熊本県迷惑行為等防止条例第3条(卑わいな行為等の禁止)の解説・第1回痴漢・盗撮行為(1)
2025年01月08日刑事弁護
下書きはchatGPTo1 proに作成してもらいました。加筆した部分を赤字にしています。
以下では、熊本県迷惑行為等防止条例(以下「本条例」といいます)第3条(卑わいな行為の禁止)第1項の各号(1号、2号、3号、4号)について、これまでの「条例解説のスタイル」を踏襲して、条文構造や具体的要件、典型例等を挙げながら解説します。
1. 第3条(卑わいな行為の禁止)の位置づけ
本条例第3条は、いわゆる「痴漢行為」や「盗撮行為」、その他人の性的羞恥心を著しく害する行為を幅広く取り締まる規定です。
- 目的: 「公共の場所又は公共の乗物」において人の性的プライバシー・尊厳を守り、県民の平穏な生活を維持する。
- 保護法益: 被害者の性的自由や羞恥心の保護、公共の秩序・風紀の保全。
第3条第1項は、とくに「公共の場所又は公共の乗物において行われる卑わい行為」を対象としており、身体への接触やのぞき見・撮影など多様な態様を列挙しています。
2. 第3条第1項の本文
(第3条第1項本文)
「何人も、公共の場所又は公共の乗物において、正当な理由がないのに、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。」
(1) 「公共の場所又は公共の乗物」の範囲
- 公共の場所
道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興行場、飲食店など。 - 公共の乗物
汽車、電車、乗合自動車、船舶、航空機など、不特定または多数の者が乗車(搭乗)する乗り物全般。 - 迷惑防止条例において重要な要件であり、坂田正史「迷惑防止条例の罰則に関する問題について」判例タイムズ1433号(2017年4月号)21-43頁は「「公共の場所」該当性の判断は,施設ないし場所の類型的な属性ではなく,その種類,性質用途,行為当時の管理・利用の状況,構造,開放の程度を,特定の区画が問題となっている場合は,その区画部分について以上のような諸要素を実質的,個別的に考慮して,不特定かつ多数の人が自由に出人り又は利用が可能な状態にあるかどうかを検討しているといえよう。」とする。
- 熊本県警察本部「熊本県迷惑行為等防止条例解説(全128頁)」(熊本県警察本部,2018年7月)9頁
- 【イ公共の場所の概念
「公共の場所」に当たる場所又は施設であっても、現に不特定、かつ、多数の者に利用される状態におかれていないときは、ここにいう公共の場所とは言えない。すなわち、公共の場所とは、場所の属性ではなく状態である。したがって、公開時間以外の興行場や閉店後の百貨店又は営業中の飲食店や料理店であっても、その一部又は全部を貸し切って区画を閉鎖し、現に利用中の者以外の者は利用することができない状態となっている場所は、公共の場所とは言えない。
ウ事例
0 公営のプールは公共の場所であるが、学校のプール等特定の者しか利用できないプールは公共の場所に当たらない。
0 公衆浴場は公共の場所であるが、家族湯、個人宅の風呂場は公共の場所に当たらない。
0 通常の者が利用できる公衆便所において、女子便所、大便所等の使用中は、排他的に利用するものであるから公共の場所に当たらないが、小便所や手洗い場等は公共の場所に当たる。】
(2) 「正当な理由がないのに」とは
- 社会通念上、相手に接触したり、衣服の内部を覗き見したり、撮影をする必要が認められないこと。
- 医療行為や介護行為など、やむを得ず身体に触れたりする場合は該当しないことが多いが、日常生活で「正当な理由」にあたるケースはかなり限定的。
(3) 「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法」
- 被害者本人が感じる恥辱感や恐怖感に加え、客観的にも性的プライバシーを侵害し得る行為であれば条例違反となりうる。
