性的姿態等撮影罪の解説・第5回未遂(第二条第2項)
2025年01月03日刑事弁護
下書きはchatGPTo1 proに作成してもらいました。加筆部分は赤字にしています。
以下では、「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」(以下「本法」)第2条2項(未遂罪を処罰する規定)について、これまでの条文解説スタイルを踏襲しつつ、未遂罪の意義・適用範囲や具体例を挙げながら解説します。
条文該当部
(性的姿態等撮影)
第二条
次の各号のいずれかに掲げる行為をした者は、三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金に処する。
一 (略)
二 (略)
三 (略)
四 (略)
2 前項の罪の未遂は、罰する。
3 (略)
ここでは、第1項で定められた「性的姿態等撮影罪」の4つの類型(第1号~第4号)すべてについて、未遂も処罰するとするのが第2項です。
1. 第2項の構造と趣旨
- 「前項の罪の未遂は、罰する」:
- 第1項の4つの類型(1号~4号)のいずれかに当たる撮影行為を完成しなかった(結果的に撮影が成立しなかった)場合でも、法益侵害の危険が生じた行為は処罰対象になるという規定。
- 盗撮は、一瞬のうちに成功・失敗が決まるため、撮影に失敗しても被害者の性的自由やプライバシーを侵害する高度な危険を生み出した点で処罰する必要がある、という立法趣旨があります。
2. 「未遂が処罰される」意味
2.1 実行の着手
- 刑法総論上、未遂を処罰するには「実行の着手」が必要。
- つまり、本法のいずれかの類型(1~4号)にいう「撮影行為」を具体的に開始したと認められるか、がポイント。
実行の着手に関する典型的な考え方
- 実際にシャッター/録画ボタンを押した
- しかし露光不足、物理的障害で撮影が完遂しなかった → 未遂が成立し得る。
- カメラ(スマホ等)を被害者の下着や裸に向けた
- あとボタンを押すだけの状態 → 被害者や第三者が気づいて阻止 → 未遂となる可能性。
- 撮影機器を設置済み
- しかし機器が故障、または途中で発見・回収されて未撮影 → 実行の着手を認めるかは事案次第(1号や条例との比較も必要)。
なお、いつをもって「着手」とみるかは従来の刑法未遂論と同様、個別事案で判断される。
- 例えば「スカート内にスマホを差し入れた時点」なのか、「録画ボタンに指をかけた時点」なのかは、法解釈上争われる可能性があります。
2.2 危険性の観点
- 本法2条においては、撮影完了していなくても、盗撮される危険が具体化した段階で法益侵害が生じると考えます。
- 立法資料等で繰り返し例示されているのが、「露光不足で画像が記録されなかったが、カメラを向けてシャッターを押した」ケース。
- 実質的に撮影が成功していたかどうかは結果論であり、被害者の性的プライバシーを害する危険を十分に発生させている → 未遂として成立。
- 法務省「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律案」逐条説明(2023年2月)6頁
【本項は、結果として撮影に至らなかった行為の中には、例えば、撮影する目的で撮影機器をスカートの下に差し向けてシャッターを押したが、露光不足で撮影に失敗した場合など、法益侵害の危険性を創出するものも含まれ得ることから、性的姿態等撮影罪の未遂犯を処罰することとするものである。】
浅沼雄介ほか「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律について(1)」法曹時報76巻2号(2024年2月号)23頁
58-59頁
【3 第2項
本項は、本条第1項各号に掲げる撮影行為をしようとしたものの、結果として撮影に至らなかった行為の中には、法益侵害の危険性を創出するものも含まれ得ることから、未遂犯を処罰するものである。
どの時点で実行の着手が認められるかについては、個別の事案ごとに、具体的な事実関係に碁づいて判断されるべき事柄であるが、例えば、〇スカートで隠された下着を撮影する目的で撮影機器をスカートの下に差し向けてシャッターを押したが、たまたまの露光不足で性的姿態の影像として記録されなかった場合
など、対象性的姿態等(同項第4号については性的姿態等)の影像が記録される現実的危険性を有する行為が開始されたときは、実行の着手と認められ、未遂罪が成立し得ると考えられる。
具体的な事実関係によっては、
〇スカートで隠された下着を撮影する目的で、スカートの下に撮影機器を差し入れた時点
で、実行の着手が認められる場合もあり得ると考えられる。】
3. 具体例
以下、「未遂」として想定される事例をいくつか挙げます。
- シャッターボタン押下 → 露光不足/設定ミスで撮れず
