交通事故で救護義務違反として取り調べを受けている場合の対応
2026年06月02日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は会社員です。先日、自動車を運転していたところ、歩行者又は自転車と接触したのではないかということで、警察から呼び出しを受けました。
警察からは、相手がけがをしているので、救護義務違反、いわゆる「ひき逃げ」の疑いがあると言われています。
私は、事故を起こしたつもりはありませんでした。その場で何か音がしたような気もしますが、人とぶつかったとは思いませんでした。後から警察に言われて、もしかするとあの時の音だったのかもしれないと思っています。
警察の取調べでは、どのように対応すればよいでしょうか。
A、まず大事なことは、嘘をつかないことです。
もっとも、「嘘をつかない」ということは、警察官の見立てに迎合して、自分が当時認識していなかったことまで認めるという意味ではありません。
救護義務違反は故意犯です。単に交通事故が起きたことや、後から相手がけがをしていたことが分かったことだけで、直ちに救護義務違反が成立するわけではありません。問題になるのは、事故当時、又は現場を離れる時点で、運転者が「人が負傷したのではないか」と認識していたといえるかです。
そのため、取調べに対応する前に、事故前後の自分の認識を時系列に沿って整理することが重要です。
ここでいう整理とは、「衝突音がしたので事故を起こしたと思った」といった抽象的な想定問答を作ることではありません。
むしろ、
・どこから音が聞こえたのか
・どのような音だったのか
・どのタイミングで聞こえたのか
・その音を聞いたとき、自分は何だと思ったのか
・そのとき歩行者、自転車、車両、障害物などを見たのか
・相手方が転倒した、痛がった、助けを求めた、追いかけてきたなどの事情があったのか
・自分はブレーキを踏んだのか、停車したのか、ミラーを見たのか、車外を確認したのか
・その場から離れたのは、どういう判断だったのか
・後から警察や保険会社、相手方から何を聞いて、何を知ったのか
ということを、分かる範囲で具体的に整理するということです。
特に、後から警察に「相手はけがをしていた」と聞くと、人間の記憶は影響を受けます。後から得た情報によって、当時の記憶や印象が変化することがあります。これを心理学では「事後情報効果」といいます。
そのため、「今考えると事故だったのかもしれない」という後からの推測と、「当時、自分が何を見て、何を聞いて、どう判断したのか」は、はっきり区別する必要があります。
【解説】
1 救護義務違反は、単なる交通事故とは違います
交通事故があった場合、道路交通法72条1項により、運転者は直ちに車両を停止し、負傷者を救護し、道路上の危険を防止する措置を講じ、警察官に事故を報告しなければなりません。
このうち、人身事故で負傷者を救護しなかったとされる場合、いわゆる「ひき逃げ」として重い刑事責任を問われることがあります。
また、救護義務違反とされると、運転免許の行政処分でも極めて大きな不利益が生じます。軽傷事故であっても、救護義務違反と判断されれば、免許取消処分の問題になります。
したがって、交通事故で救護義務違反として取り調べを受けている場合には、単に「罰金で済むかどうか」だけではなく、刑事処分、運転免許、仕事、職場、家族への影響まで見据えて対応する必要があります。
2 救護義務違反では「人の負傷の認識」が重要です
救護義務違反は故意犯です。
そのため、救護義務違反が成立するためには、運転者が、人の死傷が発生したことを認識していたことが必要です。
ここで注意すべきなのは、「何かに接触したかもしれない」という認識と、「人が負傷したかもしれない」という認識は同じではないということです。
たとえば、運転中に何らかの音がした場合でも、その音が道路上の段差、落下物、小石、枝、縁石、車体のきしみ、積載物の音、他車の音などだと思ったのであれば、直ちに人身事故の認識があったとはいえません。
一方で、歩行者や自転車のすぐ横を通過したときに大きな衝撃音があり、相手が転倒したのを見た、ミラーで倒れている姿を見た、相手が叫んだ、車体に明らかな損傷があったという場合には、人の負傷についての認識が推認されやすくなります。
結局、救護義務違反の成否は、単に本人が「気づかなかった」と言えば済むものでもありませんし、逆に、警察官が「気づいたはずだ」と言えば決まるものでもありません。
事故当時の現場状況、音、衝撃、車両損傷、被害者の動き、自分の行動などの客観的事情を総合して判断されます。
3 未必の故意という言葉に注意する
警察官から、「少なくとも、けがをしたかもしれないとは思ったでしょう」と言われることがあります。
