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薬院法律事務所

刑事弁護

物損事故だと思って連絡先を交換して立ち去ったら、後からひき逃げと言われた場合の対応


2026年06月14日刑事弁護

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は福岡市内で会社員をしている40代男性です。先日、自家用車を運転していたところ、信号待ちから発進する際に、前の車に軽く接触してしまいました。

すぐに車を停めて相手の運転者と話をしました。相手の車には少し傷がついていましたが、相手は普通に歩いていましたし、その場では「大丈夫です」「車の修理の話だけでいいです」と言っていました。

私も物損事故だと思い、相手と連絡先を交換して、その日は警察を呼ばずに別れました。後で保険会社に連絡しようと思っていました。

ところが、数日後に警察から電話がありました。相手が首や腰の痛みで病院に行き、診断書を出したので、人身事故になっている、私には救護義務違反、いわゆるひき逃げの疑いがあると言われました。

私は逃げたつもりはありません。相手と話もしていますし、連絡先も交換しています。けがをしているとは思いませんでした。

このような場合でも、ひき逃げになってしまうのでしょうか。警察にはどう対応すれば良いでしょうか。

A、まず、この事案では、警察に事故を報告しなかったこと自体は問題になります。

交通事故があった場合、たとえ軽い物損事故だと思ったとしても、運転者は警察に事故の報告をしなければなりません。相手と連絡先を交換したことや、保険で対応するつもりだったことは、警察への報告義務を免除する理由にはなりません。

もっとも、それと「ひき逃げ」、つまり救護義務違反が成立するかどうかは別問題です。

救護義務違反が成立するためには、単に事故があったというだけではなく、運転者に、相手が負傷したこと、又は負傷したかもしれないことについての認識が必要です。

本件では、あなたはその場で停止し、相手と会話し、連絡先を交換しています。相手がその場で痛みを訴えていなかった、普通に歩いていた、「大丈夫」と述べていた、車両損傷も軽微だったという事情があるのであれば、少なくとも「けがをした人を放置して逃げた」という典型的なひき逃げとは異なります。

警察に対しては、単に「逃げていません」と感情的に説明するのではなく、

・事故後に停止したこと
・相手と会話したこと
・相手の様子
・相手が述べた内容
・連絡先を交換したこと
・その時点でけがを認識できなかった理由
・警察を呼ばなかった理由
・後日、保険対応や賠償対応をする意思があったこと

を、客観的な証拠とともに整理して説明する必要があります。

一方で、警察への報告義務違反や過失運転致傷罪の問題は残る可能性があります。そのため、警察から呼出しを受けた段階で、早めに交通犯罪に詳しい弁護士に相談すべきです。

 

【解説】

 

1 交通事故では、物損事故でも警察への報告義務があります

 

道路交通法72条1項は、交通事故があった場合の措置について定めています。

交通事故があった場合、運転者は、直ちに車両の運転を停止し、負傷者を救護し、道路上の危険を防止するなど必要な措置をとらなければなりません。

また、警察官に対し、事故の日時・場所、死傷者の有無、負傷者の程度、損壊した物や損壊の程度、事故後に講じた措置などを報告する義務があります。

ここで注意しなければならないのは、物損事故でも警察への報告義務はあるということです。

「相手と連絡先を交換した」
「相手が警察を呼ばなくて良いと言った」
「保険会社に連絡すれば良いと思った」
「軽い接触だったので大事にしたくなかった」

という事情があっても、道路上の交通事故である以上、本来は警察に報告すべきです。

そのため、警察を呼ばずに現場を離れた場合、報告義務違反が問題になる可能性があります。

もっとも、報告義務違反の問題と、救護義務違反、いわゆるひき逃げの問題は分けて考える必要があります。

 

2 「ひき逃げ」とは何か

 

一般に「ひき逃げ」と呼ばれているものは、法律上は主に道路交通法上の救護義務違反です。

交通事故で人が負傷した場合、運転者は、直ちに停止して、負傷者を救護し、道路上の危険を防止するなどの措置をとる必要があります。

これを怠ると、救護義務違反として重い処分の対象になります。自動車の運転によって相手を負傷させた事故で救護義務違反が認定されると、刑事処分だけでなく、運転免許の取消処分にもつながります。

そのため、警察から「ひき逃げの疑いがある」と言われた場合には、単なる物損事故や通常の人身事故とは異なり、慎重な対応が必要です。

 

3 後から診断書が出たら、必ずひき逃げになるのか

 