- 「著しく」という要件は、被害者が強い抵抗感や精神的苦痛を覚えうる程度を指す。
3. 第3条第1項各号の解説
(1) 第1項第1号
「衣服その他の身に着ける物(以下この条において『衣服等』という。)の上から又は直接人の身体に触れること。」
a. 内容
- いわゆる「痴漢行為」を想定する条文。衣服の上から触る場合も、直接肌に触れる場合も含む。
- 性的な部位に限らず、人が性的に羞恥や不安を覚えるような接触行為が広く対象となる。
b. 典型事例
- 満員電車やバスなどで他人の尻・胸・太もも等を故意に触る。
- エレベーター内で身体を押し付けて接触を図る。
c. 注意点
- 偶然の接触(過失)であれば処罰対象とならないが、明らかに故意の痴漢行為と認定されると、本条違反となり得る。
- より暴行性・強制性のある場合は刑法(不同意わいせつ罪)で処罰される可能性もある。
(2) 第1項第2号
「衣服等で覆われている人の下着又は人の身体(以下『下着等』という。)をのぞき見し、又は撮影し、若しくは撮影する目的で写真機等を向け、若しくは設置すること(これらの行為が次号に規定する方法により行われる場合を除く。)。」
a. 内容
- 衣服で隠された「下着又は身体」を無断でのぞき見る行為(いわゆる「のぞき」)や、これを撮影したり、撮影目的でカメラを向けたり設置する行為(いわゆる「盗撮」)を禁止している。
- 第3号(後述)の「透かして見る」方法以外の通常の盗撮・のぞき見をここで規制している。
b. 典型事例
- スカート内盗撮: スマートフォンを足下に差し向けて撮影する、鏡を使って覗き込むなど。
- 電車内などで衣服の隙間から下着を盗撮: 胸元をカメラで狙う、背後からのぞき込む。
- のぞき見行為全般: トイレや階段で下着を覗くなど(ただし、もっとプライベートな場所の場合は第3項が適用されうる)。
c. 注意点
- 撮影の実行が完了していなくても、撮影目的でカメラを向けたり設置したりする行為自体が禁止の対象。
- 罰則規定としては、第13条第1項により「撮影した」場合の法定刑が1年以下の懲役又は100万円以下の罰金(常習は2年以下)とされ、比較的重い。
(3) 第1項第3号
「衣服等を透かして見ることができる写真機等を使用して、下着等の映像を見、又は撮影すること。」
a. 内容
- 近年増えている「透視カメラ」「赤外線カメラ」「特殊フィルター」など、衣服越しに下着や身体を写し出せる機器を使った覗き・撮影行為を想定。
- 第2号が「通常のカメラ・肉眼ののぞきや盗撮」を想定しているのに対して、本号は特殊な機器を用いた行為を区別して規制している点が特徴的。
b. 典型事例
- 赤外線モード等で衣服を透かして下着を映し出すカメラで盗撮する。
- 通常の目視では見えないが、特殊レンズを通じて下着や身体のラインを撮影し、映像を楽しむ行為。
- 熊本県警察本部「熊本県迷惑行為等防止条例解説(全128頁)」(熊本県警察本部,2018年7月)19頁
- 【事例
〇薄い衣服が透けて見える赤外線装置付きビデオカメラ等で、水着姿の女子競泳選手等を撮影する行為
〇衣服が透けて見える赤外線装置付きビデオカメラを使用し、競泳大会における水着姿の女子競泳選手や、プール又は海水浴場における水着姿の女性を透視撮影する行為】
c. なぜ区別して規制しているか
- 技術の進歩により、特殊カメラ等を用いた盗撮事案が増加した背景がある。条例としては、通常の盗撮よりも悪質性が高い場合もあるため、独立の号で明確に禁止行為としたものと考えられる。
(4) 第1項第4号
「前3号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。」
a. 内容
- 第1号から第3号に当たらない卑わい行為全般を包括的に規制。
- 具体的には、直接の身体接触やのぞき・盗撮以外でも、露骨に卑猥な言葉を投げかける、性的な行為を周囲に見せつける、わいせつなポーズを取るなど、人の性的羞恥や不安を著しく煽る行為が広く対象。
b. 典型事例