このような場面では、いわゆる「未必の故意」が問題になります。
未必の故意とは、大まかにいうと、犯罪事実が発生する可能性を認識しながら、それでも構わない、やむを得ない、意に介しないとして行為に及ぶ心理状態をいいます。
もっとも、これは非常に微妙な評価概念です。
「事故だった可能性はゼロではなかった」
「何か音がした」
「今から考えれば、あれは接触音だったかもしれない」
というだけで、当然に救護義務違反の故意が認められるわけではありません。
問題は、事故当時、本人がどの程度具体的に、人の負傷の可能性を認識していたといえるかです。
たとえば、単に「音がした」というだけでは不十分です。
その音が、
・車両のどの方向から聞こえたのか
・金属音だったのか、擦過音だったのか、鈍い衝撃音だったのか
・車体が揺れるほどの衝撃だったのか
・歩行者や自転車の位置と結びつく音だったのか
・音の直後に、相手方の転倒、叫び声、追いかける動きなどがあったのか
・車両のミラー、バンパー、ドア、フェンダー等に損傷があったのか
・運転者自身が停車、減速、ミラー確認、車外確認、引返しなどの行動をしたのか
という事情を見なければなりません。
未必の故意は、「かもしれない」という言葉だけで機械的に決まるものではありません。具体的な状況の中で、当時の認識を評価する問題です。
4 嘘をつかないこと
救護義務違反として取り調べを受けている場合、絶対にしてはいけないことは、嘘をつくことです。
たとえば、本当は音や衝撃を感じていたのに、「何も感じなかった」と言うことは危険です。ドライブレコーダー、防犯カメラ、車両損傷、被害者供述、目撃者供述などと矛盾すれば、信用性を大きく損ないます。
また、本当は停車してミラーを見たのに、「一切止まらず気づかなかった」と言うことも危険です。停車やミラー確認は、警察から見ると「何かを認識していたから確認したのではないか」という事情にもなりますが、逆に、本人が「人身事故だと思ったから確認したのではなく、何か音がしたので確認したが、人や自転車との接触は確認できなかった」という経緯を正確に説明することもあり得ます。
嘘をつくと、このような細かい説明ができなくなります。
一方で、警察官に言われたからといって、当時認識していなかったことまで認める必要もありません。
「嘘をつかない」ということは、
・覚えていることは覚えていると言う
・覚えていないことは覚えていないと言う
・見たことは見たと言う
・見ていないことは見ていないと言う
・後から知ったことは、後から知ったこととして区別する
・推測は推測として述べる
・当時の認識と現在の評価を混同しない
ということです。
5 想定問答を作るのではなく、時系列で認識を整理する
取調べ前に、「こう聞かれたらこう答える」という想定問答を作って暗記することはお勧めしません。
理由は、取調べが想定どおりに進むとは限らないからです。また、答えを暗記しようとすると、実際の記憶ではなく、作った説明に自分の記憶が引っ張られることがあります。
救護義務違反の事件で大事なのは、想定問答ではありません。
大事なのは、事故前後の自分の認識を、時系列に沿って整理することです。
たとえば、次のように整理します。
事故前
・どの道路を、どの方向に進行していたのか
・速度はどのくらいだったのか
・天候、明るさ、交通量、道路幅、見通しはどうだったのか
・歩行者、自転車、駐車車両、障害物などを認識していたか
・ナビ、同乗者、電話、音楽、考え事など、注意に影響する事情があったか
音や衝撃を感じた時点
・音はどの方向から聞こえたのか
・音は一回か、連続音か
・音の種類はどうだったのか
・車体に揺れや衝撃はあったのか
・ハンドル、ブレーキ、車体に異常を感じたか
・その瞬間、歩行者や自転車を見ていたか
・ミラーや目視で何を確認したか
・相手が転倒した、よろけた、痛がった、叫んだ、追いかけてきたなどの事情があったか
その直後
・ブレーキを踏んだか
・減速したか
・停車したか
・ハザードを出したか
・ミラーを見たか
・窓を開けたか
・車外に出たか
・現場に戻ろうとしたか
・相手方や第三者と会話したか
・周囲に交通上の危険があったか
その場から離れた理由
・事故ではないと判断した理由
・人や自転車と接触していないと思った理由
・相手が立ち去った、普通に歩いていた、走行を続けていたなどの事情
・安全に停車できる場所がなかったのか
・後続車や道路状況から移動したのか
・目的地に向かった理由
・後から気になって戻った、警察に連絡した、保険会社に連絡したなどの事情
後から知ったこと
・警察から何を聞いたのか
・相手方のけがをいつ知ったのか