後から被害者が病院に行き、診断書を提出したからといって、それだけで当然にひき逃げになるわけではありません。

重要なのは、事故当時、運転者が相手の負傷を認識していたか、又は負傷したかもしれないと認識していたかです。

救護義務違反は故意犯です。判例上も、救護義務違反が成立するためには、車両等の交通による人の死傷についての認識が必要とされています。

つまり、単に「車が接触した」という認識があっただけでは足りず、「相手がけがをしたのではないか」という認識があったかどうかが問題になります。

もちろん、現実には、強い衝撃があった、歩行者や自転車が転倒した、相手が痛みを訴えていた、車両の損傷が大きかった、運転者がすぐに走り去ったといった事情があれば、負傷の認識があったと判断されやすくなります。

他方で、

・接触が軽微だった
・相手が転倒していない
・相手が普通に歩いていた
・相手が痛みを訴えていなかった
・相手が「大丈夫」と述べていた
・その場で会話ができていた
・連絡先を交換していた
・保険対応を予定していた

という事情があれば、事故当時に負傷を認識していなかったという主張には十分な意味があります。

 

4 連絡先を交換していたことは重要な事情です

 

本件のように、その場で相手と連絡先を交換していることは非常に重要です。

典型的なひき逃げは、事故を起こした運転者が、相手を放置して、そのまま現場から逃走する事案です。

これに対して、連絡先を交換していた場合には、少なくとも、自分の身元を隠して逃げようとした事案とは異なります。

相手が自分に連絡できる状態を作っているわけですから、逃走意思や悪質性を否定する事情になります。

もっとも、連絡先を交換していれば必ず救護義務違反にならない、というわけではありません。

たとえば、相手が明らかに負傷していた、痛みを訴えていた、救急車を呼ぶべき状況だった、歩けない状態だった、といった場合には、連絡先を交換しただけでは救護義務を尽くしたとはいえません。

連絡先交換は重要な事情ですが、それだけで十分というわけではなく、事故当時の相手の様子、事故態様、会話内容、現場の状況を総合的に説明する必要があります。

 

5 警察で問題になるポイント

 

警察で問題になるのは、主に次の点です。

第一に、事故の態様です。

どの程度の速度で接触したのか、衝撃はどの程度だったのか、相手車両や相手の身体にどのような動きがあったのか、車両の損傷はどの程度だったのかが確認されます。

第二に、相手の負傷を認識できたかです。

相手が痛みを訴えていたのか、歩行や会話に異常があったのか、救急車を呼ぶ必要があるように見えたのかが問題になります。

第三に、事故後の行動です。

すぐ停止したのか、相手と話をしたのか、連絡先を交換したのか、保険会社に連絡したのか、警察に連絡しなかった理由は何かが確認されます。

第四に、警察への報告をしなかった理由です。

ここで「面倒だった」「時間がなかった」「大事にしたくなかった」といった説明をすると、悪質に見られることがあります。

実際には、相手がけがをしているとは思わず、物損事故として当事者間で保険対応すればよいと誤解していた、という事情を正確に説明する必要があります。

 

6 取調べで注意すべきこと

 

警察から連絡が来た場合、無視してはいけません。

ただし、何の準備もせずに警察署へ行き、その場の流れで調書を作成してしまうことは危険です。

特に、次のような供述には注意が必要です。

「相手が痛いと言っていたかもしれません」
「けがをしている可能性はあると思いました」
「警察を呼ぶと面倒だと思いました」
「急いでいたので帰りました」
「大したことはないと思ってその場を離れました」

これらの表現は、文脈によっては、負傷の認識や救護義務違反の故意を認めたように受け取られる可能性があります。

もちろん、嘘をついてはいけません。実際に相手が痛いと言っていたのに、それを隠すことはできません。

しかし、当時の認識を正確に表現することが重要です。

たとえば、

「相手がけがをしているとは認識していませんでした」
「相手は普通に会話をしていました」
「相手はその場で痛みを訴えていませんでした」
「相手と連絡先を交換し、後で保険対応をするつもりでした」
「警察への報告義務があることを正確に理解していませんでした」

という事情があるのであれば、それを具体的に説明すべきです。

警察で作成された供述調書は、後で検察官や行政処分の場面でも重要な資料になります。署名押印をする前に、自分の認識と違う表現がないかを慎重に確認してください。

 

7 集めておくべき証拠

 