- 公共の場所で大声で卑猥な言葉を繰り返し叫び、周囲の人々を不快にさせる。
- 性的なジェスチャーや動作を人前で執拗に行い、相手を困惑させる。
- 街中で故意にズボンやコートを脱ぎ、直接的に性器を見せつける行為(ただし、刑法上の公然わいせつ罪が成立する場合もある)。
- 熊本県警察本部「熊本県迷惑行為等防止条例解説(全128頁)」(熊本県警察本部,2018年7月)19頁
- 【イ事例
〇駅の待合室において、多人数の面前で、女性の陰部の俗称を繰り返し発して、付近にいる者又は同席する女性を著しく羞恥させる行為
〇スカートをまくり上げる行為
〇女性の胸の前に手を差し出し、衣服や身体に触れないようにして、乳房をもむような仕草をする行為
〇女子中学生に声をかけ、「おっぱい大きいね。おじちゃんとエッチしよう。」などと言う行為
〇男児に声をかけ、「マスターベーションはしたことがあるね。おじちゃんが教えてやるけん。ちょっと車に乗らんね。」などと言う行為】 -
公然わいせつ罪が成立する場合は、観念的競合となりより重い迷惑防止条例違反の罪で処罰されるというのが一般的ですが、熊本県警察本部「熊本県迷惑行為等防止条例解説(全128頁)」(熊本県警察本部,2018年7月)17頁は【(2) 刑法第174条(公然わいせつ)との関係 刑法第17 4条(公然わいせつ)は、「公然とわいせつな行為を行った場合」に成立するのに対し、本条の禁止行為は、「公然と行うこと」を要件としていない。なお、本条に違反する行為が刑法第17 4条に当たる場合は、法条競合の関係となり、刑法のみが成立する。】としています。もっとも、これは平成30年時点での逐条解説ですので、現在は運用が変わっている可能性があります。
裁判年月日 平成22年12月17日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(う)1739号
事件名 埼玉県迷惑行為防止条例違反
裁判結果 棄却 上訴等 確定 文献番号 2010WLJPCA12176004
要旨 / 新判例体系
◆埼玉県迷惑行為防止条例2条4項違反行為について同条例12条1項1号及び2項が刑法174条より重い刑罰を定めていることと憲法94条,地方自治法14条
裁判経過
第一審 さいたま地裁
出典
東高刑時報 61巻342頁(抄録)
第1 原判決が認定した罪となるべき事実を適宜要約・補足して示す。
被告人は,常習として,①平成22年5月4日午前8時10分ころ,埼玉県久喜市内の路上で,通行中の被害者A(当時16歳)に対し,「それじゃあパンツ見えるよ。今日のパンツは何色。」などと申し向け,②同日午後11時25分ころ,同市内の歩道上で,通行中の被害者B(当時21歳)に対し,ことさらに自己の陰茎を露出して示した上,自慰行為をして見せ,もって,公共の場所において,人を著しく羞恥させ,かつ,人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をした。
(中略)
(2)ア 所論は,公共の場所等で,陰茎を露出し,自慰行為をして見せる行為は,公然わいせつ行為として刑法174条に該当するが,その刑は「6月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」となっており,行為者がその常習者であっても刑の重さが変わらないのに対し,この行為を「人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」であるとして条例2条4項を適用した場合,条例12条1項1号により6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に,常習者については同条2項により1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられることになり,同一行為につき法律よりも重い処罰ができることとなるから,「法律の範囲内で条例を制定できる」とした憲法94条,「法令に違反しない限りにおいて」「条例を制定できる」とした地方自治法14条1項に反することになり,許されないと主張する。