・車両の損傷をいつ確認したのか
・ドラレコ映像をいつ見たのか
・保険会社や勤務先、家族にいつ何を話したのか
・後から知った情報によって、当時の記憶に影響が出ていないか
このように、「当時の認識」と「後から知った情報」を分けることが重要です。
6 事後情報効果に注意する
人の記憶は、固定された録画データではありません。
特に交通事故では、事故後にさまざまな情報が入ってきます。
たとえば、
・警察官から「相手はけがをしている」と聞く
・相手方から「かなり痛かった」と聞く
・診断書の内容を知る
・ドライブレコーダー映像を見る
・保険会社から事故態様の説明を受ける
・家族や知人から「それはひき逃げになるのではないか」と言われる
・インターネットで似た事例を調べる
こうした後からの情報によって、「当時も分かっていたはずだ」「あの音は人にぶつかった音だったのではないか」と記憶や印象が変わることがあります。
これが事後情報効果です。
だからこそ、取調べでは、後から知ったことと、当時実際に認識していたことを分けなければなりません。
たとえば、
「警察から相手がけがをしていたと聞いて、今から考えると、あの時の音が接触音だったのかもしれないと思いました。しかし、当時は、左後方から小さな擦れるような音が一度聞こえただけで、人や自転車と接触したとは認識していませんでした。ミラーを見ても転倒している人は見えず、車体に大きな衝撃も感じませんでした。」
という説明と、
「あの時、事故を起こしたと思いました。」
という説明では、意味が大きく違います。
後者のような抽象的な言い方をしてしまうと、実際には何を、いつ、どの程度認識していたのかが分からなくなります。場合によっては、自分の認識を実際より重く見られるおそれがあります。
7 客観的な経緯を詳細に説明すること
救護義務違反の故意を争う場合、「私は気づきませんでした」と言うだけでは足りません。
なぜ気づかなかったのか、なぜ人の負傷を認識しなかったのかを、客観的な経緯に沿って説明する必要があります。
たとえば、次のような事情です。
・道路が暗かった
・雨が降っていた
・周囲に交通騒音があった
・後方又は側方からの音で、車外の何に由来する音か分からなかった
・接触したとされる部位が運転席から見えにくい位置だった
・車体に大きな衝撃がなかった
・車両損傷がごく軽微だった
・相手方が転倒していなかった
・相手方が走行又は歩行を続けていた
・相手方が負傷を訴えなかった
・ミラー確認をしても異常を確認できなかった
・安全な場所で停車して確認したが、人身事故とは認識できなかった
・後日、警察から連絡を受けて初めて相手方の負傷を知った
もちろん、これらは事実である場合に限ります。
弁護人は、依頼者の説明をもとに、ドライブレコーダー、車両損傷、現場写真、道路状況、防犯カメラ、目撃者、被害者の動静、診断書、保険会社資料などと照合します。
本人の説明と客観証拠が整合していれば、救護義務違反の故意を否定する方向で意見書を提出できることがあります。
8 救護義務違反の故意を否定する事情
救護義務違反の故意を否定する方向で重要になる事情としては、次のようなものがあります。
1 接触又は衝突そのものを認識していなかった事情
大型車両の後部や側面に軽く接触された場合、運転者が接触に気づかないことがあります。
また、接触音が小さい、周囲の騒音が大きい、接触部位が運転席から遠い、車体に衝撃が伝わりにくい、車両損傷がほとんどないといった事情も、接触の認識を否定する事情になり得ます。
2 人の負傷を認識していなかった事情
仮に何らかの音や接触を感じたとしても、それが直ちに人の負傷の認識に結びつくとは限りません。
相手方が転倒していない、痛がっていない、助けを求めていない、普通に歩いていた、自転車で走行を続けていた、車両損傷が軽微である、といった事情は、人の負傷を認識していなかったことを基礎づける事情になり得ます。
ただし、単に相手が「大丈夫」と言ったというだけで常に救護義務がなくなるわけではありません。そのときの事故態様、衝撃の大きさ、相手の年齢、外観、動き、痛みの訴え、医師の診療を受ける必要性などを具体的に見る必要があります。
3 その場から離れた理由に合理性がある事情
その場から離れた理由も重要です。
人身事故と認識しながら処罰を免れるために逃げたのか、それとも人身事故とは認識していなかったのかでは、意味が全く違います。
たとえば、
・接触した相手が見当たらなかった
・相手がそのまま立ち去った
・道路状況上、その場で停車すると危険だった
・安全な場所まで移動して確認した
・車両の異音だと思って点検した
・後から気になって警察や保険会社に連絡した
といった事情は、その場から離れた理由を説明する事情になります。