- 例)満員電車でスカートを盗撮しようとスマホを差し入れて撮影ボタンを押したが、カメラが逆向きに設定されていて撮影できなかった。
- → 「実行の着手」はあり、写真に何も写らなくても未遂になる余地大。
- 途中発覚・阻止
- 例)更衣室に小型カメラを仕掛け、録画をスタートする直前に警備員に見つかり、機器を押収された。
- → 設置が完了していれば「準備行為」か「着手」か微妙だが、録画開始の操作をしていたなら未遂成立可能性大。
- 「撮影する目的」でスカート内にカメラを入れた直後に被害者が悲鳴
- 例)スカート内部へレンズを向ける動作を完了する前に被害者が気づき、腕を振り払って撮影を未完のまま阻止。
- → 行為態様が具体的に撮影行為に突き進んでいれば、未遂が成立し得る。
- 誤作動
- 例)盗撮アプリを起動するつもりが、誤って他のアプリを起動していたため撮れていなかった。
- → 行為者が撮影をしようとした段階で、**「実行の着手」**が認められれば未遂。
- 隠しカメラ仕掛け → 見破られる
- 例)自宅に呼んだデリバリーヘルス嬢を盗撮する目的でカメラを設置したが、嬢が部屋を見回ってカメラを発見。撮影開始前に撤去。
- → 迷惑防止条例の設置罪や他号との競合も考えられるが、本法上も「着手」と評価されるかは事案次第。ただし録画をスタートしていれば、より未遂が認定されやすい。
- 具体的には、5条1項2号は「設置」のみで犯罪が成立することから、デリバリーヘルス嬢を呼んで、盗撮目的でカメラを設置した場合に、デリバリーヘルス嬢が自宅に来訪して直後に隠しカメラを見破った場合、性的姿態等が撮影される現実的な危険性が発生していないことから「未遂犯」は成立しないものの、迷惑防止条例の「設置」にはなることから、迷惑防止条例違反として処罰されるという擬律判断が想定できます。
- スパイペンを相手に向けたがバッテリー切れ
- 例)ペン型カメラを差し向け、録画ボタンを押して撮っているつもりだったが、電池がなく撮影できていなかった。
- → 行為者の側に“撮る意思”と行動があれば、未遂成立の可能性大。
など、**「撮影が完了しなかった」**あらゆるケースで、危険性の具体化すなわち実行の着手があったかどうかが焦点となります。
4. 未遂罪が追加された背景
- 従来、迷惑防止条例では(自治体により異なるが)未遂処罰規定が明確でないケースも多かった。
- 特に「盗撮をしようとしてカメラを向けたが撮り逃した」場合、条例上の**「差し向け」**等で処罰可能な例もあるが、運用にばらつきがあり「成立しない」とされる裁判例も見受けられた。
- 本法では、盗撮行為を厳格に処罰すべく、**「未遂」**を明示的に規定し、実行の着手があれば未遂罪として問えるよう整備している。
5. 実務上の留意点
- 検察官・警察の擬律判断
- 行為者が撮影完遂していなくても、捜査側は「未遂」を積極的に検討。
- 迷惑防止条例違反との比較・競合が多い。
- 弁護側の主張
- 「実行の着手」に至っていない準備段階に過ぎない主張
- 「正当な理由」や「ひそかでない撮影」であるなどの要件不充足を主張
- 或いは「既遂」か「未遂」かの区別
- 証拠上の問題
- そもそも撮影成功していない以上、実際に画像が残らない → 行為者の行動と証拠の多角的検討が必要。
- カメラロールに何も映っていない → 「撮ろうとしていたが失敗した」→ 未遂事案となり得る。
6. まとめ
- 本法第2条2項により、第1項で定められた性的姿態等撮影の各類型(1〜4号)については、「撮影が成功しなかった」段階でも未遂罪が成立可能。
- 従来は処罰されにくかった“撮影しようとしてカメラを差し向けた”事案などが、本法施行後は厳しく追及されうる。
- 行為者の側は「成功していないからセーフ」ということにならず、早期発覚や妨害によって写真が撮れなくても**「実行の着手」が認められれば未遂罪で処罰**される。
- 被害者・被害者代理人としては、撮影未遂であっても重大なプライバシー侵害リスクがあり、捜査機関に的確に被害を申告することが求められる。
以上が性的姿態等撮影罪(第2条第2項:未遂)に関する解説です。撮影という行為は一瞬で行われ、その成功・失敗は結果論にすぎないため、未遂処罰の導入が実効的な被害防止策として位置づけられているという点が最大のポイントと言えるでしょう。
性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律
https://laws.e-gov.go.jp/law/505AC0000000067
(性的姿態等撮影)
第二条次の各号のいずれかに掲げる行為をした者は、三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金に処する。
