという立証にはならないということを裁判所に理解してもらう必要がある。
3 判断過程を十分分析すること
どの科学的証拠にも共通することであるが、専門用語を羅列して、いかにも客観性が高いようにみえる鑑定書もあるが、その内実は・・・ということもある。自分で調べても良くわからない時は、検察官に釈明を求めても良い。実は、裁判官もわかっていないということがある。
以上