4 後からの対応
後から警察に呼ばれた際、素直に出頭していること、保険会社を通じて被害者対応をしていること、ドライブレコーダーや車両を隠さず提出していること、被害弁償や謝罪の意思を示していることも、逃亡や証拠隠滅の意図がなかったことを示す事情になります。
もっとも、後から誠実に対応したからといって、事故当時の救護義務違反が当然に否定されるわけではありません。あくまで、事件全体の評価に関わる事情です。
9 供述調書では、抽象的な表現に注意する
取調べでは、供述調書が作成されることがあります。
この供述調書に、抽象的で不正確な表現が入ると危険です。
たとえば、
「衝突音がしたので事故を起こしたと思いました」
「人にぶつかったかもしれないと思いました」
「怖くなってそのまま逃げました」
という記載があると、救護義務違反の故意を認めたように読まれる可能性があります。
もちろん、それが真実であれば、そのように述べざるを得ません。しかし、実際には、
・どこから聞こえた音か分からなかった
・人との接触音とは思わなかった
・ミラーで確認したが転倒者は見えなかった
・相手方が普通に立ち去ったように見えた
・車両に大きな衝撃がなかった
・後から警察に聞いて初めて負傷を知った
という事情があるのに、それらを省略して抽象的に「事故を起こしたと思った」と記載されると、実際の認識より重く見られるおそれがあります。
供述調書は、署名押印する前によく読む必要があります。違うところ、不正確なところ、ニュアンスがずれているところがあれば、訂正を求めるべきです。
10 黙秘権との関係
嘘をついてはいけません。
しかし、だからといって、整理できていないことを無理に話す必要はありません。
刑事事件では黙秘権があります。記憶が曖昧なまま、警察官の質問に引っ張られて不正確な供述をするくらいなら、弁護士に相談してから話すという対応が適切な場合もあります。
特に、救護義務違反では、「当時何を認識していたか」が核心になります。ここを曖昧なまま話してしまうと、後から修正することが難しくなることがあります。
黙秘するか、どの範囲で話すか、上申書を出すか、弁護人から意見書を出すかは、事件の内容と証拠関係によって判断すべきです。
11 弁護士に相談すべきタイミング
救護義務違反として取り調べを受けている場合には、できるだけ早く弁護士に相談すべきです。
特に、次の場合には早急な相談が必要です。
・警察から「ひき逃げ」と言われている
・救護義務違反として取調べを受けている
・事故当時の記憶が曖昧である
・警察官の質問に引っ張られてしまいそうで不安である
・供述調書に署名押印してよいか迷っている
・ドライブレコーダー映像がある
・相手方が負傷している
・免許取消が不安である
・仕事で運転免許が必要である
・会社に知られたくない
・検察庁から呼出しを受けている
救護義務違反では、刑事処分だけでなく、運転免許の行政処分も重要です。警察段階で救護義務違反として処理され、違反等登録が進んだ後では、免許取消処分を覆すことが難しくなることがあります。
そのため、行政処分の段階になってからではなく、警察段階、できれば最初の取調べの前後から、刑事弁護に詳しい弁護士に相談することが重要です。
まとめ
交通事故で救護義務違反として取り調べを受けている場合、最も大事なことは、嘘をつかないことです。
ただし、嘘をつかないことと、警察官の見立てに迎合することは違います。
救護義務違反では、事故当時、又は現場を離れる時点で、「人が負傷したのではないか」と認識していたかが重要です。
そのためには、
・時系列に沿って自分の認識を整理すること
・後から知った情報と当時の認識を区別すること
・事後情報効果に注意すること
・音、衝撃、視認状況、相手方の動き、自分の行動を具体的に整理すること
・想定問答を暗記するのではなく、客観的な経緯を詳細に説明できるようにすること
・救護義務違反の故意を否定する事情を明らかにすること
・供述調書の抽象的な表現に注意すること
・必要に応じて黙秘権を行使し、弁護士に相談してから対応すること
が重要です。
「衝突音がしたので事故を起こしたと思った」という一言で済ませてはいけません。
どこから、どのような音が、どのタイミングで、どう聞こえたのか。
その音を聞いて、自分は何だと思ったのか。
その後、自分は何を見て、何を確認し、どう判断したのか。
その場から離れたのは、どういう理由だったのか。
後から何を知り、それによって現在どう考えているのか。
ここを丁寧に整理することが、救護義務違反の事件では非常に重要です。
交通事故で救護義務違反として取り調べを受けている方は、早めに弁護士に相談してください。