一正当な理由がないのに、ひそかに、次に掲げる姿態等(以下「性的姿態等」という。)のうち、人が通常衣服を着けている場所において不特定又は多数の者の目に触れることを認識しながら自ら露出し又はとっているものを除いたもの(以下「対象性的姿態等」という。)を撮影する行為
イ人の性的な部位(性器若しくは肛こう門若しくはこれらの周辺部、臀でん部又は胸部をいう。以下このイにおいて同じ。)又は人が身に着けている下着(通常衣服で覆われており、かつ、性的な部位を覆うのに用いられるものに限る。)のうち現に性的な部位を直接若しくは間接に覆っている部分
ロイに掲げるもののほか、わいせつな行為又は性交等(刑法(明治四十年法律第四十五号)第百七十七条第一項に規定する性交等をいう。)がされている間における人の姿態
二刑法第百七十六条第一項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、人の対象性的姿態等を撮影する行為
三行為の性質が性的なものではないとの誤信をさせ、若しくは特定の者以外の者が閲覧しないとの誤信をさせ、又はそれらの誤信をしていることに乗じて、人の対象性的姿態等を撮影する行為
四正当な理由がないのに、十三歳未満の者を対象として、その性的姿態等を撮影し、又は十三歳以上十六歳未満の者を対象として、当該者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者が、その性的姿態等を撮影する行為
2前項の罪の未遂は、罰する。
3前二項の規定は、刑法第百七十六条及び第百七十九条第一項の規定の適用を妨げない。
法務省 性犯罪関係の法改正等 Q&A 令和5年7月
https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html
【参考文献】
法務省「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律案」逐条説明(2023年2月)
浅沼雄介「「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」及び「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」の概要」法律のひろば76巻7号(2023年10月号)
法令解説資料総覧「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」法令解説資料総覧 No.501 2023年10月号 4-14頁
梶 美紗「「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」及び「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」の概要(2)」捜査研究2023年11月号(878号)
嘉門優「性的姿態の撮影罪等の新設」刑事法ジャーナル78号(2023年11月号)49-57頁
橋本広大「性的姿態画像の没収・消去」刑事法ジャーナル78号(2023年11月号)58-65頁
警察公論2024年1月号付録論文2024 422~423頁「性的姿態等撮影処罰法の趣旨及び要点」
浅沼雄介「「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」及び「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」」警察学論集2024年1月号(77巻1号)
富山侑美「盗撮行為における迷惑防止条例と性的姿態撮影等処罰法との関係について 最決平成20年11月10日刑集62巻10号2853頁、最決令和4年12月5日裁時1805号7頁を素材として」(上智法學論集 67 (1・2・3), 99-128, 2024-01-20)
島本元気「「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」及び「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」の概要(その2)」警察公論2024年2月号
浅沼雄介ほか「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律について(1)」法曹時報76巻2号(2024年2月号)
川崎友巳「性的姿態等撮影罪の検討」法律時報2024年10月号(1208号)30-35頁
佐藤拓磨「性的姿態等画像没収・消去制度」法律時報2024年10月号(1208号)36-41頁
橋爪隆「性犯罪に対する処罰規定の改正等について(3・完)」警察学論集77巻11号(2024年11月号)102-135頁