イ 確かに,条例2条4項に該当する行為には公然わいせつ行為が含まれる場合があり得る。
しかし,条例2条4項は,刑法174条と構成要件を異にしていることは明らかであるから,同条と矛盾抵触してはおらず,所論がいうように,同一行為について条例が法律より重く処罰することにはならない。
そして,そういった規定振りに合理性があることは,その目的にあり,検察官も答弁書で主張するように,条例2条4項は,県民生活の平穏を保持することを目的として,それを害する危険性のある行為を禁止しようとするものであって,健全な性秩序ないし性的風俗を保護するのを目的とする刑法174条とは目的を異にしている。
この目的からして,条例2条4項違反行為について,条例12条1項1号及び2項が刑法174条よりも重い刑罰を定めているからといって,その合理性に疑問は生じず,憲法94条,地方自治法14条に違反することにはならない。
ウ 原判決は,所論も公然わいせつ罪には当たらないとする原判示1の事実と共に原判示2の事実を,常習一罪の一部をなすものとして条例違反の犯罪事実としているから,原判示2の事実が公然わいせつ罪にも該当し得るからといって,条例を適用することが許されないことにはならない。
(植村立郎 青沼潔 有賀貞博)
c. 刑法との関係
- 犯行態様によっては「公然わいせつ罪」(刑法174条)に該当する可能性がある。一方、条例違反として適用されるのは、刑法適用ほど直接的・露骨でなくとも人に強い性的羞恥や不安を与える行為を幅広くカバーする趣旨。
4. 実務上の注意点
- 重なり合う規定
- 刑法(不同意わいせつ罪、公然わいせつ罪など)、令和5年施行の「性的姿態等撮影処罰法」などとどちらが適用されるかは、事件の悪質性や捜査機関の判断による。
- 条例違反は比較的軽微な行為でも成立しうるが、罰則規定は決して軽視できない(前科が付く可能性あり)。
- 罰則の区分
- 第13条で、特に「撮影行為(第3条第1項第2号・第2項・第3項)」については1年以下の懲役又は100万円以下の罰金と、他の違反行為より重く設定されている。
- 第14条では「第3条違反(撮影行為以外)」は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金。常習なら1年以下の懲役又は100万円以下の罰金。
- 被害者の意識・客観的状況
- 被害者が気付かないうちに行われる「盗撮」や「のぞき見」の場合でも、行為態様が客観的に卑わい・危険と認められれば条例違反が成立しうる。
- さらに、「撮影目的でカメラを向ける・設置する」行為も禁止されているため、未遂段階であっても処罰対象となる点に留意。
5. まとめ
- 第3条第1項第1号:衣服等の上から・直接の身体接触(典型的に痴漢行為)。
- 第3条第1項第2号:通常の方法による「のぞき・盗撮」や、撮影準備行為。
- 第3条第1項第3号:特殊なカメラ等で衣服を透かして見る・撮影する行為。
- 第3条第1項第4号:接触・のぞき・盗撮以外の、卑猥な言動全般。
本条は、公共の場所や公共の乗物内での性的迷惑行為を広範囲にカバーし、県民の平穏な生活や性的プライバシーを保護する柱として機能します。さらに、刑法の適用が難しい軽微な行為でも条例に違反すれば罰則が科されるため、痴漢・盗撮・卑猥言動に対して強い抑止力を持つことが特徴です。いずれにしても、被害者の性的尊厳を損なう行為は厳しく規制される点に注意が必要です。
熊本県迷惑行為等防止条例
https://www1.g-reiki.net/kumamoto/act/frame/frame110001225.htm
【参考文献】※情報公開で入手した資料は一部マスキング有
熊本県警察本部「熊本県迷惑行為等防止条例解説(全128頁)」(熊本県警察本部,2018年7月)
熊本県警察本部(?)「熊本県迷惑行為等防止条例の改正理由について(全4頁)」(2017年11月21日)