この種の事件では、事故当時の状況を裏付ける証拠が重要です。

具体的には、次のような資料を集めておくべきです。

・ドライブレコーダーの映像
・車両の損傷写真
・修理見積書
・事故現場の写真
・道路幅、信号、停止位置が分かる資料
・相手との通話履歴
・相手とのSMS、LINE、メール
・連絡先を交換したことが分かる資料
・保険会社への連絡履歴
・同乗者や目撃者の有無
・事故直後の相手の発言を記録したメモ

特にドライブレコーダーは、上書きされることがあります。警察から連絡が来た時点で、すぐに保存してください。

また、相手とのやり取りが残っている場合には、削除せずに保全してください。相手が事故直後に「大丈夫です」「修理だけお願いします」と述べていたようなメッセージがあれば、事故当時に負傷を認識できなかったことを示す重要な資料になります。

 

8 被害者への対応

 

相手がけがをしたと主張している以上、民事上の賠償対応は必要です。

任意保険に加入している場合は、速やかに保険会社へ連絡してください。治療費、慰謝料、休業損害、車両修理費などは、通常、保険会社を通じて対応することになります。

ただし、刑事事件としてひき逃げが問題になっている場合、被害者に直接連絡して、

「診断書を取り下げてほしい」
「警察に大げさに言わないでほしい」
「ひき逃げではないと言ってほしい」

などと依頼することは避けるべきです。

そのような連絡は、被害者に圧力をかけたと受け取られることがあります。

謝罪や被害弁償が必要な場合でも、弁護士や保険会社を通じて、慎重に進めるべきです。

 

9 処分の見通し

 

本件のような事案では、いくつかの処理が考えられます。

まず、救護義務違反については、事故当時に相手の負傷を認識していなかったことが認められれば、嫌疑不十分で不起訴となる可能性があります。

次に、警察への報告義務違反については、物損事故でも報告義務があるため、形式的には問題になります。ただし、事故後に停止し、相手と話し合い、連絡先を交換していたという事情があれば、悪質な逃走事案とは異なります。

さらに、相手が診断書を提出している場合には、過失運転致傷罪の成否も問題になります。もっとも、軽傷事案で任意保険による賠償対応が進んでいる場合には、起訴猶予となることもあります。

重要なのは、ひき逃げとして処理されるか、通常の人身事故又は報告義務違反の問題にとどまるかで、刑事処分・行政処分の重さが大きく変わるということです。

救護義務違反として扱われると、免許取消の問題が生じます。仕事で運転が必要な方にとっては、生活に直結する重大な問題です。

そのため、警察から「ひき逃げ」と言われた場合には、早い段階で弁護士に相談し、救護義務違反の成立を争うべきかを検討する必要があります。

 

10 このような場合に弁護士ができること

 

弁護士は、事故態様、負傷認識、事故後の行動、連絡先交換の経緯、被害者対応、保険対応などを整理したうえで、警察や検察官に対して意見書を提出することがあります。

特に、本件のように、

・事故後に停止している
・被害者と会話している
・連絡先を交換している
・相手がその場で痛みを訴えていない
・物損事故だと認識していた
・保険対応を予定していた

という事情がある場合には、典型的なひき逃げ事案とは異なることを明確に主張する必要があります。

警察の調書で「けがをしているかもしれないと思った」「面倒なので警察を呼ばなかった」といった内容になってしまうと、後で救護義務違反を争うことが難しくなることがあります。

そのため、最初の取調べの前、遅くとも2回目の取調べまでには、弁護士に相談することをお勧めします。

 

まとめ

 

物損事故だと思って相手と連絡先を交換し、その場を離れた後、後日、相手がけがをしていたとして警察から連絡が来ることがあります。

この場合、警察への報告義務違反の問題は生じ得ます。

しかし、後から診断書が出たからといって、当然にひき逃げになるわけではありません。

ひき逃げ、つまり救護義務違反が成立するかどうかは、事故当時に相手の負傷を認識していたか、又は負傷したかもしれないと認識していたかが重要です。

その場で停止し、相手と会話し、連絡先を交換していたという事情は、逃走意思や悪質性を否定する重要な事情です。

警察から連絡が来た場合には、無視せず、しかし安易に供述調書を作成せず、事故当時の状況と自分の認識を整理したうえで対応する必要があります。

薬院法律事務所では、交通事故がひき逃げ事件として扱われている場合の刑事弁護、警察対応、検察官への意見書作成、免許取消処分への対応について相談を受けています。

「逃げたつもりはないのに、ひき逃げと言われている」
「物損事故だと思っていたのに、後から人身事故になった」
「仕事で車を使うので、免許取消を避けたい」

という場合には、早めにご相談ください。

 

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